『失意』

「お前ってつくづく病室に居る事が多い奴だな…」
健が病室のカーテンを開けると室内が急に明るくなった。
「眩しいぜ、健…」
ジョーは右腕でその光を遮った。
「暗い部屋にばかりいるとな。体内時計が狂うそうだぜ」
健は静かに窓も開け、外の涼やかな空気を病室に取り込んだ。
「もうこんなに爽やかになったぜ。お前も早く此処を出られるといいな」
仔犬を助けて不本意な重傷を負ってから、もう幾日も過ぎていた。
彼が死を賭けてゴッドフェニックスに駆けつけ、バードミサイルの発射ボタンを押した時、錐もみ状態になって、彼の脳の中にあったミサイルの破片は抜けた。
だが、脳の傷が消えた訳ではない。
脳と頭部の縫合手術を行なった。
あれからまだ体力が戻っておらず、ベッドから立ち上がれない状態が続いていた。
実はまだ面会謝絶状態だったのだが、健だけは南部博士の計らいで特別に短時間の面会を許されていた。
手を消毒し、マスクと帽子、手袋をつけての入室だった。
「あの仔犬…。元気で…いるだろうか?」
「元気さ。博士の別荘で面倒を看られている。心配するな」
健が慰めるような口調で答えた。
ジョーの声音にはまだ力が無かった。
頭部の非常に危険な部分にかなり大きな破片が入り込んでいたのだ。
そう簡単には回復すまい。
健は思わず眼を伏せた。
それをジョーには見せなかった。
科学忍者隊はジョー抜きでの任務が続いていたのだ。
「悔しいが…、身体がまだ言う事を聞かねぇ…」
ジョーは悔し気に両掌を見つめた。
「手が……震えやがるんだ……。
 これでは、エアガン…も、羽根手裏剣も…、使えや、しねぇ……。
 俺は…このままでは、闘えねぇ……」
苦悩でその表情が歪んだ。
その眼が失意に揺れていた。
健はそれを見て窓辺から戻って来た。
「ジョー。傷が癒えれば必ず治る。お前は闘いの勘を取り戻す。だから、今は焦るな」
ジョーの手をギュッと握り締め、シーツの中に入れてやった。
「苦しむ事はない。時間が解決してくれる筈だ。今はとにかく身体を休める事だ……」
健は窓辺に戻ると窓を閉めた。
「カーテンはどうする?」
「そのまま、で、いい……」
「疲れたろ?面会が許されたのはたったの10分だ。また来る。
 ゆっくり休んで早く戦列に復帰して来い。みんな待っている。
 お前がいないと士気が上がらない」
健は最大限の慰めを言ったつもりだった。
「慰めなんて…要らねぇ。俺は…俺は…、一体どうなっちまうんだ…。
 このまま、では、終われねぇ…。俺は、奴らに復讐…!」
ジョーは健に口を塞がれて黙った。
「興奮して大声を出すな。身体に障る」
健の手が離されると、ジョーは苦し気に呼吸(いき)をした。
「済まない…。まだ、体調が不充分だったんだな。酸素を当てよう」
健は酸素吸入器をジョーの鼻と口に当て、スイッチを入れた。
「看護師さんに声を掛けておく。少し眠れよ…」
去って行く健の後ろ姿を見つめるジョーの眼には薄っすらと涙が浮かび、筋を作って零れ落ちた。
(俺は…俺は…、こんな事をしている暇があるのか?
 ギャラクターに復讐をしない限りは、死んでも死に切れねぇっ!
 こんな…身体になっちまって…。本当に回復するんだろうか?
 いや、絶対に元通りになってみせる…。でなければ俺の目的は達成出来ねぇ。
 この手で復讐を果たす事が、俺の生きている唯一の意味だからな……)
考え事をしていると頭痛がして来た。
息切れもまだ止まらない。
興奮し過ぎたのかもしれない。
健が声を掛けたのだろう。
マスクと手袋をした看護師が入って来た。
「大丈夫ですか?苦しいですか?」
その声は優しい。
もしも彼の母親が生きていたらこの位の年頃なのだろうか?
ジョーは眩しそうにその看護師を見た。
「か…身体が…思い通りに…」
…ならない、と言おうとしたのだが、皆まで言えなかった。
「焦らなくても大丈夫です。南部博士もそう仰っておられましたよ。
 貴方は必ず元通りの身体に戻ります。
 だから気をしっかり持って下さいね。まだお若いんですから……」
人前で見せたくは無かった筈の涙が後から後から溢れて来た。
看護師はジョーの涙をガーゼで拭いて、優しく彼の手を握った。
「大丈夫です。貴方は絶対に大丈夫。
 こんな怪我なんか跳ね飛ばしてしまう方だと聞いていますよ」
看護師の微笑みが慈愛に満ちていた。
ジョーは母の面影を重ねていた。
「お袋…」
そう呟くと、深い眠りに堕ちた。
「可哀想に。お小さい頃ご両親を眼の前で殺されたんですってね……」
40代前半と見られる髪を引っ詰めにした看護師はジョーの乱れた髪をそっと撫でた。
「呼吸が落ち着いて来たようね。良かったわ…」
ジョーを起こさないようにそっと酸素吸入器を外し、看護師は点滴の速度を確認し、記録をつけると病室を後にした。

