『19歳のバースデー』

ジョーの射撃の腕は天才的だった。
両親が殺された現場でも彼は父親の手に残った拳銃を手に仇を取ろうとした。
爆弾で身体を弾き飛ばされ重傷を負った彼の手にはその拳銃が残っていた。
私は拳銃を手からもぎ取ろうとしたが、重傷を負って意識を失っている彼の小さな手は拳銃を離さなかった。
あれから5年程して、科学忍者隊の編成を考え始めた私は、竹馬の友・鷲尾健太郎の息子、鷲尾健と、そして傷から回復したジョージ浅倉、いや、その頃はジョーと名乗らせていたのだが…、この2人をメンバーに入れる事を決めていた。
健は航空学校に通わせた。
父親と同じ道に進みたがっていた彼は喜んで通ったものだ。
ジョーは人嫌いのせいか、学校へは行きたがらなかった。
私はISOの職員で教職免許を持つ者を何人か頼んで、ジョーに勉強を教えさせ、科学忍者隊として必要な知識は私が自ら彼に教え込んだ。
身体能力はどう言う訳か非常に突出していた。
訓練が始まるとめきめきとその実力を発揮し始めたので、正直私も驚いた位だった。
天性の勘とでも言うのだろうか?
私は彼が小さい頃、せがまれてカートに乗せに行った事があった。
その時もその腕に驚かされたものだ。
ジョーはレーサーになりたいと言う夢を語り始め、実際に自分の力でプライベートレーサーへの道を歩み始めた。
私は彼からその夢を奪ってしまったのかもしれない。
科学忍者隊として彼を選抜した事で、彼の天性の闘いへの勘と、ギャラクターへの復讐心を利用したに他ならない。
射撃だけではなく、ダーツをやらせると百発百中だった事から、私は羽根手裏剣を作り出し、彼に持たせた。
これは彼専用の武器と言う訳ではなかったが、ジョーはこれを好んで使った。
手首のスナップが利き、自在に扱えるのはやはり彼の才能だったに違いない。
本人の努力も並外れたものがあった。
1人で森の奥へと分け入り、戦闘訓練をしていた事もある。
彼は科学忍者隊に入らなくても、恐らくは1人ででもギャラクターに挑んだ事だろう。

ジョーの闘い方はシンプルそうに見えて、非常に多彩だ。
羽根手裏剣を繰り出したかと思えば、次の瞬間にはエアガンが右手にある。
肉弾戦でも圧倒的な強さを見せた。
私は彼の起用が成功したと思った……。
しかし、ギャラクターとの闘いの中で、彼の復讐心は益々増すばかりだった。
ギャラクターの悪事の数々を嫌と言う程見せつけられたからなのかもしれない。
そして決定的だったのは、ジョーが爆弾で吹き飛ばされて重傷を負った時のショックで忘れていた過去を思い出した事である。
彼の人生はそこから転がる石のように悲劇へと向かって行った。

私は彼のドライビングテクニックや、射撃の腕でどれだけ救われたのだろう。
私の護衛兼運転手として、運転をしながら羽根手裏剣やエアガンで対抗したり、私の眼の前で死闘を演じた事もある。
彼は果たして幸せだったのだろうか?
いや、私が彼の全てを奪い取ったのだ。
彼の生命さえも……。
私はもっと彼の変化に気付いてやるべきだった。
ギャラクターの子だと思い出した後のメンタルケアも、そして身体の変調にも……。
そうすれば平和が戻った今、科学忍者隊は5人揃って笑いさざめいていたのではなかろうか。
ジョーはレーサーとして世界に羽ばたき、もう1度夢を追う事が出来たのではないか。
私がした事は、彼の人生から全てを奪い取る事だったのではないか……。
そう思うと胸が張り裂けそうになる。

