『忍者隊戦力分散作戦(後編)』

ジョーは油断なく、通路を進んだ。
敵も彼の侵入を待っていた筈だ。
いくらレーザービーム砲に引き付ける為とは言え、これ程までに攻撃を仕掛けて来ないのは逆に不気味だ。
罠ですよ、と教えているような物ではないか、とジョーは唇を曲げた。
(ちぇっ!お迎えもなしか……)
ジョーは思いっきり暴れ回ってやろうと思っていただけに、当てが外れた。
その部屋は基地の3分の1程もの大きさを占めているように思えた。
中には多くの人の気配があるが、息を潜めて沈黙しているのが解った。
これ位の事が解らないようでは、科学忍者隊のサブリーダーは務まらない。
罠だと承知の上で入って行くのだ。
ジョーは呼吸を整え、羽根手裏剣をゆっくりと唇に咥えた。
右手にはエアガン。
空いている左手で羽根手裏剣を放つ訓練は嫌と言う程こなして来ている。
エアガンは必要最低限の使用に留め、レーザービーム砲の射出口を破壊するのだ。
発射を喰い止める為に。
自分がそのビームを浴びてしまってからではもう遅い。
敵を切り拓くのは肉弾戦と羽根手裏剣で、ともう頭にシュミレーションが出来ていた。
科学忍者隊の中で、その実力・戦闘時の判断力・身体能力は健と並んでいる。
但し、健にはリーダーとしての役割があり、科学忍者隊のメンバー全員の動きを掌握している必要があった。
従って、健は肉弾戦の中で全てを俯瞰出来る位置を取る事が多かった。
その代わりサブリーダーであるジョーが、斬り込み隊長として、敵陣へと風のように走り込む。
敵の動きを見切り、1人を仕留めた時には既に次のターゲットに向かって攻撃を仕掛けていた。
その速さと言ったら、誰にも真似は出来まい。
時には何人もの相手に別々の方法で同時に攻撃を仕掛ける事もある。
エアガンで狙い撃ちしながら、羽根手裏剣を放ち、重い蹴りやパンチを繰り出している事もある。
彼は根っからの戦士と言えるだろう。
倒した敵の数を単純に数えたら、ジョーが突出している筈だった。
それは南部博士が意図した通りの事であり、ジョー自身その役割に異存は無かった。

ジョーは意を決したようにドアに体当たりをした。
ドアは簡単に開いた。
ジョーは室内に転がり込んだ。
司令室の中はまるで遊園地にある鏡張りの迷路のようになっていた。
正確には迷路ではなく、万華鏡のように全体に鏡が張り巡らされていたのだ。
無数の自分の姿とギャラクターの隊士達の姿が全方向に映っていた。
(眼晦まし作戦か……)
ジョーは内心で呟くと、カッツェの姿を探した。
「ほう、コンドルのジョー君。君が餌に引っ掛かったかね?」
癇に障る声が聞こえて来た。
どうやら鏡張りの後方にいるらしい。
(レーザービームはどこだ?!)
ジョーは眼を凝らすが、肉眼では万華鏡のような鏡が邪魔をして見つける事が出来ない。
「最後の時が来たようだな、コンドルのジョー君。焼き鳥にしてくれるわ。ハハハハハハハ…!」
カッツェの高笑いが聞こえた時、ジョーは眼で見る事を諦めた。
視力以外の五感でレーザービーム砲の正確な位置を把握しようと試みたのだ。
少しの気配も彼は逃さなかった。
それはビーム砲の砲身を彼を狙う為に動かした音だった。
ジョーはカッと眼を見開くと、「そこだっ!」と叫んで、跳躍した。
鏡が割れ、エアガンから発射されたドリルが正確にビーム砲の射出口に突っ込んでいた。
ビーム砲はまさに発射寸前だった為、砲身の中で爆発を起こした。
カッツェの紫色のマントが舞った。
「カッツェ!」
ジョーは追った。
が、カッツェは掛けていた筈の椅子毎その場から消えてしまっていた。
室内を覆っていた鏡が粉々に割れ始め、視界がはっきりとした。
中には割れた鏡の破片が突き刺さって倒れて行く者もいた。
ギャラクターの隊士達が一斉に彼を襲い始める。
全員が強力な、銃身の太い重機関銃を手にしていた。
「そのマシンガンじゃ重さに負けて、そう身軽には動けねぇだろうぜ!」
ジョーはニッと笑うと、生き生きと攻撃を開始した。
彼の身体が華麗に舞う度にどさり、と敵が何人も倒れて行った。
羽根手裏剣を左手で繰り出し、エアガンの三日月型キットで1度に多勢を倒して行く為、司令室内にいたギャラクターを一掃するのにはそれ程時間が掛からなかった。
痛快な程に技が決まった。
ジョーは先程切ってあったブレスレットの通信装置のスイッチを入れた。
「こちらG−2号。カッツェは取り逃がしましたが、作戦は成功です。
 司令室に時限爆弾を仕掛けて脱出します!
 また、途中で猪型のメカ鉄獣を発見しましたので、そちらにもリモコン式爆弾を仕掛けています。
 奴らはこれからメカ鉄獣で出撃すると見られますので、すぐに爆破します!」
『解った!充分に注意して安全を確保してくれたまえ!』
「ラジャー!」
ジョーは基地とメカ鉄獣の爆破に無事成功し、自らも無傷で脱出して、G−2号機まで風よりも速く走った。

