『頭痛』

ジョーは『スナックジュン』のカウンターで額に手を当てていた。
「ジュン、悪いが音楽の音量を少し下げてくれねぇか?」
「あら?ジョー、頭痛でもするの?」
ジュンはCDの演奏を停めるように甚平に言った。
「頭がズキズキしやがる。この処寝不足でな」
「どうして?任務やレースの他に南部博士の護衛があるからとは言っても、寝る時間がないって程じゃないでしょ?」
「そうなんだが…。まあ、ちょっとな…」
ジョーは言葉を濁した。
「博士を迎えに行くのを健に代わって貰ったら?」
「いや、別に大した事じゃねぇ」
ジョーは尻ポケットから丸いピルケースを出して、常備している痛み止めの錠剤をコップの水で飲んだ。
「あらやだ、ジョーったら痛み止めを持ち歩いているだなんて。
 そんなに頭痛が頻繁なの?1度博士に診て貰ったら?」
「大丈夫だ。これは前に俺が眠れなくなった時に、健が寄越した睡眠薬のケースさ。
 たまたま1錠だけ頭痛薬を入れてあっただけだ」
「健が睡眠薬?」
「親父さんが亡くなった後、あいつは眠れない日々が続いたらしくてな。
 博士が処方したのが余っていて、BC島から帰って来た後、俺にくれたのさ」
「健ったら、優しい処があるのよね〜」
「おいおい、乙女の眼をしてるぜ」
ジュンは奥から毛布を出して来た。
「そっちの席で少し横になったら?どうせ他にお客さんも来ないし」
「来ても兄貴達だけだもんね〜」
ジュンから受け取った毛布を甚平がカウンターを潜(くぐ)って、ボックス席へと持って来た。
「ジョーの兄貴じゃ脚がはみ出しちゃうね。ちょっと寝心地は悪いだろうけどさ」
「すまねぇな。それを借りてG−2号機のシートで寝る事にするぜ」
「ああ、その方がジョーには寝心地がいいかもしれないわね」
得心が言ったようにジュンが呟き、甚平は毛布を抱えたままでドアの外に出てガレージまで先に立った。

「甚平、世話を掛けたな」
運転席のシートを倒して横になったジョーに甚平がそっと毛布を掛けてくれた。
「こんなのお姉ちゃんにこき使われる事に比べたら何でもないよ。
 何時に出るの?おいら起こしてやるよ」
「18時には出るつもりだ」
「じゃあ、10分前に起こすからそれまでゆっくり休んでなよ」
甚平は音を立てないように気を遣ってガレージから出て行った。
ジョーは2人の気遣いを本当に有難いと思った。
しかし、こう頻繁に頭痛が起こるようでは、いずれは此処にも来れなくなるだろう。
そう、彼はこれがただの頭痛ではないと言う事を自覚していた。
頭が切れるようなそんな痛みなのだ。
脳にメスを刺されるような痛みが時々彼を襲った。
薬を飲まなければいられない程だが、ジュン達の眼の前で飲んだのはまずかったな、と思った。
博士を迎えに行くまでに薬が効いて来るには、時間的に今飲まなければ、と言う気持ちが咄嗟に働いてしまったのである。
まあいい。
とにかく薬が効いてくるまで、此処で少し安静にしていよう。
眠れはしないだろうが、折角のジュン達の好意だ。

しかし、この薬は気休めでしかなかった。
彼の頭痛は緊張型頭痛や偏頭痛用の薬で収まるようなタイプではない。
だが、強い薬を飲んで身体や思考能力が衰える事は断じて許されない事だ。
博士の護衛には相応の気を遣わなければならない。
この頃では終わって帰宅すると、非常に身体が疲弊しているのが解る。
とにかく博士や科学忍者隊の仲間に知られる事だけは避けたい。
だから一時凌ぎにでも痛み止めを飲んでいるのだ。
ドラッグストアでは強い痛み止めは薬剤師を通さないと販売してくれない。
所謂『医療用医薬品』と言う分類に当たる薬をジョーは服用していた。
最近は『おくすり手帳』なる面倒な物まで登場して、病院で処方された薬から他の薬局で購入した薬までチェックされる。
ジョーは『おくすり手帳』を薬局毎に持つ羽目になった。
そしてあちこちのドラッグストアや薬局から1度に大量の痛み止めを手に入れていたのである。
決められた用量では彼の症状には効き目がなかった。
先程のピルケースにはもう睡眠薬は入っていなかった。
ぎっしり詰まっているのは全て痛み止めの薬だったのだ。

G−2号機で横にはなったものの、なかなか痛みが収まらず眠る事が出来なかった。
頭を抱えて呻き声を出さないように堪えていると、健のバイクがやって来る気配がした。
ジョーは努めて平静を装った。
「あれ?ジョーどうしたんだ、こんな処で」
「ちょっと寝不足なんでな。毛布を借りて休んでいるだけだ。気にすんな」
「大丈夫か?今日は俺が代わってもいいぜ」
健は案の定心配そうな顔になった。
「大丈夫さ。駄目ならとっくにおめぇに頼んでる。俺も休みたいんだ。早く行けよ」
「ああ…」
少し気掛かりを残しつつも健は店の方へと歩いて行った。
(どこに人の眼があるか解らねぇ。油断は禁物だ……)
しかし、襲い来る痛みには耐え難いものがあった。
ジョーはピルケースからまた薬を取り出した。
ダッシュボードからミネラルウォーターを取り出し、胃薬と共にその薬を口の中に放り込んだ。
今頃健達は隣の店で自分の噂をしている事だろう。
早く治してさっさと消えるのが得策だとジョーは思った。
呼吸が苦しく、息切れがした。
肩で息をしながらゆっくりと呼吸を整えた。
眼を閉じてシートに深く埋まる。
ガレージの外から入って来る光が瞼を通して眩しく感じられた。
(おかしいを通り越して、俺の身体は死に向かっているのかもしれねぇな……)
そうは思っても医師に診せる気にはならなかった。
ギャラクターとの闘いが終盤を迎えている今、戦線離脱など彼には考えられない事だった。
その為に自分の生命を縮める事になったとしても……。
進んで死のうと思っている訳ではないが、死を賭けて闘う覚悟は出来ている。
その日まで身体を持たせなければならない。
せめて、痛みにのた打ち回って苦しみ、疲れ果ててしまう事がないようにする事ぐらいしか、今の彼に手立てはなかった。
体力は出来るだけ温存しなければならないが、こう言った状況下でも有効的に闘える手を見つけ出す事も彼にとっては重要な事だった。
この処、トレーニングルームに篭りがちなのはその為であった。
1人でその手段を講じなければならないからだ。
無駄死にだけはしたくない。
愚かな失敗もしたくない。
ギャラクターに一矢報いてやらなければ、復讐心だけを糧に此処まで生きて来た彼の闘志と怒りは収まりはしない。
彼の人生の全てを奪い、苦しめたギャラクターをこのままのさばらせては置けない。
自分のこの手でギャラクターと言う悪の組織の息の根を止めてやる。
それがジョーの只1つの願いなのである。
その為にもこの頭痛は意思の力で抑え込む。
ジョーは身体に掛けられていた毛布を力強く剥ぎ取ると、G−2号機から降り立った。
ジュンに毛布を返し、支払いを済ませる為である。
まだ時間にはかなり早いが、南部博士の迎えにISOに行くついでにトレーニングルームを使おうと思い立ったのであった。




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