ジョーが傍にいない日々。
こんなにも空虚なものだとは思いも寄らなかった。
その事に気付かされるのは、ISOから回されて来た運転手の車に乗る時だ。
周りに防弾ガラスを張り巡らされた車に乗る時、これがジョーだったら…と思ってしまうのだ。
比べてはならないのは解っている。
比較にもならない。
だが、ジョーを喪った喪失感はいつも突然私の胸に訪れる。
乱暴者に見える少年だったが、あれで私には結構丁重に接してくれたものだ。
日常のちょっとした出来事の中に、ジョーはいつもそこにいたのだ。
科学忍者隊の中では、一番私の傍にいたと言えるだろう。
健の事も幼い頃から知ってはいたが、彼には病気がちだが11歳になるまでは母親がいた。
僅か8歳にして、両親を眼の前で惨殺されると言う惨い経験をしたジョーは、なかなか周りの大人に懐かなかった。
別荘の賄いをしていたテレサに、『博士とテレサ婆さん以外の大人は全部怖い』と言っていたと聞いた。
『男の人も女の人も大人が怖い。俺の親を殺したのは女だったもの!』とも言ったと言う。
已むを得ない事だったのだろう。
それでも私とテレサだけには心を開いてくれたな。
あの頃のガラスのような子供がやがて少年になって、何時の間にか背も高くなって、私の手から独立して行った。
一抹の寂しさがあったが、科学忍者隊を組織した時だったので、任務では毎日のように顔を合わせていた。
しかし、科学忍者隊として彼と対する時は、私は意を決して鬼になる時だった。
時には彼らに非情な命令をしなければならなかった。
地球を守ると言う重責を、いくら身体能力が一番優れている10代の少年少女だからと言って、彼らに負わせたのは私の重大な責任だ。
彼らの未来は私が見届けなければならない。

それなのに……。
私はジョーを死なせてしまった。
病に蝕まれて行く身体を抱えながら、彼は科学忍者隊から外される事だけを恐れて隠し通そうとした。
街医者から『残り1週間、持って10日の生命』と聞いた時の私の心はその場で凍り付いてしまった。
私はカッツェの正体を掴む事に夢中で、ジョーに、科学忍者隊に眼を向けていなかった。
今となってはその事が悔やまれてならない。
ジョーに残酷な運命を与えてしまったのはこの私の罪だ。
どんなに嘆いてももう取り返しが付かない。
あの時、両親と共に逝かせてやった方がジョーは幸せだったのではないだろうか?
悔恨の念がただ突き上げて来る。
ジョー、お前は一体どんな気持ちでこの10年間、私の傍に居たのだね?
もはや聞きようがない事だ。
結果的にジョーの復讐心を利用してしまった私には、どうやってこの罪を償ったら良いのか解らぬ。
平和な地球を維持して行く事か?
ギャラクターのような組織を2度と出さないように……。
そして、ジョーのような哀しい子が2度と生まれないように……。

今日はジョーが生きていたら19歳になる日だ。
健達はジョーの19歳の誕生日を祝うんだ、と言っていた。
私も誘われてはいるのだが、ジョーの未来を奪ってしまったこの私に、何故もう居ない彼の誕生パーティーに出席する事が出来ようか?
胸が塞がれる思いで一杯だ。
19歳……。
まだまだ夢を追い続け輝いている筈の少年のキラキラした生命を、私は奪った。
直接手を下していなくても同罪だ。
君にあんなに辛い思いをさせておきながら、まだ私はのうのうと生きているよ。
勿論、地球を復興させる為の重責を担っているのも事実だが、地球が復興を遂げたら、第一線を退こうかとも考え始めている。
私は10代の少年少女に余りにも重い荷物を課し過ぎた。
生命賭けで地球を守る使命など、少年少女にではなく、成人した人間を訓練してやらせるべきだったのでは、と思うようになって来た。
ジョーを死なせるまではそんな事を考えた事はなかったのだが。

考えが先程からループしている。
とにかく私は別荘に戻る事にした。
この曲がりくねった道を来るのもいつもジョーの運転だった事を思い出す。
彼の安定感ある運転に敵う者はいなかった……。
私は別荘に着くと、邸内には入らず、真っ直ぐ敷地内にあるジョーの墓に向かった。
墓の前に膝まづくと、私は初めて泣いた。
誰にも見せなかった涙も、只1人ジョーの前では素直に流す事が出来たのだ。
ジョーの墓石に私の涙がポタポタと落ちて染みを作った。
爽やかな風が吹いた。
空には美しい夕焼けが広がっていた。
喪った者はもう帰らない。
科学者として解り切った事ではあるが、ジョーの遺体を眼にしていない私には、彼がどこかで生きていてくれないか、と言う思いもあった。
ジョーの遺体は誰も眼にしていなかった。
爆風で吹き飛んだのだろうが、どこかで助かって生きていてくれないかと勝手な妄想をしてしまうのだ。
彼の病状、そしてマシンガンで全身を撃たれて血まで喀いていたと言う状況ではそれは100%有り得ない事だった。
それでも非科学的な希望を持ってしまう。
これも罪なのだろうか?
ジョー、君は今どこにいる?
ご両親の元で安らかに眠っているのか?
(俺は死んでなんかいませんよ。肉体は無くなっても魂はみんなと共に、いつまでも……)
ジョーの囁きが風と共に私の耳元に届いた。

「ジョー、19歳の誕生日おめでとう…」
私は空に向かってそっと呟いた。




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