『脱出』

ギャラクターの基地に潜入中、罠にはまった。
突然通路の床が開いたのだ。
ジョーは辛うじてエアガンのワイヤーで通路の天井にぶら下がり、ジュンを片手で救い上げる事が出来たが、甚平を助け出す事が出来なかった。
「くそぅ…。甚平!聞こえるか?甚平!」
ブレスレットに呼び掛けたが返答はなかった。
ジュンはショックで気を失っている。
ジョーはジュンを叱咤した。
「ジュン!しっかりしやがれ!」
「う…ん…」
ジュンは薄っすらとその瞳を開いた。
まだ2人は天井にぶら下がったままだった。
「甚平が落ちた。ジュン、自力で動けるか?」
「え、ええ…。大丈夫よ」
ジュンはヨーヨーを配管に伸ばして絡ませた。
ジョーはジュンの手を離した。
「俺は甚平を探す。お前は健と合流して任務を遂行しろっ」
「ジョー、私に行かせて。甚平が心配で任務どころではないわ」
「俺達は科学忍者隊だ。私情で動いているんじゃねぇ。
 時には甚平を見捨てなけりゃならねぇ時もあるんだぞ。
 その時にジュン、お前じゃ無理だ」
「ジョー……」
「お前に辛い思いはさせたくねぇ。おい、さっさと行け!」
ジョーの思い遣りだった。
勿論、彼は何としても甚平を助け出すつもりでいる。
だが、恐らく甚平は捕虜にされているに違いない。
それを救い出す事は危険だったし、万が一甚平を助け出せないと『見切らなければならない』時に、ジュンは自分の身を犠牲にするかもしれない、とジョーは思った。
科学忍者隊として2人も戦力を欠く事は出来ない。
この場に居たのが健でも同じ判断を下したに違いなかった。
ジョーはジュンを先に行かせると、自分は床に着地し、甚平が落ちた落とし穴のようの観音開きの部分をじっと見た。
通路に這い蹲り耳を当ててみる。
何か機械音のような音が聞こえた。
その音はこの通路の下から聞こえている事は間違いがなかった。
日頃の訓練で五感を研ぎ澄ましている彼は、そう言った音も聞き逃さなかった。
ジョーは意を決して、エアガンの先にバーナーを取り付け、床を丸く焼き切った。
切り取った床をゆっくりと取り外すと、下が筒抜けになって良く見えた。
鉄獣メカの工場のようだったが、甚平が手術台のようなベッドに手足を鎖で拘束されているのが解った。
このまま舞い降りて行けば、彼も同じ目に遭うのは眼に見えていた。
どうやって甚平を救い出すべきかと考えあぐねている処へ、ジョーは人の気配を感じて天井へと跳躍し、張り付いた。
ギャラクターの隊員が2名話しながらやって来た。
「おい!床に穴が空けられているぞ!」
走り寄って来た2人に羽根手裏剣を繰り出し、ジョーは素顔に戻ると1人の隊員服を剥いだ。
ギャラクターの隊員服を着るのは彼には初めてだった。
この服はある程度伸び縮みするらしい。
ジョーの細い身体にもピッタリとフィットした。
ベルトに隠されていた鍵を取り出し、ジョーは地下への階段を疾風(はやて)のように駆け下りた。

