『ジョーの憂鬱(1)』

サーキット仲間の1人が引退する事になった。
眼に変調を来たしたからだと言う。
まだ20代半ばの若さだった。
ジョーのライバルとも目されていて、なかなかの凄腕レーサーだった。
「寂しいけどさ、運転免許を剥奪される訳じゃないし、これからは1ドライバーとして車と良い付き合いをして行くよ」
ジョーが別れを告げに行った時に彼は寂しげにそう言った。
「ドライブをしたり、ゆるりと付き合って行く。車ってそう言う楽しみ方もあるんだぜ」
「ああ…」
ジョーはその男、アルフレッドと固い握手を交わした。
「ジョー、近い将来F1のテレビ中継で君の姿を観られるのを楽しみにしているよ。
 もうスポンサーからいろいろ粉が掛かっているって聞いたぜ」
「今の仕事が片付くまでは無理だ。でも、2〜3年の内にはそうなりたいもんだな」
「君はまだ若い。2年経ってもまだ二十歳だ。期待してる。俺達の星だからな」
「元気で。アルフレッド」
「達者でな、ジョー」
サーキットで爽やかに別れた2人に、数日後思い掛けない再会が訪れる事となるのだが、まだ誰もその事を知る由もなかった。

『科学忍者隊速やかに集合せよ!』
南部博士の号令が掛かったのは、それから5日後の事だった。
全員が三日月珊瑚礁の基地にバードスタイルで集合した。
「情報部からギャラクターが凄腕のレーサーを雇ったと言う報告があった。
 先日引退したばかりだと言うのだが…。ジョー、心当たりはあるかね?」
「引退したばかり、と言えばアルフレッドしか思い浮かびませんが?」
「そうか。その男の事は情報部にフィードバックしておこう」
「アルフレッドが何か?ギャラクターに雇われたですって!?
 眼の病気で引退したんですよ。まさかそんな事が……」
「家族を人質に取られている、などの何かしらの事情がある可能性も否定出来ないぞ、ジョー」
南部は冷静な眼をジョーに向けた。
「で、ギャラクターはそのレーサーをどうしようと?」
健が博士に顔を向けた。
「イタリス王国で行なわれる次のレースに出場させるつもりらしい」
「あの『ゴトリー』が主催する世界的なレースにですか?」
『ゴトリー』は日本を発祥の地とした酒類・飲料メーカーだ。
「そうだ。狙いはまだ解らんのだが、優勝した時の副賞が…」
「エメレスのダイヤモンドリングとタイピンのセットでしょう?ギャラクターが何でそれを?」
さすがにジョーはその事を知っていた。
実はサーキット仲間やサーキットのオーナーから出場を強く勧められていたのだ。
「『ゴトリー』が特注したそのエメレスのダイヤモンドが特殊な物なのはジョーも知っているだろう」
「余り興味はないんでちゃんと聞いていなかったんですが、確か陽に透かすとキリストの像が壁に投影されるとか…」
「その通りだ。それを使って悪事を働こうとしている事は間違いない」
「でも、盗み出した方が確実なんじゃないですか?嫌に回りくどいやり方ですね」
健が眉を寄せた。
「そうよね。レースに優勝出来るかどうかも解らないのに、不確かな方法である事は間違いないわね」
「おら、ギャラクターが考えちょる事が良く解らんわい」
「何か臭うよね…」
ジョー以外の4人が一頻り感想を述べた。
「ジョー。私は思うのだが……」
南部博士がジョーの方に向き直った。
「私は君を誘(おび)き出す為に一石二鳥を狙ったのではないかと考えている。
 ギャラクターは君の正体は知らないが、レーサーであると言う情報は既に得ている筈だ。
 このレースに君を出場させ、正体を暴こうとしている可能性がある。
 その為に情報部員にこのネタを掴ませたと言う事も考えられる」
「じゃあ、アルフレッドは俺の為に利用されたって言うんですかっ?」
ジョーが苦しげに叫んだ。
「飽くまでも私の推論だ。それにこの事は棚から牡丹餅程度に考えていると思う。
 やはり本来の狙いはダイヤモンドだろう。
 ジョーにはこのレースに出場して貰う事になる。くれぐれも注意して掛かって欲しい」
「博士、今回の任務はそれだけですか?」
「私はそのダイヤモンドをメカ鉄獣に組み込んで何かをやらかそうとしているのではないかと睨んでいる」
南部博士はスクリーンに映し出された特注ダイヤモンドの映像を振り仰いだ。
「キリスト像を映し出す事から考えても、このダイヤモンドの成分に特殊な物が含まれていると考えられるので、『エメレス』に問い合わせ中だが、企業秘密だと言って答えを渋っている。
 君達はジョーを護衛しながら、ギャラクターの本意を探って欲しい。
 竜は上空からゴッドフェニックスでメカ鉄獣の出現を察知するのだ。
 ジュンと甚平はレース場に入り込み、怪しい動きを探ってくれたまえ。
 健はジョーの護衛だ。とは言っても同乗する事は出来んので、君にもレースに出場して貰う事になる」
「博士、俺は任務があるからと思って、このレースにエントリーはしていませんよ」
ジョーが不審そうに訊ねた。
「心配は要らん。ISOからイタリス王国政府に掛け合って、出場枠を2つ確保した。
 諸君、頼むぞ!」
「ラジャー!」

とは、答えたものの、健は不安を隠せなかった。
その夜、『スナックジュン』には5人がいつものように溜まっていた。
「ジョー。そんな世界的なレースに、ただの国際A級ライセンスを持っているだけの俺が出場しても、付いては行けないだろう。
 隠れてお前の車に乗り込んでいる方が護衛はし易いように思うがな」
「確かにな…。でも、何か博士には含む処があるように思えてならねぇ。
 アルフレッドは確かに腕利きだが、あのレースに出られるだけの技量はねぇんだ。
 かなり特殊なメカで出て来るに違いねぇ」
「ジョーのライバルと目されていたと聞いたが?」
「確かにそうなんだが、正直な処、冷静な判断を下せば俺よりも腕は下だ」
ジョーはG−2号機のダッシュボードから持ち出して来たディスクをジュンに渡した。
「ジュン、こいつを再生してくれ。サーキットで撮ったアルフレッドと俺の映像が入っている」
ジュンは受け取ると、すぐさまジョーが渡したディスクを再生した。
暫くは全員が黙ってそれを観ていた。
2台の車が走っていたが、1台はジョーのG−2号機だ。
アルフレッドの車はジョーに簡単にインコースを明け渡してしまっている。
「う〜ん、確かにジョーの兄貴よりも一段格下な感じがするね」
甚平が頭の後ろで手を組みながら身体を反らせて、一端(いっぱし)の評論家のような顔をした。
「ジュン、その1分53秒の所で停めてくれ」
ジョーの声にジュンはその通りに少し前まで戻して、指定された時間で一時停止をした。
「何だと言うんじゃ?ジョー」
竜が不思議そうに振り返った。
「健、見てくれ。彼はコーナリングが不得意なんだ。
 此処に隙が出て、俺に何度も抜かされている」
「そうか、なぜギャラクターが彼に白羽の矢を立てたか、って事だな。
 どうせならジョーを使った方が手っ取り早い筈だ。
 サーキットでの走りはチェック済みだろう」
「気になるのはそこなのさ…。嫌な予感がする」
ジョーは暗澹とした気分になっていた。
レースは明後日に迫っていた。




inserted by FC2 system