『身体能力』

南部博士はそっと健とジョーだけを司令室に呼び出した。
「俺達だけ呼び出すって事は何か極秘任務ですか?」
健が訊ねた。
「いや、そうではない。しかし、今日の事についてだ」
「今日の事?」
「ボロンボ博士と娘さんがご無事で何よりだったが、私の話はその事ではない。
 エレベーターでの事だ。健は現場にいなかったが、リーダーとして付き合って貰う」
「つまり、俺に何か言いたい事があると、そう言う事ですね?」
ジョーが腕を組んだ。
(けっ、またお説教かよ?)
と内心では唾を吐きたい心境だった。
「ジョー、君は的確に仲間達に助かる方法を助言し、自らもその方法で上手く助かったと聞いている。
 だが、ジュン達はそれが出来なかった。
 結果、君は3人を1人で支える羽目となり、ジュンも竜と甚平にぶら下がられて相当辛かったようだ」
「その通りですが、俺にはあの時、それ以上の事が出来たとは思えません」
「解っている。私が言いたいのは、君達2人の身体能力と他の3人の身体能力が掛け離れていると言う事だ」
「ですが、ジュン達だって陰で相当な努力はしているんですよ。認めてやって下さい」
珍しくジョーが彼女達を庇った。
「その通りです。3人の機転が科学忍者隊の危機を救った事は何度もあります」
健もジョーに加勢した。
「それは解っている。だが、私達の任務は遊びではない。
 このままではいつか3人の足切りをしてまでも任務を全うしなければならない時がやって来る、と私は言っているのだ」
南部博士は窓の方に向かってゆっくりと歩いた。
「そう言った事は避けたい。君達が一番そう思っているのではないかね?」
ジョーは健と思わず顔を見合わせた。
そんな事は改めて言葉にするまでもなく、当然彼らが常に持っている気持ちだった。
「そうですが…具体的に何を仰りたいんですか?」
健が不審そうな表情を隠さずに訊いた。
「明日から任務がない限り、健とジョー、ジュン・甚平・竜の2組に分かれて1ヶ月間の特別訓練を行なう。
 その時に任務に差し障りがあるような事が起きるかもしれんが、そう言う事に気を遣って貰っては困る。
 私が言っている事が解るね?」
「つまりは手を抜かずに本気で3人に攻撃を仕掛けろ、とそう言う事ですね。
 それで俺達のメンタル面も強化しようと、博士は一石二鳥を狙っている訳ですか」
ジョーは計らずも少しだけ語気を荒げてしまった。
「その通りだ。冷たいと思うだろうが、それが科学忍者隊全体の力を強化する事になる」
「博士は以前俺に竜の事で『適材適所』だと言った事があります。
 今の状態はまさにそれだと思うんですが、それの何処が悪いんですか?
 確かにあいつらは健と俺の身体能力には付いて来れませんが、それぞれの得意分野で活躍してくれていますよ。
 俺にはその事が悪いとは思えないのですが……」
「博士、俺もジョーに同感です。
 戦闘能力を上げる事には反対しませんが、3人の個性を否定されているような気持ちになります」
健も珍しく博士に噛み付いた。
「健、ジョー。事態は深刻なのだ。これからギャラクターは総攻撃を仕掛けて来るに違いない。
 確かに私が言っている事は酷だと思われても仕方がないが、今、地球を救えるのは君達科学忍者隊しかおらんのだ。
 まだ10代の若者に地球の運命を背負わせるのは、私も心苦しい。
 大人達で何とか出来るものならそうしたいとも思っている。
 だが、10代の若者の身体能力には大人は敵わない。オリンピックなどを見れば解るだろう?」
「解りました。明日からその訓練を始めればいいんですね?」
健が突き放すように機械的に答え、博士にくるりと背中を向けた。
ジョーも黙ってその後ろに付いて行った。

2人はそのまま『スナックジュン』へと足を向けた。
「言っとくが俺は博士にあの時の事を報告なんざしてねぇぜ」
ジョーが頭痛でもしていそうなしかめっ面でぶっきらぼうに言った。
「言ったのは私達なのよ…。でも、そんな展開になるとは思ってもいなかったわ」
ジュンが下を向いた。
「1ヶ月も兄貴とジョーを相手に訓練をしろって?ギャラクターよりも怖いよ」
「んだ。任務もこなしながらだなんて、おら身体が持たんわ…」
「手を抜くなとのご命令だぜ。本気で攻撃しろとよ」
ジョーはイラついている。
「今は仲間内でそんな訓練をやっている時なのか?
 もっと探索の手を伸ばして、ギャラクターの本部を探し出す方が先なんじゃねぇのか?」
こんな事をしていていいのか、と言うジョーの焦りが言葉の端々から見えた。
「ジョー、命令は命令だ。やるしかあるまい。
 だが、パトロールも今まで以上に強化しようじゃないか」
まるで宥めるかのように健が呟いた。
「博士にも戦況が差し迫っていると言う焦りがあるんだろうぜ」
健は今回の事に対する不満を隠す事はしなかったが、博士の立場も解っているのだ。
「いいわよ、やるしかないんだもの。
 私達も健やジョーに迷惑を掛けないよう努力をするわ」
「身体能力って努力で改善するものなの?お姉ちゃん」
「その人によって限界はあるでしょうけれど、やり方によっては限界を超える事も出来る筈だわ。
 健やジョーのようにね」
「おら、憂鬱になって来たわぃ……」
竜が溜息をついた。
「憂鬱なのはこっちだぜ。怪我をさせる事も辞するな、と言われたんだぜ……」
ジョーは頭を抱えた。
必ずチェックが入る筈だ。
誤魔化しは効かない。
「ジョー。私達を心配してくれているのは良く解っているわ。
 迷惑を掛けないように頑張るから気遣いは要らない。思い切ってやって頂戴」
ジュンの瞳が放った光は強い意思を表わしていた。
「おらはお手柔らかに頼みたいわ…」
呟いた竜の頭にジュンの拳が降った。
「私達が健とジョーの足を引っ張っているのよ。時間まで割かせる事になってしまったし。
 少しはやる気を出しなさいっ!」
ジュンの剣幕に竜と甚平は思わず抱き合って「おお、こわっ」と呟いた。
翌日からこれまでにないキツイ訓練が彼らを待っていた。




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