『復興のサーキット』

クロスカラコルムの決戦から3ヶ月後のある日。
健はジュンと連れ立って、ジョーが良く来ていたサーキットへと足を運んだ。
あの後、かなり荒れ果てたサーキットにも少しずつ人が集まり始め、協力してサーキットの再建造に励んだ、と健は小耳に挟んでいた。
ジョーが生きていたら、やはり此処に足繁く通っていたに違いない。
再建造もほぼ完了し、テスト走行をする車が何台か見受けられた。
「やっぱり、ジョーの匂いがするな…」
健が述懐する。
「ジョーが『生きた』場所だものね」
ジュンが受ける。
「ジョーは魂だけでも、此処に来ているかもしれなくてよ。
 だって、彼にとっては唯一安らげる場所だったんですもの」
ジュンの瞳には涙が浮かんでいた。
健もそれを堪(こら)えるのに苦労していた。
「ジョー。これからだったのにな。
 ギャラクターの呪縛から解放されて、レースに熱中出来る時間が漸く出来た筈なのに……」
「海外に転戦もして、ジョーはきっと名声を手に入れたでしょうね。
 私達、みんなでそれを応援したかったわね」
ついにジュンの涙が零れ落ちた。
「何故かしら?ふと走ってるG−2号機を探してしまう……」
「俺もだ。基地に格納されているのが解っているのにな」
健が眼を伏せた。
長い睫毛が震えた。
「やっぱりゴッドフェニックスに格納されているより、此処に来てジョーと走っている方がお似合いだな。
 G−2号機もその方が本望だったろうに……。
 ジョーに置いてけぼりにされたって怒っているかもしれないな」
「格納庫で寂しそうにポツンといるG−2号機を見ていると堪らなくなるわ」
ジョーがいないサーキットに来たのは2度目だ。
決戦の前、病いが皆に発覚した後に行方不明になった彼を探しに来た事があった。
だが、もうジョーは確実にこの世にはいない。
いくら探しても此処にジョーがいる筈がない。
彼がいないサーキット場を見ているのは辛かった。
帰ろうか、と話していると、
「あのー、すみません!」
サーキットでテスト走行をしていた車から1人の男が降りて来て、2人に声を掛けた。
30代後半に差し掛かろうとしているかのような見栄えの男がこちらに向かって歩いて来た。
「もしや、ジョーの友達では?」
健とジュンは思わず顔を見合わせた。

