『美しき誤解』

「ああ〜腹減ったのう…」
竜が心底疲れ果てた様子で呟いた。
ゴッドフェニックスの操縦席に突っ伏しそうな位だ。
「竜、保存食を持って来る?」
操縦席から離れられない竜に対してジュンは優しい。
「いんや、おらステーキが喰いたいのう」
「我侭言うな。それなら帰るまで我慢しやがれ」
ジョーが強い口調で言った。
長期間の任務だった訳ではない。
ただのパトロールの帰りである。
「おめぇは何でいつもそんなに腹を減らしてるんだ?あれだけ食べてもまだ足りねぇのか?」
「まあまあ、竜だってちゃんとエネルギーを消費している証拠だろ?」
健が間に割って入る。
「つまりはおら、燃費が掛かるって事だのう…」
「それ、いい事じゃないと思うのはおいらだけ?」
甚平がジョーの横で同じように腕を組んで立っていた。
この2人は何故か大小並んで同じポーズを取っている事が多い。
今の甚平もまさにジョーをそのまま縮小したように見える。
「だってさあ、兄貴もジョーの兄貴も竜より少ない量の食事で竜以上の仕事をしてるぜ」
「まあ、甚平ったら、言い過ぎよ」
ジュンが嗜める。
「けんどよ。おら、食べねぇと身体が動かなくなるんだもん。仕方がないだよ」
「やれやれ、おいら帰ったらすぐに料理しなけりゃならないって事か。
 どうせ店に来て食事するんだろ?」
「甚平!竜に沢山食べて貰えばお店は潤うんだから」
「そうだけどさ……。おいらだって少し位は休みたいよ、お姉ちゃん」
「竜、そう言う訳だ。ステーキが喰いたけりゃどこぞのステーキハウスにでも行くんだな」
ジョーが組んだ腕を外さないまま言った。
「そうだ!男3人で行くと安くなるクーポン券があるんだわさ。
 健とジョー、付き合ってくれんかいのう?」
「ステーキか…?いくらクーポンがあるからと言っても高いんだろ?」
「俺は正直言って喰いたかねぇな……」
健とジョーの反応は今ひとつだ。
「健はともかく、ジョーは少しでも肉類を摂った方がいいと思うわ。この処、少し痩せて来てるし。
 みんな心配してるのよ」
ジュンが真摯な眼でジョーを見た。
「そうだよ、ジョーの兄貴。この頃、店でも余り食べないじゃん。
 ジョーの兄貴の為ならおいら何でも作るぜ」
「ありがてぇが、休みたかったんじゃねぇのか?」
ジョーが甚平のメットを小突いた。
「折角だから休んでおけ。健、竜の奢りって事ならどうだ?甚平も連れてよ」
「それなら行ってもいいぜ。いや、行く」
「全く現金な奴!これがおら達のリーダーなんだから、参るわい」
竜のぼやきにゴッドフェニックスの中には5人の笑い声が響いた。
科学忍者隊が普通の若者達に戻る、そんな一瞬だった。

全員がジョーの小食を気にしていた。
有難い事だったが、彼自身自分の食欲が失われている事に心当たりはなかった。
空腹感を感じない事はなかったが、いざ食べ始めると残してしまう、と言った事が増えていた。
自分で食事を用意する時もこの位は食べられるだろうと思って用意した物が残ってしまう。
だから、『スナックジュン』で注文する食事の量も減っていた訳だ。
折角甚平が作ってくれたものを残すのは気の毒だと言う思いがあった。
量が少なくても皿の上の物を綺麗に食べ尽くしてくれた場合と、沢山の量を作っても残されてしまった場合、作った者の気分は違うものだ。
ジョーはそれを知っているからこそ、甚平に彼なりの配慮をしていた。
それが却って皆に心配を掛けていたとは……。
これからは『スナックジュン』で食事をするのは少しずつ回数を減らして行こう、と思った。
急に店に行かなくなると心配を掛けてしまうだろうから、少しずつだ。
レースが忙しくなった事にし、少しずつ遠のいて行こうと考えていた。
今、彼の体調は決して悪い訳ではない。
食欲が戻るまでそれ程掛かるとは思えなかったし、食欲不振は一時的な物だと思っていた。
まさか、この後、大きな不調に襲われるとはまだ彼自身考えてはいなかったのである。

「じゃあな。今日は約束があるんでお先!」
博士の別荘に帰還するとジョーはそそくさと帰途についた。
「ありゃ?何じゃあの早業は?さてはデートかいのう?」
竜がごちた。
「寧ろそうだったらいいんだけどな……」
「そうね……」
健とジュンはまだ彼を心配していた。
「あいつ、何か無理してるんじゃないかな?トレーニングルームに居る時間が長いような気がしないか?」
「何か『筋肉馬鹿』みたいになっているけど、違う理由があるような気もするわね」
「違う理由って?」
甚平が口を挟んだ。
「BC島での出来事をまだ引き摺っているのかもしれないわね。本人も自覚がないまま……」
「あれは…引き摺るな、と言う方が無理かもしれん。自分の手で幼友達を殺してしまった。
 俺のせいだ。ジョーを苦しめてしまった…」
健が長い睫毛を伏せた。
「健が自分を責める事はないわ。あれは条件反射よ。
 健がジョーの立場でもああ言う結果になったと思う。
 私達はそう言う風に訓練されているんだもの」
「かもしれないが、哀しい習性だよな。いつまで続くんだろうな、この闘いは」
「健……」
「兄貴ィ」
「健、おかしいぞい。おらがステーキをご馳走してやるから元気出せや」
「馬鹿ねぇ。食欲とそれとは話が違うのよ、ねぇ、健」
「ああ…。確かに別物だ。……でも、竜にご馳走になるとするか。甚平、お前も行くだろ?」
「うん、行く行く!」
「全く…男って単純ね!」
ジュンは呆れながら、先程眼にした一回り細くなったジョーの背中を思い浮かべていた。
(ジョー。貴方は強い男だと思っていたけれど、私達と変わらない普通の若者だったのね……。
 時間が解決してくれるといいんだけど……)

美しき誤解、とも言えるだろう。
ジョーには都合の良い誤解だったかもしれない。
まだ体調不良を自覚していなかった彼だが、この誤解のお陰で不調を仲間達に気取られるのを遅らせる事が出来たのだ。
彼の不調は仔犬を助けた時に脳に受けた傷が元なのか、BC島で頭に受けた傷が元なのか、それとももっと古く、両親が殺された時に爆弾で傷つけられた時の傷が原因なのか、結局の処は解らず仕舞いに終わった。
南部博士が自ら検査をする時間が残されていなかったからである。
何が原因だったにせよ、余りにも早く決められていた彼の運命には眼を覆いたくなるものがある。




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