『ジョーの憂鬱(6)』

『ジョー、まずは良くやってくれた』
ブレスレットから南部博士の声が聞こえて来た。
「ひとまずホッとしましたよ。でも何だってギャラクターはこんなに回りくどい事をしたんでしょうね。
 このダイヤモンドが必要なら、いつもなら直球で盗む筈じゃありませんか?」
G−2号機のダッシュボードには賞金と副賞が入れられていた。
「とにかくこいつを死守しましょう。
 ギャラクターが俺の正体を見破っていない限りは、襲って来る事は明らかです」
『うむ。ギャラクターが君を狙っていた本来の理由はアルフレッドの代わりにより『高い能力』を持ったドライバーを取り込みたかったからだと私は思っている。
 だが、君は襲撃者に全く隙を見せずギャラクターの手には堕ちなかった。
 また、アルフレッドは優勝を逃(の)がし、リタイアした。
 状況が変わって来ている。今度は君を殺してでも副賞を取り上げる強い策を講じて来る筈だ。
 また、レーサーである科学忍者隊のコンドルのジョーを誘(おび)き出そうと言う計画については、コンドルのジョーが現われずとも、健達の出現により、こちらが誘いに乗ったと考えていると思われる』
「しかし、やはり良く解りません。何か別の企みが潜んでいるんじゃないですかね?」
ジョーは運転席で顎に手を当てながら言った。
『ジョー、どう言う事だ?』
話を聞いていたらしく、健が割り込んで来た。
「例えばだ。これが科学忍者隊を引きつけておく為の作戦だったら?」
『カッツェならやりそうな事だが、今の処情報部からは何の報告もない』
南部が答えた。
「情報部は当てにならないでしょう。ベルク・カッツェなら簡単に裏を掻きますよ。
 俺達だって既に裏を掻かれているのかもしれません。
 とにかく、俺はこの一件が片付くまでは基地に戻る訳には行かないし、変身も出来ない事には違いありません。
 ユートランドにも戻らない方がいいでしょう。暫くホテルに滞在を続けるとしますかね。
 なぁに、恐らくは今晩には襲撃があると思いますよ」
『あのホテルの他の一般宿泊客はISOの権限により、退出して貰っている。
 残っているのは、国連軍の人間だけなので、安心してくれたまえ。
 あそこはISOの契約ホテルでね。万が一の事があってもISOが補償する事になっている』
「解りました。いざとなったら思い切り暴れてやりますよ。
 でも、国連軍をそこまで信頼していいんですかね?」
最後の言葉は小さく聞こえない程度に付け足した。
『軍隊の連中はホテルの従業員を守る為に残したのだよ、ジョー。
 誰も宿泊していなければ不自然ではないか』
南部にはジョーの呟きが聞こえていた。
『いいか。副賞のダイヤモンドは密かに健に預けろ。
 その『いざ』と言う時の為にも君が持っていない方が良かろう』
「解りました」
通信が切れた。
ジョーは深い溜息をついた。
アルフレッドはやはり自分を取り込む為の踏み台にされたのか?
妹さんも?
そう思うと遣り切れなかった。
彼は今、自分を責めていた。
しかし、科学忍者隊としては自分に絡む者全てがそうなる危険性を孕んでいる事は充分承知していた。
(これからはレースをする事も憚られるのだろうか…)
ジョーはまた憂鬱になった。
「考えていてもしょうがねぇ。ホテルに戻ってメシにするか」
もう1度ダッシュボードの中身を確認すると、ジョーはエンジンを掛けた。
任務で得た賞金はどうなるのだろうか?
ふと、そんな事を考えた。

