『メガザイナー襲撃1週間前』

「ヘビーコブラの一件からもう20日以上経っちょる。一体ギャラクターはどうしたんかいのう?」
「何だか不気味な沈黙よね……」
『スナックジュン』のカウンターではいつものメンバーが話していた。
ただ1人ジョーだけが姿を見せていない。
「ジュン、あれからジョーは1度でも此処に来たのか?」
健が気掛かりそうに訊いた。
「それが…1度も来ないのよ。健と喧嘩したからかしら?」
「いや…。あれはそんなんじゃないんだ」
「だって男と男の話し合いってジョーの兄貴が言ってたじゃん」
「………………………………………」
健は腕を組んで押し黙ってしまった。
彼はあれから何度かジョーのトレーラーハウスへと足を運んだ。
しかし、逢えたのはほんの数回だった。
特にこの4〜5日は逢えていない。
健には他のメンバーに言っていない心配事があったのだが、不在が多く、また明らかにトレーラーハウスの中に人の気配があっても、ジョーは出て来なくなったのだ。
『出て来ない』のではなく、『出て来れない』のではないか、と健は密かに心配していた。
ヘビーコブラの一件では元気な処を見せてくれたが、あれは一時的な物だったのではないかと、健は不安だった。
ジョーはそれを隠す為に自分達の前に姿を現わさないのではないだろうか。
パトロールなどの必要な任務には出て来る。
任務中の口数も以前より減った。
そして、帰りにはさっさとG−2号機だけ分離をして帰ってしまうのがこの処のパターンだった。
「健。パトロールには出て来るから私達、貴方との喧嘩が原因でジョーがあんな態度を取っていると思っていたのよ。
 でも喧嘩じゃなかったのなら、どうしてなの?ジョーは一体どうしたのかしら?
 まだギャラクターの子だったと言うショックから立ち直れていないの?」
ジュンが不安気な顔を見せた。
「まだ俺も確信している訳ではないから、此処だけの話にして欲しい。
 俺はジョーのか………。いや、すまん。やっぱりやめておく」
「何だぁ?健までおかしくなったんか?」
「本人の口から聞きたい。もう少し待ってくれ」
「でも、パトロールの時以外には逢えないんでしょ?」
「博士から召集もないしな」
「そうそう、博士って言えば博士もあれ以来私達の誰も逢っていないのよ。
 パトロールの報告も次官の人が代理で受けているじゃない」
「博士もジョーも巣篭もりしとる訳かいのう?2人ともどうかしとるわい」
「ジョーの兄貴、何か博士に特別な任務でも言い渡されているのかもしれないよ」
「それだったらいいんだがな」
健の言葉は、甚平の考えを言下に否定した。
彼の思いは違っていた。
ただ、ジョーの身体を心配していたのである。
勿論、科学忍者隊のリーダーとしてだけではなく、幼い頃から共に過ごした友人としてだった。
「私、この前ジョーがパトロールに出て来た時、ハッとした事があるのよ……」
ジュンは言っても良い事かどうか顔を伏せて逡巡していたが、やがて顔を上げた。
「ジョーは明らかに痩せて来てる。私はそう言った事に敏感なの。
 ヘビーコブラの一件の前からよ。ほら甚平、ジョーの食欲が落ち始めたのもその頃からよね?」
「あ、そう言われてみれば……」
「発端はバードミサイルと竜巻ファイターのミスじゃなくて?健……」
「………そうだ。ジュンは相変わらず鋭いな」
「でも、ヘビーコブラの一件の時に、ジョーは『自分を試してみたかった』って…。
 また失敗をしない為に、って……。ジョーは私達を救って、そして1人で敵を倒したわ」
「ああ……」
「だから、私は安心してた。でも、健はまだ心配しているのね?」
「ジュン、お前が言った通り、ジョーは痩せて来ている。顔色もいいとは言えないように思う。
 傷を受けた野獣のように、奴は俺達の前から姿を隠しているのではないかと思えて仕方がないんだ」
「南部博士に報告は?」
「それは…出来ない。友達として、男として」
「健……」
「もし、本当にジョーが闘えないのなら、俺はリーダーとして奴を科学忍者隊から外さねばならん。
 南部博士にその事を報告する義務もある。
 だが、それはジョーにとっては屈辱以外の何物でもないだろう。
 だから…慎重になりたいんだ。俺に時間をくれないか?
 俺は『何でもない』と言うジョーの言葉を信じたい…。
 甘いかもしれないが、今は信じてやりたい……」
健自身も苦悩する若者だった。
「ジョーは疲れてるのかもしれんのう。ただ疲れを癒しているだけかもしれんぞい。
 健、お前も余り深く考え過ぎると身体を壊すわ…」
