『油断』

『健!大変な事になった!』
『スナックジュン』に屯していた健のブレスレットに南部博士からの緊迫した声が流れたのは、夕刻の事であった。
博士はジョーがISOに送り届けている筈だった。
『ギャラクターに襲撃を受け、今、ジョーが応戦しているが、多勢に無勢だ。
 それも変身する訳には行かず、苦戦している。
 至急ACV-212地点へ応援を頼む!』
「ラジャー!」
健の声を合図にジュンと甚平は店を閉める手筈をした。
健はヨットハーバーにいる竜に連絡をし、G−5号機を出すように指示をして、速やかに出動した。

守る者がいると言う事はその人間を強くもさせるが、隙を作る事にもなる。
弱点にもなる。
バードスタイルになる機は失った。
このまま素顔で闘うしか道はなかった。
ジョーは今、苦境に陥っていた。
南部博士を乗せているG−2号機を背に、追い詰められていた。
それでも、敵の意図を感じ取り、少なくとも四方の内二方は壁で固めた。
つまり四方八方からは襲われる事がなくなったのだ。
だが、前方と左方向、そして空からの攻撃に晒されていた。
ジョーは周囲に油断のない眼を配っていた。
自分の生命を投げ出そうとも、南部博士は守らなければならない。
多少の傷を受ける事は覚悟の上で、彼は宙を舞った。
敵の標的になってでも、G−2号機から敵を自分に引き付けようと思った。
だが、敵の数は多い。
その間に敵の一部が南部博士を襲わないとは限らない。
博士が健達に援軍を頼んだ。
とにかくそこまで博士を守り切ろう。
ジョーの頭の中にはそれだけしかなかった。
見事にバック転を繰り返しながら、敵のマシンガンを避け、車から離れる。
南部博士には車の中に伏せていて貰うように言ってあった。
ジョーはG−2号機に近寄ろうとする者があれば、羽根手裏剣を的確に飛ばし、その喉笛を貫いて行った。
唇には2本の羽根手裏剣、右手にはエアガン、万全のポーズを取っている。
襲い掛かって来る敵には、その長い足でジャンプし、容赦なくそのキックを浴びせた。
くるりと回転してエアガンの三日月型キットで1度に何人をも倒して行く。
活劇の映画でも見ているような、まるで早送りをしている映像のような、ジョーの素早い戦闘振りが際立っていた。
ジョーは車の中の南部を気にしながら闘うと言う不利な状況に居ながらも、全ての敵を1人で倒した。
見たところ、ざっと7〜80人はいた。
南部が窓から顔を出し、「これは警察に通報しておかないとまずいだろうな…」と呟いた。
その時、上空で何かの気配が動いた。
「博士!危ないっ!」
ジョーが飛び出し、博士の前に立ちはだかった。
まだ敵は近くのビルの屋上に潜んでいたのである。
それも極上のスナイパーだった。
博士の頭部を狙った弾丸は、博士を庇ったジョーの右胸に命中した。
胸から鮮血が溢れ出し、唇に咥えた羽根手裏剣が真っ赤に染まった。
撃たれると同時に血を喀いたのだ。
しかし、ジョーはその真っ赤な羽根手裏剣を投げ、敵のスナイパーの額を突き破った。
スナイパーはドサっと音を立て、ビルから転落した。
「ジョー!」
G−2号機に凭れ掛かるようにして崩れ落ちたジョーを南部が抱き起こした。
「すまない。私が油断をした……。ジョー、しっかりしたまえ」
「油断、をした…のは、俺も、同様です…。博士、自分、を、責めないで…下さい……」
ジョーは声を絞り出すようにそう言った。
「ジョー!」
健達が駆け付けた時には、全てが終わっていたが、ジョーの意識はなかった。

健達の手でジョーはISO付属病院へと運ばれた。
重態だった。
弾丸は右肺に留まっていた。
南部博士はアンダーソン長官に連絡をして今日の予定をキャンセルした。
「私の油断がジョーをこんな目に……」
博士は珍しく落ち着きが無く、手術室前をうろうろと歩き回った。
「博士。ジョーなら大丈夫です。少し休まれてはいかがですか?」
健が博士を気遣った。
「弾丸(たま)の摘出手術さえ済めばジョーは大丈夫です」
「だが、肋骨が3本折れて肺に突き刺さっている……」
「えっ?」
全員が立ち上がって南部博士の顔を凝視した。
「それの処置に手間取るだろう。ジョーが良いと言うまで私は動かないでいるべきだった……。
 何と言う取り返しの付かないミスをしてしまったのだ。
 いつも君達には厳しく言っているものを……。
 せめてジョーがバードスタイルだったら……」
博士は頭を抱えてソファに座り込んだ。
その顔は真っ青になっていた。
「ジュン、博士を医務室に…」
健が静かにジュンに命令した。
「いや、私は此処にいる。いさせてくれたまえ」
「ジョーはこんな事で死ぬ玉ではありません。
 殺しても死ぬような奴じゃないですよ。
 絶対に還って来ます。そうでなければ俺がジョーを赦しません」
健の瞳には強い引力があった。
「さあ、博士…」
ジュンが肩に手を添えて、博士を立たせた。
「ジョーの手術が終わったら知らせますから…」
ジュンは優しく博士の背中を押して、手術室の前から離れた。

手術は5時間にも及んだ。
その間に気持ちを立て直した南部も手術室の前に戻って来ていた。
最初に執刀医が出て来た。
「折れた肋骨を肺から抜き出し形成手術をするのに手間取りました。
 その間に何度か生命の危機がありましたが、彼はさすがの精神力ですね。
 良く乗り越えてくれました。後は意識が戻ってくれればもう大丈夫です」
「先生!有難うございました!」
全員が深々と頭を下げた。
執刀医が去ると、紙のように蒼白い顔をしたジョーが酸素吸入器を取り付けられ昏々と眠りながらストレッチャーで運び出されて来た。
「ジョー!良く頑張ってくれた!私の為にすまなかった…」
博士の声にジョーの瞼が僅かに動いた。
「麻酔が醒めたら、少しならお話出来ますよ」
ナースが優しく微笑み、ジョーはストレッチャーで運ばれて行った。
「やったぁ!さすがはジョーの兄貴!おいら信じてはいたけど、正直冷や冷やしてたんだ」
「おらもさ。胸を撫で下ろしたぞい」
「博士…。良かったですね」
ジュンが湿った声で言った。
「俺達はジョーに博士の護衛を任せ過ぎでした。これからは交代で2〜3人のチームを組んで対処します。
 ジョーばかりをこんな目に遭わせたのは、リーダーである俺の責任です」
「健、君が気に病む事ではない。元はと言えば全て私の油断から来るものだ。
 ジョーは車の中で伏せているように私に言った。
 彼は敵を倒しても、まだ油断なく辺りの気配を窺っていた筈だ。
 本人は意識を失う前に『自分の油断だ』と言ったが、無意識の内に私を庇っての言葉だろう」
「とにかくジョーに逢いに行きましょう。助かってくれて本当に良かった…」
ジュンが涙を拭いた。
全員がホッと溜息をついた瞬間でもあった。

麻酔から醒めたジョーは苦しそうに掠れた声で一言だけ言った。
「すまねぇな。ドジを踏んぢまったぜ……」




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