ホテルへの道程でもジョーは警戒を怠らなかった。
ダッシュボードに入っているエメレスのダイヤモンド…。
南部博士はエメレスに情報開示を求めたが、回答はついに得られなかった。
『ゴトリー』に問い合わせたが、陽に透かすとキリストの像が壁に投影されるだけだ、との答えだった。
(キリストの像が一体何だって言うんだ?ギャラクターはそれを何に使おうとしている?
 博士は最初の指令の時にそれを使って悪事を働こうとしているに違いないと言った……。
 キリスト像を浮かび上がらせる為に何か特殊な鉱物でも使用しているのか?)
ジョーは眉根を寄せた。
(特殊な鉱物を使っているんであれば、メカ鉄獣の強化に必要なものなのかもしれねぇな。
 だが…、その考察は俺の仕事じゃねぇ。博士がやっている筈だ)
敵襲が考えられる以上、今日の疲れを出来る限り取り除かなければならない。
ホテルに着くと、ジョーは直接地下の駐車場へと入った。
そこには素顔に戻った健達が待っていた。
ジョーは念の為、彼らも疑って掛かったが、偽者であろう筈がなかった。
「ジョー、ご苦労だったな。とにかく第一のミッションは完遂した」
健が労いの言葉を掛けて来た。
「だが、俺は今夜襲って来ると睨んでるぜ」
ジョーはダッシュボードを開いた。
どこで誰の眼が光っているか解らない。
ジョーが健に渡した副賞の箱は既に空だった。
そして、別途ハンカチに包んだダイヤリングとタイピンを密かにジュンに手渡した。
全ては防犯カメラの死角にて行なわれた。
健とジュンはそれぞれジョーと眼で会話した。
「ジョーの兄貴、相変わらずさすがだね」
「おら、羨ましいぞい。それだけの腕があれば、将来は安泰じゃろうて」
甚平と竜はわざと暢気な声を出してカモフラージュしている。
「さぁて、メシでも喰ってシャワーを浴びて、今日はゆっくりするとするか」
ジョーは身体を伸ばした。
1日中、窮屈な車の中で過ごしたのだ。
彼にとっては苦にはならない事だったが、やはり身体は窮屈だったらしい。
長い手足を充分に伸ばすと生き返った感じがした。
その時ジョーの唇が声を出さずに「健…」と動いた。
ふと誰かの視線を感じたのだ。
健が軽く頷いた。
(健、俺はわざと捕らえられてみようと思う…)
ジョーは客室に戻る振りをして、健と擦れ違いざまに小声で耳打ちした。
健は驚きもしなかったし、止めもしなかった。
暗黙の了解と言ってもいい。
黙っていても、健達はジョーの周辺で護衛に就く筈だった。
敵の手に堕ちる事で、問題解決の糸口を探ろうと言う危険な策だった。
南部博士には健が上手く言って事後承諾を取るに違いない。

ホテルのレストランで食事を済ませて部屋に戻ると、ジョーは賞金を部屋の金庫に仕舞い、すぐに熱いシャワーを浴びた。
いつ襲撃があるか解らない。
ゆっくりしているつもりなど無かった。
手早く汗を流し、いつものTシャツにジーンズを着込んで、そのままベッドカバーの上に寝転がった。
心地好い疲れが身体から流れ出て行く。
しかし、名だたるレースに優勝したと言う達成感も快感もなかった。
アルフレッドとその妹は幸いにして無事だったが、自分の存在が他人を巻き込む事が有り得るのだと言う事を改めて思い知った。
解っているつもりだったが、そうではなかったのだ……。
(だが、アルフレッドをこの手に掛けずに済んだ事は幸運だったな)
考え事をしながらも、ジョーは周囲に細心の注意を張り巡らせていた。
いつ、どこから襲って来られてもいいように、覚悟を決めている。
出来る限り『自然に』攫われる事だ。
(俺はプライベートレーサーのジョーであり、コンドルのジョーではない。
 今は『コンドルのジョー』を忘れる事だ。絶対に正体だけは知られてはならねぇ。
 身体が勝手に反応しちまわないように、そいつも制御しなければならない)
それは意外に難しい事だった。
危険を察知して頭より身体が即反応するように普段から鍛えて来たからだ。
逆に頭で考える事を優先しなければならない。
ジョーがそんな事を考えていた時、ついに気配が感じられた。
ドアの外に何者かが立っている。
それも1人じゃない。
(2人…3人…。いや、5人だ…)
ジョーは敵の気配から人数を数えた。
「健、おいでなすったぜ」
短くブレスレットに囁くと、ジョーは眠った振りをした。

数分後、ピッキングをしたのか、ドアが外側から開けられた。
ジョーが気配を数えた通り、5人分の足音がそっと侵入して来る。
寝た振りをしたまま、ジョーは息を殺した。
1人がベッドの上のジョーをいきなり足蹴にした。
ベッドから突き落とされて初めて目覚めた振りをし、ジョーは驚きの表情を作った。
「おい、副賞のダイヤモンドを出しな」
「ほう…。強盗か?」
ジョーは5人を睥睨した。
「おい、金庫の鍵を渡せ!」
ジョーは2人の男に取り押さえられ、もう1人が彼の尻ポケットを探った。
金庫の鍵は簡単に出て来た。
しかし……。
「賞金はあるが、ダイヤモンドは無いぞ!」
金庫を開けた男が叫び、ジョーは強かに張り倒された。
普段から鍛えているだけに、この程度では彼にとっては大した事ではなかったが、やられた振りをして床に倒れる。
「言えっ!どこにやった?」
「俺には必要ねぇもんだからな、質屋に売り飛ばしたぜ」
「どこの質屋だ?」
「覚えてねぇな…」
ジョーは5人掛かりで激しいリンチを受けたが、当然知らぬ存ぜぬを押し通し、口を割らなかった。
そうして計画通り、ギャラクターの基地へと引っ張られて行く事になった。
それを健達が密かに追尾していたのは言うまでもない。




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