『ジョーの憂鬱(3)』

ジョーはレースが始まる前のピットでアルフレッドに接触を図った。
打ち合わせ通りの行動である。
少し離れて健がそっと窺っている。
ジョーは紺色の身体にピッタリとフィットしたレース用のスーツを身に付けており、同系色のメットを小脇に抱えていた。
枯れた葉のような髪が風に揺れていた。
引き締まった見事な筋肉質の肉体、スラリと長く伸びたカモシカのような脚にスーツがフィットして、ジョーはより一層輝いて見えた。
スーツは形の良い大胸筋や腹筋、大腿筋が浮き出る程ピッタリとしていた。
さすがはレーサー、良く似合うものだ、と健は妙な処に感心していた。
(これでは女性が放っておく筈が無い。男が見てもかっこいいと思えるんだからな…)
健には「伊達にレーサーをやってるんじゃねぇぜ」と言うジョーの声が空耳のように聞こえた。
その健はガッチャマンカラーの真っ白なレーススーツに身を包んでいた。
「アルフレッド!」
ジョーの呼び掛けにアルフレッドはびくっとしたように振り返った。
「ジョー……」
「お前さん、引退した筈だろ?どうして此処に」
「実はこっそりエントリーしてあったんだ。
 だからやはり諦め切れなくてラストランを此処でもう1度と思ってしまったのさ。
 ジョーは出られなかったんじゃなかったのか?」
「そうだったんだが…。丁度仕事の休暇が取れてね。ギリギリでエントリーしたんだ」
「強敵が現われたな……」
アルフレッドが恐怖に戦(おのの)いたかのようにポツリと呟いた。
「だが、随分とチューンナップが進んだマシンじゃねぇか。
 余程のスタッフが付いていると見える。これなら走りも期待出来そうだ。
 まあ、お互いに頑張ろうぜ」
ジョーが握手を求めた。
アルフレッドは一瞬躊躇したが、その握手を受けた。
その時ジョーはアルフレッドの耳元で周りには聞こえないような小声である事を言った。
アルフレッドは驚いた顔をしていた。

「健、あのマシーンはやはりギャラクターが開発したものだな。
 ご丁寧にハンドルにマークをつけてやがったぜ。
 武器も装備しているようだ。いざとなったら周囲の車に攻撃を仕掛けてでも、優勝を狙って来るだろう」
「やはりギャラクターに魂を売ってしまったか……」
「いや、握手を求めた時、奴の手は震えていた。魂を売った訳じゃねぇ。
 妹さんは俺の仲間とISOの情報部員が必死で探している、絶対に助けてやる、と耳元で言ったら、驚いていたのと同時に安堵の表情を見せたぜ」
「そうか……。やはり失踪した妹さんはギャラクターの手に渡っていて、彼は脅迫されているんだな」
「そう言うこった!相変わらず汚ねぇ手を使いやがる」
ジョーは右拳で左掌をパシっと叩いた。
「いつもの事さ。とにかくお前にはレースに優勝して貰って、副賞をギャラクターの手に渡さないようにしなければな」
「ああ。健、もしリタイアしなければならない状況になったら、後は俺に任せて副賞を守ってくれ。
 いざアルフレッドが優勝出来ない事態に陥ったら、奴らはアルフレッドを抹殺すると共に、ダイヤモンドを奪おうとするに違ぇねぇ」
「その時は頼んだぜ、ジョー」
2人はそれぞれのマシンへと向かい別れて行った。

レース前のスタートを待つ瞬間はいつでも良い意味でジョーの魂を高揚させた。
しかし、今日はいつもと違った緊張感が漂っている。
ギャラクターはジョーのレーサーとしての腕を自分達の物にする為に襲って来る可能性もあったからだ。
それはレース中なのか、レースが終わって賞金と副賞を手にした瞬間なのか。
とにかく片時も油断する事は出来ない。
更には正体を隠す為にバードスタイルにはなれない、と言う問題もあった。
ギャラクターは今の処、ジョーをただのレーサーとして見ているが、南部博士が言ったようにレーサーでもある『コンドルのジョー』を今回のレースに誘(おび)き出そうとしている可能性は否定出来なかった。
ジュンが心配したように、ジョーが置かれた状況は二重にも三重にも危険だった。
もうすぐスタート時間だ。
電光掲示板が後3分と表示された。
ジョーはナビシートに置いておいたヘルメットを被った。
身が引き締まる思いがする瞬間だ。
『健、ジョー!特別観客席の中に妹さんらしき女性を見つけたわ。
 コートを着た男に挟まれてる。多分コートで隠して左右から銃口を押し付けられていると思うわ。
 それに近くにはギャラクターの女隊長もいる……。
 アルフレッドに妹さんを見せて心理的に追い詰める作戦よ。
 妹さんの奪還は隙を見て私と甚平でやるから、健とジョーは走る事に専念して!』
ジュンからの通信が入った。
「おう!頼んだぜ、ジュン!女隊長には充分気をつけろよ」
『ジュン、甚平、努々(ゆめゆめ)油断は禁物だぞ!』
健の声も聞こえた。
健は海底のゴッドフェニックスで待機している竜にも声を掛ける。
『竜、居眠りをするなよ!レーダーに反応があったら、レース中でも構わずに報せろ!』
『解っとるわい!おらに任せとけ!』
ジョーはそのやり取りを聞きながらエンジンを唸らせる。
予選により、トップの好位置からスタート出来る権利を得ていた。
健は残念乍らジョーよりも少し後方だ。
『ジョー、追いつけるように頑張ってはみるが、俺の腕では無理かもしれない』
「いや、多分アルフレッドの車の攻撃で脱落者が多く出る筈だ。
 それさえ避ければおめぇも上がって来れるぜ」
ジョーは健には見えないのにニヤリと笑った。
「それに…な。恐らくあの車はアルフレッドには制御し切れねぇ。
 いざとなったらギャラクターに遠隔操作される恐れもある。
 そうなったら俺達も危険だぜ。その事を頭に入れておいてくれ。
 さて、1分前だ。健、集中しろよ……」
そうブレスレットに声を掛けると、ジョーは通信を終えた。

緊張感が高まる一瞬だった。
電光掲示板が10秒前からカウントダウンを始めた。
各マシンからエンジン音が唸る。
この瞬間がジョーは好きだった。
今日は少し違う様相を呈していたが、それでもこの高揚感は変わらない。
足をアクセルに軽く乗せている。
(任務でもあるが、俺はいつだって勝つ為に走っている。今日も負ける訳には行かねぇ!)
決意を込めて、ジョーは唇を噛み締めた。
電光掲示板が『START』と表示され、ジョーは思い切りアクセルを踏み込んだ。
ついにレースは開始された。




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