『震える背中』

ある日、たまたま街中を走っていて、信号で停まった時、隣にいたバイクが健だった。
健に誘われるままジョーは海へとG−2号機を走らせた。
2人並んでG−2号の機体に寄り掛かり、海を見ていた。
海底1万メートルでの任務から1週間。
健は全く変わりなくジョーに接していた。
寧ろ変わったのはジョーだ。
皆と一線を画すかのように身を引いている場面が増えた。
健はそんなジョーが気に掛かって、彼を海に誘ったのだ。
穏やかな波がさわさわと押し寄せて来ていた。
「ジョー、裸足になって海に入ってみないか?」
健の意外な誘いに、ジョーは素直に従った。
押し寄せる波は冷たくはなかった。
男同士で海って言うのも悪かねぇな、とジョーは思った。
健は眩しそうに眼を細めて陽の光を見ながら、何かを待っているかのようだった。
そう、ジョーが自ら話し掛けて来るのを…。
「なぁ、健。おめぇは変わらねぇんだな。俺が憎っくきギャラクターの子だと知っても」
「当たり前だ。お前はお前、両親は両親だ。あの時も言ったろ?
 お前は科学忍者隊のコンドルのジョーだ。俺にとってはそれ以外の何者でもないんだ」
「俺は…お前が羨ましいぜ。親父さんは地球を救う為に生命を落とした。
 なのに、俺の親はギャラクターの大幹部かよ?」
ジョーが人の事を『羨ましい』と言うだなんて珍しい事だ、と健は波と戯れるのをやめてジョーを振り返った。
「ご両親にも何かの事情があったんだろう。
 それに殺されたのはギャラクターを脱け出そうとしたからなんだろ?
 それなら自分達がしていた事が間違いだったと気付いていたって事じゃないか。
 お前が気にする事なんて何もない」
「だがよ…。此処が苦しくてならねぇんだ……」
ジョーは胸に手を当てた。
この処、珍しく弱みを見せるジョーが、健には逆に嬉しかった。
これまでそう言った事はただの1度もなかったのだ。
健はジョーの後ろに回って背中から手を当てた。
まるで何かの『気』を送っているかのようだった。
ジョーの心臓の鼓動が、背中から掌に伝わって来た。
少し早かった。
「ジョー。お前らしくもないぞ。
 お前がギャラクターの子だからと言って、俺はお前を憎んだりはしない。
 そんな事はお前には関係のない事だからだ!」
ジョーの背中が震えているのが、健の掌に伝わった。
「ジョー……」
健はジョーが泣いているのだと悟った。
震える背中に援(たす)けの手を差し伸べたかった。
「ジョー。俺じゃ駄目なのか?」
健は彼の思いを察して、自分も背中を向けた。
ジョーの涙なんて見たくはないと思った。
見たら自分も泣き出してしまいそうだった。
どうしようもなく胸が詰まった……。
健は頼りなさ気なジョーの背中に自分の背中をとん、と預けた。
「ジョー。俺の背中を任せられるのはお前しかいないと思っている。
 どう言う事だか解るな?お前も心を開いて、俺にその背中を預けてくれ」
ジョーが顔を上げたらしいのが背中から伝わる気配で解った。
「南部博士やジュン達は何も知らない。俺はお前が自分から言い出すまでは話す気もない。
 皆、お前の様子が変だと心配しているぞ」
「俺はよ……。あれ程憎んでいたギャラクターの血が流れている自分自身も憎いんだ!
 どうしようもねぇ感情が沸き上がって来るのさ。
 自分で自分を殺し兼ねないぐらいにな!
 ……心配するな。奴らを滅びさせるまではそんな愚かな事はしねぇ。
 だが、この身を憎む気持ちはどうにもならねぇっ!」
ジョーは波の中にゆらっと膝をついた。
ジーンズが海水に浸って濡れて行った。
健は振り返り、ジョーの前に回った。
波に揺れる海水に涙がぽたぽたと落ちるのを健は見た。
「ジョー!正気になれ!」
健はジョーの片頬を平手で張った。
ジョーはそれをそのまま甘受して、波の中へ倒れ込んだ。
避(よ)けようと思えば彼には避けられた筈だ。
「忘れろ、と言うのか?この俺に……。親父さんの死をずっと引き摺っていたお前がか!?」
ジョーは引いては寄せる波の中に手をついた。
「そうだ。俺が言っても説得力がない、とお前は思うだろう。
 だが、お前の生き方と両親の生き方に何の関係がある?
 人生の一部を交差していただけなんだ!
 お前のどこに罪があるって言うんだ!?」
健はジョーの胸倉を掴んで立たせた。
「ジョー!」
もう1度、今度は思い切り鉄拳を浴びせた。
ジョーは無抵抗で吹っ飛んだ。
全身がびしょ濡れになった。
そして、海水がしょっぱかった。
「ジョー。俺にとっては何も変わらないんだ。
 お前に過去を思い出させてしまったのは俺にも責任がある…」
「馬鹿野郎。あの時、お前がああしなければ俺は海底で爆死だよ。
 おめぇと心中するつもりはねぇさ」
ジョーが苦笑しながら立ち上がった。
「すまねぇな…。気を遣わせちまってよ。
 俺も元に戻る努力はするさ。お前が吹っ切ったようにな…」
「俺だって吹っ切れてなんかいないさ……」
健はジョーと並んで沈んで行く夕陽を眺めた。
まだ裸足で波の中に立っていた。
「綺麗だな……」
ジョーが呟いた。
「ああ、綺麗だ…」
健もそう応じた。
「ジョー。俺の家でシャワーでも浴びてけよ」
「いや、服の替えがねぇ。トレーラーに帰るぜ」
そう答えながら、ジョーはTシャツを脱いで絞った。
ピタピタと音を立てて、海水が砂浜に落ち、すぐに吸い込まれて行った。
「バスタオルがあったな。シートに敷いてやらねぇと可哀想だな…」
ジョーは呟きながらG−2号機へと向かった。
それを見送る健の瞳に涙の一滴(ひとしずく)があった。
ジョーはもう大丈夫だ、そう思ったのだ。

しかし…。
この後、ジョーが単身BC島に向かう事になろうとは健は思ってもいなかった。
そして、あの悲劇が起こる事になる。




inserted by FC2 system