『決戦前夜』

ジュンは自分が靴を取られてしまった事が要因となり、ギャラクターがメガザイナーを開発、ついにジョーの正体が暴かれてしまった事を酷く気にしていた。
「これからはジョーを1人歩きさせられないわ……」
「そんな事を言ったって、あいつは鉄砲玉だからな。
 今日だってさっさとサーキットに行ってしまった……」
まさか、この日、ジョーがサーキットでギャラクターに拉致されるとは思っても居なかった科学忍者隊である。
いつもの通りジュンの店に屯していたが、ジョーだけは健が言った通りで此処には居なかった。
「顔がばれているのに、サーキットなんて目立つ場所に行って大丈夫かしら?」
ジュンは先程から心配が止まらなくなっていた。
「何かあったら、連絡を寄越すだろう。バードスクランブルだって掛けて来る事は出来る。
 俺達はそれに備えていつでも動けるように心構えをしておいてやろう。
 ジョーから自由を奪い取るのは気の毒過ぎる……。
 自由人のあいつには監獄に入れられる事に等しい」
健が呟いた。
カッツェの正体も解ったが、科学忍者隊としてはコンドルのジョーの素顔を見られた事は痛かった。
「とにかくジョーの兄貴の行動が制限されないといいね」
甚平も沈んだ声を出した。
「今回の事は、ジョー以外の誰かにも起こり得る事だったからのう……。
 まさかメガザイナーを再開発しているとは、誰も予想しておらんかったぞい」
「俺達が迂闊だったとしか言いようがない。
 ジョーは不運だったが、こうなったら博士が言うように俺達は最終決戦に向かって覚悟を決めるしかないだろう」
健は冷静だった。
果たして今日、ジョーがギャラクターに拉致され、想像を絶する激しい拷問を受け、辛くも脱出した後に余命宣告を受ける日であると知ったら、彼も冷静ではいられなかったに違いない。

ジョーは益々悪化する病状にイラついていた。
その気持ちを吹き飛ばす為にサーキットでレーシングカーを飛ばしていたが、またあの嫌な症状が起こった。
激しい眩暈は彼の視界を混乱させた。
そこにギャラクターのヘリコプターが襲って来た。
通常なら逃れる事は容易い事の筈だった。
だが、彼の体調では反撃に出る事すら出来なかった。
ハンドルを切り損ねて、ガードレールを突き破り、下の草原へと転落した。
レーシングカーは無傷だったが、ジョーの身体へのダメージは大きかった。
ジョーは草上に仰向けに投げ出されて意識を手放した。
気が付くと、敵の飛行空母の中でおかしな覆面を被った男と対峙させられていた。
両脇を押さえつけられている。
覆面の男はカッツェだった。
(へっ、自分の正体だって知れている癖に…)
ジョーはカッツェを『紫の君』と揶揄した。
身体が弱っていたが、ジョーは自分の身ひとつで八面六臂の活躍をし、ギャラクターに一泡も二泡も噴かせた。
しかし、カッツェに照明を浴びせられた時、その眩しさに 片膝を付いてしまった。
生身での闘いは彼を疲弊させていたし、彼の身体に巣食う病気が容赦なく襲って来た。
それからの拷問は酷いものだった。
積年の恨みからかギャラクターの隊士からも憎っくきカッツェからも激しい暴行を受けた。
それはジョーにとっては屈辱以外の何物でも無かった。
だが、彼の強靭な肉体はそれに耐え得るだけの能力をまだ有していた。
監禁部屋に引き摺られて行く時、敵兵の銃を奪って見事脱出に成功したのだ。
しかし、そこは飛行空母だった。
ジョーは悲鳴を上げながら宙を高速で落下した。
「バード、G0!」
辛うじてバードスタイルになって無事に着地し事なきを得たが、降り立った道路でまた激しい眩暈を起こして路上で意識を失ってしまった。

たまたま通り掛かった車の運転手が親切な男だった。
ジョーを病院に運んでくれたのだ。
ジョーの体重は身長からすればかなり軽い。
重いマントがあるとは言え、その男でも彼を抱き上げて車に乗せる事は容易に出来たのだろう。
男は知り合いの医師に電話をして、彼を街医者に担ぎ込んだ。
医師も出て来て2人でベッドにジョーを運んだが、バードスタイルでは診るに診られない。
医師は「驚いたな…」と呟いた。
「この人は科学忍者隊だよ。表彰があると言う話があった時にテレビで観た事がある。
 確か…あの服の色はG−2号だったかと……」
医師はスクラップブックを繰っていたが、そこからその時の新聞記事が出て来て、その事を確信した。
そして、連絡先は南部博士である事も解った。
「ご苦労様。後は私に任せなさい」
そう言って、ジョーを助けた知り合いの男を帰した。

ジョーは医師の電話の声で意識を取り戻した。
彼はどうやってバードスタイルを解いたのか覚えていない。
意識を失っていたから、自分で解いたとは思えなかったが、病院のベッドで目覚めた時、彼は素顔だった。
今まで気を失ったぐらいではバードスタイルが解けた事はなかったが、余りにも重症だったので、自然と解けたのかもしれない。
医師は衝立の向こうと言う無防備な場所で自分の病状の事を誰かと電話で話している。
話の相手は南部博士か?
「……今の症状から見て、お気の毒ですが1週間、良くて10日持てばいい方かと…」
と告げている声が聞こえた。
ジョーは愕然とした。
遠からず死が訪れる予感はしていたが、まさかそんなに残された時間が短かったとは…!
ジョーは音もなく窓からひらりと飛び降りた。

それからどこをどう歩いたかは良く覚えていない。
デーモン5の曲が流れているキラキラとやたらに眩しい街中をふらふらと歩いた事だけは覚えている。
科学忍者隊5人揃って彼らの野外コンサートに行った事がある。
あの頃は任務があったとは言え、何の屈託も無かった。
あれから何年も過ぎたような気がしていた。
今の自分は……。
工事現場に佇んでいた時、地震が起きて、一斗缶が落ちたのを見て、ふと彼は我に返った。
「クロスカラコルムというとヒマラヤとの境界だ…。何かある…」
彼はカッツェが不用意に漏らした言葉を頭の中で反芻していた。
(自分が行かねばならない…)
彼はそう思った。
ついに仲間達との決別の時が来たのだ。
明け方召集の呼び出しが掛かって、ジョーは南部の別荘へと戻った。
そこでついに戦線離脱を言い渡された。
「俺は行くぜ!」
「許さん!」
南部博士の語気は荒く、その眼は揺るぎなかった。
昨日ジョーの病状を街医者から聞いてから、この覚悟を決めていたのだろう。
「健、G−2号機をゴッドフェニックスに載せてってくれ。……俺の代わりにな……」
それが決別の言葉だった。
自分がもうゴッドフェニックスに搭乗する事はない、と言う彼の悲壮な決意の表われだった。
(健。本当の事を言えなくてすまねぇ…。おめぇは早くから気づいていたのに……)
走り去る健達の背中を寂し気に見つめながら、ふと気づくと瞳に熱いものがあった。


※007◆『余命宣告』でも同じ日の内容を書いています。




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