果たしてその鍵は工場の内部に入る為の鍵だった。
ジョーは自分の運の良さに感謝した。
敬礼して来る相手に同じように返しながら、ジョーは甚平の居場所を探った。
その頃、上の階では大騒ぎになっていた。
ジョーに身包み剥がされた隊員が早くも見つかってしまったのである。
その報はすぐに下の階、すなわちこの工場内へも知らされた。
警報が鳴り響き、『侵入者あり、侵入者あり!』とスピーカーが喚いている。
気を失っていた甚平もその騒がしさで眼を覚ました。
ジョーはその騒ぎに乗じて、甚平の近くまで走り寄っていた。
ギャラクターの姿をして、銃を構えたので甚平は一瞬竦みあがったが、「そうビクビクしなさんな」とジョーの声がした事で漸く安堵した。
ジョーは自身のエアガンのバーナーで甚平を括り付けた枷を焼き切り、彼の四肢を自由にした。
しかし、その瞬間後方に殺気を感じた。
背中に冷たい銃砲が押し付けられていた。
彼は決して油断していた訳では無かったが、甚平に火傷をさせないように集中していたので、さすがに少し隙が出来てしまった。
「ジョーの兄貴……」
甚平が真っ青になった。
だが、ジョーは焦ってはいなかった。
後方へ腰を捻ると何とその銃砲の先を素手で掴んだ。
そして、そこに自分の腰から取り出したエアガンのバーナーを差し込み、躊躇わずに引き金を引いた。
銃身があっと言う間に膨らみ、爆発した。
敵兵は勿論の事、ジョーと甚平も爆風で吹き飛ばされた。
ジョーは甚平を突き飛ばした。
敵が持っていたのはマシンガンだったので、それだけの威力があったのだ。
敵兵は両手を真っ赤にして、へなへなと力が抜けて呆然としていた。
ギャラクターの隊員服を剥ぎ取ったジョーの背中には、その銃身の大きな破片がぐさりと突き刺さっていた。
「うわっ、ジョーの兄貴!大丈夫かいっ?」
「甚平…。俺に構うな。怪我はねぇか?」
「うん、おいらは大丈夫」
ジョーは人目がないのを確かめて背中の破片を抜くと、『バードGO!』とバードスタイルに変身した。
3600フルメガヘルツと言う高周波に耐えるには、傷にはかなり響いた。
出血が激しくなり、変身したバードスーツにすぐに染みて来て、ポタポタと床に血が零れた。
だが、そのような事に拘っている余裕は無かった。
「甚平、行くぜ!」
ジョーは鉄獣メカにペンシル型時限爆弾を投げ付けてから元気良く走り出したが、すぐにぐらりとして、片膝を付いてしまった。
「ジョーの兄貴ィ。意外と重傷なんじゃない?」
甚平が肩を貸そうと試みたが、その身長差は65cm。
いくら何でも無理があった。
「いいか、俺に構わず脱出しろ!俺は自力で行ける!」
「でも、その怪我じゃさ…」
「構うな、と言ったろ?2人同時にやられたんじゃどうしようもねぇんだ。
 俺が来た甲斐もねぇ……。
 いいか、何かあった時は仲間を見捨てなけりゃならないのも俺達科学忍者隊の重要な任務だ!」
「ジョーの兄貴……」
「解ったら走れっ!」
ジョーは追って来る敵兵に羽根手裏剣をどっさりと投げ付けた。
狙い通りに敵を切り崩して行く。
その隙に甚平を逃がした。
動く度に背中の傷が痛み、より傷口が裂けて行くようだった。
ボタボタっと音がして、血が床に溢れ落ちたのが、彼自身にも解った。
膝に力が入らない。
(此処までか…。いや、まだ諦めるには早い……)
ジョーは歯を喰いしばった。
身体を使う肉弾戦は最早不可能だった。
必要最低限の動きで済ませる為に有効的に羽根手裏剣とエアガンで敵兵を薙ぎ払いながら、ジョーはよろよろと前に進んだ。
這ってでも脱出する覚悟だった。
エアガンで先程上の階で空けた穴から更にその上部の天井を狙った。
階段を駆け上がる力は残っていなかった。
ワイヤーを伸ばし、吸盤を天井へ貼り付けると、ワイヤーを引っ張りしっかり付いているかを確認する。
ジョーはワイヤーを少しずつ縮めながら上階へとするりと上がって行った。
「ぐっ!」
背中の痛みが増して、ジョーは唇を噛み締めてただ苦しみに耐えた。
その間にも敵兵からの銃撃があり、左太腿を撃たれた。
そこからも血が噴き出した。
が、それ以外の傷は受けずに済み、何とか通路に着地した。

