『忌まわしい血は洗い流された』

※この作品は拙作『洗い流したい過去』、『傷だらけのコンドル』の続編となります。

戦闘中に腹部の傷口が疼いた。
(こんなもんが何だってんだ!)
ジョーは華麗な動きで的確に雑魚隊士達を仕留めて行く。
此処は敵基地内。
(一体こいつらは地球上にいくつの基地を作りやがったんだ?)
その都度自然が破壊されている事実にジョーは心から腹を立てていた。
腹部の痛みが妙に疼く。
肉弾戦を避け、出来るだけ羽根手裏剣とエアガンで対抗して行くが、敵の渦の中に入り込んでしまえばそうは行かない事もある。
「どうした?ジョー。動きがおかしいぞ!」
背中合わせになった健が声を掛けて来る。
「いや、何て事ねぇさ」
ジョーは答えて、その間にも唇に挟んだ羽根手裏剣で敵を十把一絡げに倒した。
健も黙ってはいない。
手放したブーメランを再度手中に戻すと、敵が1度にドサドサと倒れて行った。
健は背中から尋常ではない熱を感じていた。
「ジョー!まさか傷口が開いたんじゃないのか?」
健は汗だくで息が上がっているジョーを振り返る。
ジョーがこの程度の動きで息切れをするなんて、健は見た事もなかった。
確かに任務に復帰するには少々早過ぎた感はある。
「ジョー!大丈夫なの?」
離れてヨーヨー爆弾で闘っているジュンが声を掛けて来た。
「ジョーの兄貴ィ…」
アメリカンクラッカーをパシっと手に取って甚平もジョーを呼んだ。
「心配するな、って事よ!みんな闘いに集中しやがれ!」
ジョーは地を蹴って跳躍すると天井を蹴り、ギャラクターの隊員の中に突っ込んだ。
ジョーが地に降り立つと、周囲の隊員達がバタバタと倒れて行く。
見事なまでに全員の喉笛に羽根手裏剣が突き刺さっていた。
どう言う技を以って此処まで羽根手裏剣を使いこなせるのか、さすがの健も舌を巻いてしまう。
しかし、ギャラクターの隊員が纏まって倒れた後、ジョーはその場に片膝を付いた。
「やっぱりジョーの兄貴、おかしいよ!」
甚平が駆け寄る。
「兄貴ィ!ジョー、凄い熱だぜ!」
「やはり傷口が広がったか……」
健が唇を噛んだ。
ジョーの腹部には出血の跡が見られる。
「無理をしてたのね、ジョー……」
ジュンが涙を浮かべる。
「よし、早い処爆弾を仕掛けて脱出するぞ!」
「ラジャー!」
健の掛け声に2人が散って行く。
健はジョーを抱えて、取り敢えず人目に付かない通路に身体を横たえさせると、自分も爆発物を仕掛けに走った。
(くそぅ…。俺は…奴らの足を引っ張っちまったようだな……)
ジョーは薄らぐ意識の中で呟いた。
闘いにはどうしても腹筋を使う事が多くなる。
知らず知らずの内に傷口が開いてしまったのだろう。

「竜、爆弾を仕掛け終わった。ゴッドフェニックスで突っ込んで来てくれ!
 大至急脱出する!ジョーが!」
『ジョ、ジョーがどうしたんだわい?まさかまだ具合が悪いんじゃ?』
ブレスレットの向こうで狼狽している竜の顔が眼に見えるかのようだ。
ジョーが腹部に傷を受ける事の原因を作ったのが自分であるだけに、竜は気が気ではない。
「俺の不摂生さ…。竜が気にする事なんか、ないんだぜ……」
ジョーは普通と変わりない様子で立ち上がったが、その時腹部からボタボタと音を立てる程の血が溢れ落ち、ジョーは再び崩れ落ちた。
「ジョー!」
3人が駆け寄る。
「とにかく此処は危険だ!竜が到着次第脱出するぞ!」
健が言い終わらない内にゴッドフェニックスが半身を突っ込んで来て、ドームを解放した。
3人掛かりでジョーを支えてそこを目指して飛ぶ。
「済まねぇ……俺は、おめぇ達、の足手纏いに…なるつもりじゃ、なかっ……」
ジョーにしては珍しく強がりの言葉もない。
「ジョー、凄い熱だわ…。とにかくじっとして。止血をするわ」
下がって行くドームの上でジュンが手早く手当てを始めた。
ゴッドフェニックスが飛び立った数秒後、ギャラクターの基地は大爆発を起こし、悔しげなカッツェの声と共にデブルスターの円盤が逃げ出して行くのが見えた。
危機一髪だった。

ジョーの出血は思いの外酷かった。
完全に傷口が開いたとしか思えない。
新たな傷を受けているようには見えなかった。
『ジョーを出動させたのは私のミスだ…。すぐに連れ帰って来てくれたまえ』
スクリーンの向こうの南部博士の顔は電波で乱れて良く見えなかったが、恐らくは苦渋の表情だったに違いない。
科学忍者隊は本来、闘いを目的として作ったものではなかった。
ギャラクターの本部を見つける事が任務で、それらを潰すのは本来国連軍の仕事だと南部は思っていたのである。
しかし、ギャラクターはそれ程甘い敵ではなく、結局は鍛え抜かれた科学忍者隊を最前線に立たせる事になってしまった。
まだ彼らは夢を追っている年頃の少年達だ。
ギャラクターの手によって死んで行ったジュゼッペ浅倉、カテリーナ浅倉の夫妻から預かった、このジョージ浅倉を『コンドルのジョー』として最前線に立たせる事になってしまった事、盟友鷲尾健太郎から預かった鷲尾健を科学忍者隊のリーダーとして苦しませる事になった事…、ジュンや甚平の孤児達や、家族が健在の竜まで……、私は闘いの渦に巻き込んでしまったのだ、と博士は自分を責めていた。
その表情を見られない為にわざと弱い電波で通信をして来た事までは健達が気付く筈もなかった。

ジョーは高熱を出しているのにも関わらず顔色が真っ蒼になっていた。
出血が多く、貧血を起こしている状態なのだろう。
どうやらまた輸血が必要なようだ。
(ジョー、お前の身体にはもうギャラクターの血は一滴もない。
 全て洗い流し、お前の身体に流れているのは『人間の血』なんだ!
 もう苦しむ事なんかないんだ!もうこれ以上傷付くな!!)
健は意識を失ってダランと力が抜けた頼りないジョーの身体を支えながら、近づいて来た三日月珊瑚礁を見下ろすのだった。




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