『ジョーの憂鬱(5)』

ジョーは状況によってはアルフレッドをこの手に掛けなければならないと言う覚悟を決めた筈だったが、そう簡単に割り切れるものではなかった。
出来る事なら彼の妹を助け出し、優勝を掻っ攫って副賞を手に入れ、自分の身柄をギャラクターに渡す事なく大団円となってくれれば一番いい。
勿論、そうなるように健達が陰で暗躍してくれている。
アルフレッドの妹の周辺にはギャラクターの女隊長がいると言う。
(そいつを誰かが引き寄せておかねぇと、救出は難しいだろう…。
 だが、多分健がやってくれるに違いねぇ。
 俺はレースとアルフレッドの事だけに集中してればいい……)
ジョーはこの崖のコースを抜け出て拓けた場所に出た時にアルフレッドが攻撃を仕掛けて来るに違いないと思った。
12kmのこの崖の間の道もそろそろ終わるだろう。
アルフレッドは崖を粉砕しながら、ジョーにピッタリと付いて来る。
あのような仕掛けがなかったら、恐らくは疾うにジョーに引き離されている筈だった。
アルフレッドは腕利きと言われジョーとはライバル視されていたが、見る者が見ればジョーとのテクニックの差は歴然だったのだ。
それは、同じレーサー仲間にしか解らない微妙な差だった。
彼はコーナリングの壁さえ克服出来ていれば、ジョーと並んでレーサー仲間からも両雄と呼ばれたに違いなかった。
眼の病気を引退の理由にしていたが、本当の処は解らない。
もしかすれば壁を克服出来なかった事が引退を決意させたのかもしれなかった。
それが妹を人質に取られた為、已む無く出て来た。
彼はジョーが出場するとは思っていなかったし、ギャラクターに非常に性能が良く、武器も付いたマシンを与えられた為に、何とか優勝出来るのではと期待していた。
そこへジョーの登場だったのだ。
ジョーが出走直前に囁いた言葉をどこまで信用しているか解らなかった。
(妹が誘拐された事を俺が知っているのには驚いたろうが、信じちゃいねぇだろう……)
ジョーの考えは恐らくは当たっているだろう。
となれば、崖を抜けた処で攻撃に転じて来るのは必至だった。
人間、生命賭けで突撃して来る時には不思議な力を宿すものだ。
ジョーはそれを知っていた。
(こっちの車体には武器がねぇ。注意して掛からねぇと、生命取りになり兼ねない。
 場合によっては、攻撃を加えるしかねぇだろう。
 だが、コンドルのジョーとこの俺の両方が狙われている可能性がある以上、羽根手裏剣は使えねぇ…。
 エアガンもどこで見られているか解らねぇしな……。
 どうするよ、コンドルのジョー!)
アルフレッドを車から降ろして眠らせるしかないか、とジョーは思案した。
しかし、その間に後続の車に抜かれる可能性もあった。
やるのなら素早く行なうしかない。
そのような時間の無駄を防ぐ為には、アルフレッドの車を停めるしか手はないだろう。
(どうやって停める?向こうにはどんな武器が隠されているか解らねぇんだ……)
もうすぐ崖のコースが切れる。
前方の視界が拓けて来た。

崖コースを抜けた。
見渡す限りの荒野が広がっていた。
一応道は作られていたが、道を外れて直線最短コースを取るには絶好の場所だった。
ジョーは後方を見やった。
アルフレッドはピタリと後ろに付いていたが、大きく横に振れて加速しようとしている処だった。
いよいよ攻撃を仕掛けて来る!
ジョーは身構えた。
アルフレッドの車体からは、まだ先程の電動カッターが出ている。
ジョーの横に出てG−2号機の車体を切断するつもりだろう。
(もしかしたらアルフレッドは洗脳されているのかもしれねぇな…)
妹の為とは言え、アルフレッドがそこまでしてジョーに攻撃を仕掛けて来るとは思えなかった。
アルフレッドはG−2号機の左側に出たのだ。
つまりは左ハンドルの運転席にいるジョーの身柄も同時に狙っていると言う事だった。
彼にそこまで非情になれるだろうか?とジョーは思った。
車を停めるだけなら、恐らくは車の前部に装備されているであろうマシンガンで狙って来れば済む事だ。
(洗脳されているか、何かで操られているか…。ん?)
ジョーは横に並んだアルフレッドのヘルメットに何か可笑しな物が取り付けられている事に気付いた。
(あれだっ!)
そう思った時、思わずエアガンを抜いていた。
アルフレッドがG−2号機の車体を切断しようと幅寄せをして来たタイミングを狙って、ジョーはエアガンの三日月型のキットをアルフレッドのメットに向かって発射していた。
狙い違わず、ガラスを割ってヘルメットを弾き飛ばした。
アルフレッドは頭部の重心を一瞬取れなくなった為に、車体は蛇行し、横転した。
ジョーは車を停め、気を失っているアルフレッドに外傷がない事を確認すると、素早くG−2号機のナビゲートシートに乗せ、シートベルトで固定した。
「健!アルフレッドは保護した。妹さんの方はどうだ?」
『今、俺が女隊長を引き付けている。ジュンと甚平が救出する手筈だ。もう少し待ってくれ!』
「解った。俺は先を急ぐぜ!」
ジョーは再びアクセルを踏んだ。
後方から後続の車が見え始めていた。
間一髪追いつかれずに済んだようだ。