「こちらG−2号!脱出に成功しました。敵基地、メカ鉄獣共に粉々に爆破しました!
 他のみんなの状況を教えて下さい!」
『ご苦労だった。君の処が本拠地だったので、一番時間を要したようだ。
 G−1号はブーメランで自力で射出口を切断し、基地を爆破。
 G−3号はレニック大佐が銃でレーザービーム砲の射出口を撃ち抜いた。
 G−4号は同様に正木君が、G−5号は鬼石君がそれぞれレーザー装置の射出口を破壊して、全ての作戦は無事に終了した。
 ジョー、君がジュンにつく国連軍が頼りないと言ったのでな。
 急遽、レニック大佐に援護を依頼したのだ』
「そうでしたか……」
『結果、それが功を奏した。さすがに国連軍選抜射撃部隊の隊長だけの事はある』
南部の低い笑い声が聞こえた。
ジョーは急に疲れを覚えた。
「ふぅ〜。冷や冷やしましたよ。今度ばかりはやられる事も覚悟しましたからね」
『ジョー。俺達はゴッドフェニックスに合流した。今迎えに向かっているからもう少し待っていろ』
健の声がブレスレットから響いた。
「みんな無事で良かったぜ」
『全くだ…』

ユートランドに戻った頃、もう陽が暮れていた。
長い1日だった。
南部博士が別荘に食事を用意してあるから全員寄るように、と言った。
そこにはレニック大佐やレッドインパルスの2人も招待されていた。
このメンバーでこんな風に食卓を囲む事など今までに1度も無かったし、これからも恐らくはないだろう。
最初で最後の席だ。
大人達にはワインも出されている。
珍しい事に南部博士も同席していた。
テレサ婆さんが事前に言われていたのか、大いに料理の腕を奮ったらしく、テーブル狭しと豪華な料理が並んでいた。
ジョーが手伝いに立とうとしたのを南部が制した。
「ジョー。今日は内輪の食事会ではないのだぞ」
テレサ婆さんがジョーに向かって微笑んで見せた。
テレサが下がると、南部が「皆さん、今日は本当にご苦労でした。ささやかですが食事を楽しんで行って下さい」と言い、後は無礼講になった。
健は正木や鬼石に父親の話を訊いていたようだ。
鬼石はギャラクターとの闘いの中で喉を抉られ、口が利けなくなっていたので、専ら正木が答えてくれていた。
ジョーはレニック大佐にまたいろいろ言われるかと思ったが、レニックは当たり障りのない話だけをしてくれた。
オリンピックの射撃の選手に推挙したい、と言って来た事はお互いの胸に仕舞っておこう、と言う事なのだろう。
彼をそっと気遣ってくれるのが有難かった。
最初の内は嫌な奴だと思っていたが、打ち解けて来るとどうやらそう言った人物ではなさそうだ、とジョーは思った。
漸くジョーの心がレニックに向けて氷解しつつあったと言えるだろう。

この後、僅か数ヶ月後に恐ろしい地球の危機が迫っていようとは誰1人気付いてはいなかった。
この時点でその危機感を微かに感じ取っていたのは、まだ南部博士位でしかなかったに違いない。
だが実は他にもその事を敏感に悟っていた人物がいる。
それは他ならぬジョーであった。
彼の嗅覚は鋭い。
ギャラクターとの最終決戦が近い事を彼だけは独特な勘で感じ分け、自分の身に何かが起きている事を既に感じ取っている。
この晩餐会に出席しているメンバーの内3人が数ヶ月の後には生命を落としている事を考えると、何とも虚しくなるばかりである。




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