「俺はフランツ。ジョーのサーキット仲間だ。
 君達がレースの時にしばしばジョーを応援に来ていたのを見掛けた事がある」
深緑のレーシングスーツが良く似合う男だった。
鳶色の瞳をしていた。
彼に誘われてサーキット場の中にある喫茶店に入った。
「そうでしたか。俺は健、こっちは…」
「ジュンです。はじめまして」
「ずっと気になっていた。あれからジョーが現われないのでね…。
 俺は帰って来ると信じていたい。でも君達だけが現われた処をみると、ジョーはやはり……」
フランツの瞳が曇った。
「ジョーは…地球がニュートロン反応を起こした時に……」
健は皆まで言えなかった。
声が詰まった。
それにまさか『彼は科学忍者隊のG−2号、コンドルのジョーです』とは言えない。
未だにその事はISOのトップシークレットであった。
「俺も、ニュートロン反応による被害で妻子を亡くした。そうか、ジョーもあの時に……」
握り締めたフランツの両手に、彼の双眸から流れた涙がぽたりと落ちた。
「実はもう時効だから独り言として言うが、俺はISOの情報部員だった。
 ジョーもそれに近い部署で働いていたのではないかと思っている。
 俺は妻子を亡くして、生きる目標を無くした。
 だが、その時にジョーが夢に出て来たんだ。
 それで、またサーキットにやって来た」
「そうでしたか……。奥さんとお子さんが……。お察しします」
健が小さな声で言った。
「前に科学忍者隊が表彰されると言う事で写真が公開された事があった。
 俺はあの時に確信したんだ。ジョーは科学忍者隊だと」
「え?」
健はまたジュンと顔を見合わせた。
「ジョーとは彼がこのサーキットに出入りするようになってからの付き合いだ。
 みんな彼が何かの重い任務を背負っている事は薄々感じていたし、俺はあの写真を見て、科学忍者隊のG−2号が彼にそっくりな事に気付いた。
 バイザーで顔はハッキリとは見えないが、あの骨格、引き締まった体形。
 少しだけ見える口元。
 笑っている写真であの特徴のある眼は確認出来なかったが、あれはジョーだと俺は思っている」
「………………………………………」
健は何と答えたら良いのか考えあぐねた。
「ISOに退職願を出してから、残務整理に立ち寄った時に噂を聞いた。
 科学忍者隊の中に殉職者が出たと……。まさか、と胸騒ぎがしてならなかった。
 あの明るくて快活なジョーが、そんな風に俺達の前から消えるだなんて信じ難かった。
 だが、ジョーはあれきり現われなかった……。そして、今日、君達だけが現われた」
フランツは握り締めた拳でテーブルを叩いた。
ドンっと音がして、3つのコーヒーカップがカチャリと浮いた。
「ジョーは死んだのか?もう俺達の前には現われてくれないのか?」
「……これから俺が言う事も、俺の独り言として聞いて下さい」
健は静かに話し始めた。
「コンドルのジョーは病気で残り少ない生命だったそうです。でも、勇敢に闘ったと聞いています。
 そして最後の瞬間まで壮絶なまでにギャラクターに立ち向かった、と……」
健はそこまで言って、涙が溢れるのを堪え切れなくなった。
涙が後から後からボロボロと零れて来る。
暫くは全く言葉を続けられなくなった。
横でジュンも涙を拭っている。
「科学忍者隊の仲間は、彼の遺体を確認していません……。
 ……でも、状況から見て……、彼が生き永らえているとは思えないと聞きました。
 ギャラクターの銃弾に倒れ、満身創痍でした……。
 忍者隊と最後の別れをした時、既に息も絶え絶えでした」
健は握り拳で力強く自らの涙を拭った。
「……ジョーは此処ではそんなに明るく振舞っていたのですか?」
「ああ、水を得た魚とはまさに彼の為にあるような言葉だ。
 生まれ付いてのレーサーだったと思っている」
フランツも顔を上げた。
「まだ若かった…。いや、若過ぎた。
 生きていたら世界的レーサーになれたのに、全く惜しい事だ……。心から冥福を祈りたい。
 どうか落ち着いたらでいいから、墓参りをさせては貰えないだろうか?」
フランツはそう言って、名刺を取り出した。
「お仕事、始められたんですね」
ジュンが受け取ってにっこりと笑った。
「ギャラクターは俺から全てを奪った。家族も家も、仕事も、そしてサーキット仲間も……。
 まだ還って来ないサーキット仲間が沢山いる。恐らくは犠牲になってしまったのだろう。
 でも、俺はこれからも走る。此処には仲間の魂が集(つど)っているからな!」
フランツは伝票を掴んで立ち上がった。
「君達とはまた逢ってジョーの話をしたいものだ」
「こちらこそ。俺達が知らないサーキットでのジョーの事を是非話して下さい。
 今度お逢いする時には他に友達が2人いますので、彼らも連れて来ます」
健も立ち上がって、フランツに向かって右手を差し出した。
「ガッチャマン…」
フランツはハッとしたように小声で呟き、健の手を握り返した。
健はその呟きを聞かなかった事にした。
熱い握手を交わすと、フランツとはそこで別れた。

喫茶店を出て、健とジュンは改めてサーキットの観客席側からコースを1周した。
「此処にはやっぱりジョーが息づいているのね」
「ああ。愛されてるな、ジョーは」
健がふと空を見上げた。
いつかジョーと2人で見た美しい夕焼けに似ていた。
(ジョー、見てるのか?どこかで生きていてくれないだろうか……)
健はある筈もない事を心で呟いた。
「ジョー。もう1度サーキットで走っているお前の姿を見たいぞ」
健は思わず口に出していた。
「そうね…」
と答えたジュンに驚き、自分がそれを口にしていた事に気付いた。
「私はジョーの悲壮な運命を呪うわ……。神様がいるのなら大声で抗議したい。
 どうして彼1人にあんなにも大きな重荷を背負わせたのか、って……」
ジュンが両手で顔を覆った。
「ジョーは満足して死んで行った。それは解っているんだが、どうにも遣り切れないな。
 その思いはみんな同じさ……。
 さあ、ジュン、帰ろう。甚平と竜が心配してるだろう」
健がジュンの華奢な背中をそっと押した。
2台のバイクが仲良く帰路に着いた。




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