後続集団には、もうギャラクターは居ない筈だった。
ジョーはホッと溜息をついた。
アルフレッドの身体を漁ったが、武器らしいものは持っていなかった。
だから安心して、隣のシートに乗せたのである。
更には両手をロープで縛り上げてあった。
これでは何も手出しは出来まい。
身体能力でジョーが負ける事は無い筈だったが、此処はレースに集中したい。
彼は類稀なるドライビングテクニックでどんどんと後続を引き離した。
アルフレッドが意識を取り戻したら、ひと悶着あるかもしれない。
今の内に出来るだけ後続との距離を稼ぎ、その時に備えようと言う考えだった。
アルフレッドは恐らくギャラクターによって脳波を操られていた事により、失神しているだけに違いない。
眼が醒めた時には正気に戻っているだろう。
その時、彼は妹の事をどう思うだろうか?
妹の為にジョーの邪魔をする画策を練るかもしれない。
そう思ったから、ジョーは彼の身体を拘束した。
本意ではなかったが已むを得なかった。

やがて、眼の前にサーキットが姿を現わした。
また1周2.5kmを10周すればレースは終了だ。
このままで無事に行けば、トップはジョーのものだった。
都合100kmのレースも漸く先が見えて来た処で、ブレスレットに健からの通信が入った。
『ジョー、待たせて済まない。女隊長が途中で気付いて邪魔をしたんで妹さんの救出に手間取った。
 だが、妹さんは無傷で救出した。今、ゴッドフェニックスで保護している』
「そいつは良かった…」
『そっちの首尾はどうだ?』
「アルフレッドは今、俺のナビシートでお休み中さ。
 ヘルメットに可笑しな装置が取り付けられていて、それでギャラクターに操られていたらしい。
 眼が醒めたら妹の事を話してやるさ」
『レースの方は?』
「今、サーキットにトップで入った」
『解った!最後まで気を抜くなよ!ギャラクターは俺達の存在に気付いている』
「ああ、解ってる!副賞の警護は頼んだぜ!」
此処まで散々襲われて来たが、G−2号機は無傷で無事に戻って来た。
後はトップでチェッカーフラッグを受けるだけだが、ギャラクターが黙ってそれを見過ごすとは思えない。
ジョーは腹を括った。
その時、隣席のアルフレッドが眼を醒ました。
「お…俺は……?」
と周囲を見回し、隣にジョーが居る事に驚いた。
更には自分の身が拘束されている。
「すまんな。おめぇはギャラクターに操られていたんで、悪いが縛らせて貰った。
 チェッカーフラッグを受けたらすぐに外してやる。後、残り8周だ」
「妹は!?妹を助けなければ!」
「心配すんな。俺の仲間達が助けると言っただろうが?
 妹さんは無事に保護されている。怪我1つないそうだ」
アルフレッドはジョーの言葉を半身半疑で聞いていたが、ジョーの横顔に嘘がない事はすぐに解った。
力が抜けて行く思いだった。
「だが、チェッカーフラッグを受け、表彰が済んだ後が危ねぇ。
 ギャラクターは優勝者に渡される副賞のダイヤモンドを狙っているらしい。
 俺を襲って来るだろう。俺がおめぇの拘束を解いたら外に居る科学忍者隊の元へ走れ!」
「科学忍者隊だって?まさか妹を助けてくれたのも?」
「そうだ。ちょっとしたコネを使って頼み込んだ」
「ジョー。お前は一体!?」
「知らなかったっけか?俺は科学忍者隊を指揮している南部博士の養子だぜ。
 そのコネを利用して頼んだだけさ」
ジョーは事も無げに答えた。
その会話の間にもレースは進んでいて、後続でサーキットに入って来た周回遅れの車をジョーは巧みに抜き去って行った。
ゴールは間もなくだった。

ゴールをそのままトップで通過し、ジョーは無事にチェッカーフラッグを受けた。
すぐさまアルフレッドの手を縛ったロープを解き、シートベルトを外してやると、ジョーはアルフレッドに囁いた。
「あそこに女の科学忍者隊が居る。彼女の処まで走るんだ。いいな?」
「ジョー!お前が狙われているんだろ?」
「大丈夫だ。俺にも科学忍者隊の護衛が付いてる。気にせずに行けっ!」
ジョーはナビシート側のドアをスイッチを押して開けると、アルフレッドの背中を強く押した。
(俺は途中でエアガンを使っちまった…。気付かれていなければいいがな…)
ジョーは内心で呟いた。




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