竜が自分の前にあったサンドウィッチの皿を健の方に押し出した。
「まあ、腹拵えして、元気を出すこっちゃ。
 ジョーだってその内ケロリとした顔で此処に現われるかもしんねぇわ」
のんびりとした口調でいいながら、竜は「おやっ?」と外を見る素振りをした。
「何時の間にやら雨じゃわ。随分と降って来たのう…」
その時、竜が見ていたそのドアからびしょ濡れのジョーが飛び込んで来た。
息を切らし、唇までもが真っ青になっていた。
「すまねぇ。匿ってくれ…」
「一体どうしたって言うの?」
バスタオルを投げながらジュンが訊いた。
「以前博士を襲ったギャラクターの残党だ…。心配するな。俺がコンドルのジョーだとは知らねぇ」
甚平がジョーを2階に連れて行った。
階段を上がる足取りも覚束なかったのを、健は見て取った。
「一体何があったのかしら?」
ジュンが小声で呟いた。
「ジョーは素顔で博士の護衛をしている。その関連だろう。
 ジョーにやられた奴の意趣返しかもしれん。2人とも用心しろ」
健が囁いた処に男が2人入って来た。
びしょ濡れだった。
「あら、びしょ濡れですね。タオルでもお貸ししましょうか?」
ジュンが平然と声を掛けた。
「イタリア人風の若い男を見掛けなかったかね?」
幸いジョーが残した雨の雫は男達が垂らしたものと混じって判別が付かなくなっていた。
「いや、此処にはさっきから俺達3人しかいませんが?」
健がいざとなったら反撃に出るつもりで、カウンターの下で拳を作っていた。
「うん、こんな狭い店に誰かが入って来りゃ、すぐに解るもんのう…」
竜がいつもののんびりした口調で付け加えたのが駄目押しになったのか、
「くそぅ。逃げ足の速い奴め。行くぞ!」
ボス格の男がさっさと撤退した。
健はドアにさっと近寄り、暫く外の気配を探っていたが、男達は立ち去ったようだった。
「おい、もう大丈夫だぞ!」
上に声を掛けると蒼い顔をしたジョーと甚平が降りて来た。
「巻き込んぢまって悪かった……」
ジョーは帰ろうとしたが、健に腕を掴まれた。
「まだ、その辺をうろうろしている可能性がある。暫くは此処にいろ」
「ジョーの兄貴。シャワーでも使ったら?身体が冷え切ってるよ」
甚平が心配した。
あの程度の相手にジョーが逃げ出すとは信じ難かったからだ。
そっと黙らせる事ぐらい朝飯前の筈だった。
「甚平、それよりも暖かいコーヒーをくれ」
ジョーはそう言うとスツールに座った。
健達の考えている事はお見通しだったらしく、
「生憎人目が多くてな。騒ぎにしたくなかったんだ…」
と短く説明した。
健はそれを不審な物を見つめるような眼で凝視していた。
人目が多かろうが何だろうが、ジョーはやる時はやるだろう。
何か反撃出来なかった理由があるに違いない。
顔色の悪さは冷えから来ているだけなのか?
また健の心配は振り出しに戻った。
ジョーは親と逸(はぐ)れた仔犬のように、弱っているように見えた。
触れれば壊れてしまいそうな、ガラスで出来た脆い生き物のようにも……。
生気がないように感じられた。
「お前…」
「心配するな。この処、ギャラクターが出て来ないんで、これ幸いにとちょっとレースが立て込んでいるだけだ」
健が言い掛けた言葉に被せるかのようにジョーが言った。
どんなに心配だろうが、皆の前で身体の事は言わせない、そんな意思が感じられて、健は口を噤んだ。
「たまたま用足しにユートランドに出て来たら、繁華街で奴らに襲われちまった。
 気が付いたら此処に足が向いていた……」
ジョーは暖かいコーヒーを口にして、人心地ついたと言う表情になった。
「甚平、旨いぜ。シチリアの豆を挽いてくれたんだな。ありがとよ」
良い香りが漂っていた。
「俺はお前達と違って、博士の護衛で顔が知れてるって事を努々忘れちゃならねぇんだって事が、今回の事で改めて良く解ったぜ。
 奴らも俺を科学忍者隊とは認識していなくても、俺の手で仲間をやられている訳だからな。
 街中で俺を見つけりゃ必死にもなるだろう」
ジョーはコーヒーを1杯ゆっくりと味わうと、甚平に勘定を払った。
「今日はいいよ、ジョー。おいらの奢り」
「無理すんなよ。取っておけ」
ジョーは小銭を甚平に握らせた。
冷え切った身体の筈なのに、その手は熱かった。
「じゃあな!」
後ろ手に手を振って出て行くジョーの姿。
まさかこの店で最後に見る彼の姿となるとは、誰も思わなかったのである。

そして、この1週間後、ジョーとカッツェの正体がそれぞれ明かされる事になった。




inserted by FC2 system