眠りに就いたジョーは夢を見ていた。
父親と母親に両手でぶら下がっている夢だった。
それは幸せな一瞬だった。
父の顔も母の顔も彼の記憶の中では8歳のあの時のままだ。
両親はともにそれ以上の年齢を重ねる事がなかったのだから当然なのだが、先程の看護師に母親を重ねたせいもあるのだろうか、途中で母親の顔があの看護師の顔に変わっていた。
良く考えてみれば骨格などが似ていたが、国籍は違っていた。
何故彼女が母親の代わりとなって夢に出て来たのかは、ジョー本人も説明がつかない事に違いない。
「ジョージ。貴方は強い男よ。立ち直れない筈がないわ。
 怪我なんかに負けては行けない!こんな事で倒れる男じゃないでしょ?
 私達の仇を取ってくれるって、約束してくれたのを忘れてはいないわね?」
本当のジョーの母親だったら、こんな風には言わないかもしれない。
仇討ちをしてくれる事を望むよりも、愛する息子の幸せと無事を祈るだろう。
この夢はジョーが無意識に作り出したものだから、彼の母親はこのように声を掛けたのだ。
つまりこれはジョーの意思そのものだった。
「俺はやるっ!こんな事で挫けてなるものかっ!」
夢の中で最後に叫んだ言葉は、そのまま譫言となっていた。
それを南部博士が聞いていた。
先程の看護師と入れ替わりに入って来たのだ。
「ジョー。もう大丈夫だな。近い内に面会謝絶も取れるだろう。
 皆、君に逢いたがっているぞ。あの仔犬もな……」
ジョーの瞼が震え、ゆっくりと開いてその瞳が南部の姿を捉えた。
「ああ、すまない。起こしてしまったかね?」
「南部、博士……」
また、この人に助けられた、とジョーは思った。
「まだ脳波に乱れがあるが、それもじきに落ち着いて来るだろう。もう少しの辛抱だぞ」
「博士……」
「間もなく面会も自由になる。歩く練習から始めて、早く元のジョーに戻って貰わなければならんぞ」
ジョーは力のある声ではっきりと「はい」と答えた。
南部は満足気にそれを見守ると病室を出た。
ジョーの瞳には先程と違って、強い光があった。
こんな事に負けるようなコンドルのジョーじゃない。
早く治してまた存分に働いてやるぞ!
彼の強い意思がその眼に宿っていた。
失意のどん底から、今、彼は立ち上がったのである。
この瞬間から、彼は自分でリハビリを始めた。
気力で体力を補おうと言う努力により目覚しい復活を遂げるのである。
この闘病生活で幾分痩せてしまってはいたが、回復するに従って体格も戻って行くに違いない。
ジョーは希望に力が漲って来るのを感じ取っていた。


※この話は073◆『束の間の戯れ』の少し前の話となります。




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