『涙なき密かな慟哭』

ジョーの余命が持って10日だと言う連絡を受けた私は、ただ呆然とするしか無かった…。
脳の古傷とは、あの時の物だろう。
私はジョーの脳に突き刺さってしまった爆弾の破片が抜けた後、なぜもっとしっかりとした精密検査をしなかったのだ?
知人には高名な脳神経外科の医師が多くいる。
私はなぜ彼らに改めてジョーを診せなかったのだ?
遠心分離機の苦しく過剰なまでの治療に耐えたジョーだ。
ゴッドフェニックスの中で破片が取れたと聞いて、激務の中、私は安堵してしまった。
何と言う事だ!
私はデスクを叩き付けたい衝動に駆られた。

今更自分を責めた処で、もう取り返しが付かない。
しかし、私の手でもう1度その病状を確かめたいと思った。
自らジョーの身体の状態を診ない事には、ジョーに死期が迫っている事を納得出来ぬ自分がいた。
病院を抜け出し夜が明けてからフラっと何気ない様子で戻って来たジョーは、顔色こそ蒼褪めてはいたが、体調の悪さを誰にも悟られぬようにと必死なように私には見えた。
仲間と共に司令室にやって来たジョーを見た時、私の心が騒(ざわ)めいた。
君はもう自分の生命の限界を知っているのだろう?
その若さで良くそれを受け止め、打ち克ったものだ。
たったの一晩で……。
恐らく夜明けまで街を彷徨っていたのだろう。
ジョー、お前にはもう時間が残されていないのは解ってはいるが、ギャラクターへの復讐心を燃やす事でそこまで自分の心と身体を律する事が出来てしまうものなのか…。

火山帯が無い地域にまで頻発する謎の地震が起きていた。
間違いなくギャラクターの仕業だろう。

私は出動命令を出す為に科学忍者隊の諸君を集めたのだが、眩暈を起こしたジョーの姿を見つめて一瞬我を忘れていた。
どうやらジョーの体調不良に健は薄々気付いていたようだ。
それなのに私は……。
任務の為に常に冷静に、時には非情に…、冷徹な程それに徹する事に努めようとしている私が、ジュンに見咎められる程、うろたえてしまっていた。

私は先日ジョーが出動に遅れた時も、彼が『気分が悪くて…』と言ったのを見逃してしまったのだ。
あの時はジョーの為だと思って彼にだけ出動命令を出したのだが、君の異変に気付いていれば…、と後悔ばかりが先に立つ。
考えてみれば、反抗して見せたものの、最初の受け答えはジョーにしては珍しく従順だったのだ。
しかし、今はそんな事を考えている時ではない。
ジュンの声で我に返った私は、すぐに心を立て直して出動命令を出し、ジョーには待機して精密検査を受けるように命じた。
自分の代わりにG−2号をゴッドフェニックスに載せて行ってくれ、と健に頼んだジョーの気持ちは如何ばかりだったか、と思うと胸が痛んで仕方がない。

その時が私がジョーの姿を見た最後の時になるとは思いもしなかった…。
レントゲン室へと背を向けた私の耳に入ったのは、ジョーのスポーツカーのエンジン音だった。
私はお前を苦しめる為に科学忍者隊にしたつもりでは無かったのだが、結果的にはそうなってしまった…。
1人で死地に飛び込ませる事になったのは、悔いても悔い尽くせない私の過ちである。

クロスカラコルムから生還した健、ジュン、甚平、竜の4人はジョーを失った事で憔悴していた。
私には彼らに声を掛ける事が出来なかった。
声を出せば堪(こら)えていた涙が今にも溢れそうだった。
私はただ4人を順にそっと抱き締めた。
そこにジョーの姿が見えない事が私の胸を強く圧(お)し潰し、人目を憚らずに慟哭したい思いに駆られた。
健達と一緒に泣けたのなら、その方が良かったのかもしれん…。
しかし、涙は一滴も出なかった。
ただただ、彼らを抱き締めてその苦しかった闘いの日々を労(ねぎら)い、私の胸の中で咽び泣く、バードスタイルの変身を解いた忍者隊の諸君の背中を撫でてやる事しか出来ない自分が、酷くもどかしく感じられたのであった。




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