健とジュンがゴッドフェニックスに無事に戻った甚平の連絡で丁度その場所に駆けつけたのは、それから1分後の事だった。
機関室の爆破時刻が迫っていた。
ジョーが流した血がボタボタと彼の足取りを示している。
その血痕を見る限り、少なくとも2箇所を負傷している可能性があった。
「ジョーはまだ近くに居る。早く連れて脱出するんだ!」
健がジュンの顔を見た。
ジュンは蒼い顔をしてただ頷いた。
甚平を助ける為に自分の代わりに出向いたジョーが負傷したのだ。
ジュンは心穏やかではなかった。
「竜!ゴッドフェニックスを近くに寄せて、そっちからもジョーを捜索してくれ!」
『よっしゃ!甚平は此処に残ってろや!』
竜の明快な返答があった。
健達は血痕を早足で追って行く。
血痕は所々にボタボタと纏まって落ちていた。
ジョーは休み休み移動せざるを得ない程、体力を消耗している事が解った。
ジョーの姿はすぐに見えて来た。
背中のマントまで血塗れになり、左脚を引き摺っていた。
出血が酷かったが、まだ意識はあった。
しかし、ついに動けなくなって、健達の眼の前で壁に寄り掛かり、滑り落ちてしまった。
その壁にはべっとりとジョーが流した血が張り付いていた。
「ジョー!」
健とジュンが駆け寄った時に、向こうから竜も駆けつけて来た。
「よっしゃ、おらに任せろ!」
竜は軽々とジョーを抱き上げた。
「す、まねぇ…。結局世話を掛けちまったな…」
「ジョー、傷に障るから少し黙っていろ。ゴッドフェニックスに戻ったらすぐに手当てをする」
健とジュンが残兵を振り払いながら、4人は出口へと進んだ。

ジョーの背中の傷は思いの外深手だった。
左の太腿は細い足を銃弾が貫通していた。
骨を少し掠っているが、大きな異常はなさそうだ。
健の指示でバードスタイルを解かせると、前頭部にも傷がある事が解った。
流れた血が眼に入りそうになっている。
ジュンがそれを清潔なガーゼで拭き取ってやった。
健が背中の傷を圧迫し、甚平が左大腿部を縛って止血、ジュンが頭に包帯を巻いた。
「頭の傷は、大したこたぁ…ねぇ。頭だから…出血が酷く…見えるだけだ…」
ジョーは背中の傷の痛みが酷いが為に、意識を手放す事が出来ず、ただ苦痛に耐えていた。
出血が酷いので意識は朦朧としているのに、完全に失うまでには至っていなかった。
「ジョーったら、馬鹿ね。私にあんな事を言った癖に……」
ジュンが涙ぐんだ。
「お姉ちゃんにもおいらに言った事と同じ事を言ったんじゃないの?
 仲間を見捨てなけれぱならないのも科学忍者隊の重要な任務だ、って…」
「ジョー。万が一の時に、私に甚平を見捨てた、と罪の意識を背負わせないようにと考えてくれたのね」
ジュンは美しい涙を拭いた。
「ジョー。お主、普段から強がりを言ってる癖に何だかんだ言って甘いのう〜」
操縦席から竜が言った。
ジョーは否定出来ないのが悔しかった。
ただ、「ふん」と言っただけだった。
それを最後に強烈な痛みが彼の意識を攫って行った。
突然がくりと力を失ったジョーに全員が愕然としたが、健は冷静に脈を取り、呼吸を確認した。
「大丈夫だ。余りの痛みと出血で意識を失っただけだ。竜、とにかく急いでくれ」
「解っとるわいっ!全速力で基地に向かっているぞいっ」
竜は操縦桿を巧みに操り、最短距離で基地に帰るように機首の向きを変えていた。
「ジョーの兄貴…。ごめんよ。おいらのせいで……」
甚平がその双眸に涙を浮かべた。
「ジョーって奴はこう言う奴なのさ。
 冷たい様でいて、実は一番仲間思いなのはこいつなんじゃないのかな?」
健が呟いた。
「俺達はまたジョーに傷を負わせてしまった。
 仲間を守る為に傷を負う事も厭わない奴だが…、ジョー、お前こそ、いざと言う時仲間を見捨てる事が出来るのだろうか?
 お前は命令違反をしてでも自分の生命を投げ出して仲間を助けるのではなかろうか?」
「ジョーは甚平を助けられると思ったからやったのよ、健…。
 勿論、自分も無事に戻る自信があったのよ。
 確かに彼には時折冷静さに欠ける部分があるけれど、そう言った分別はちゃんと持っていると私は思うわ……。
 そう言った事が起こらないように誰よりも祈っているのも彼でしょうけれどね」
「何…言って、やがる……。俺、は…そんなんじゃ、ねぇ、よ……」
一瞬意識を取り戻したのか、ジョーは小さな声でそう呟くと、再びその意識を手放し、正体を無くした。




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