『悪魔の種』

「ジョー。まだ頭が痛むんだったらレーダー席をジュンと替わって貰え」
脳の手術を終えて戦列に復帰したその日、まだジョーの顔色は良いとは言えなかった。
身体もまだ痩せたままだったし、口数も少なかった。
だが、身体能力は元に戻っている。
それは本人の努力としか言いようが無かった。
痩せたとは言え、その分以前よりも筋肉を纏っている。
病床でも筋トレを怠らなかったと言う事だ。
歩けるようになると、点滴を外している時に病院の中庭を走って自己トレーニングをしたり、ベッドの上で腹筋も欠かさなかった。
時には天井から重石を吊って、それを両腕や両脚で引き上げると言った運動までしていて、看護師に見つかった事もあった。
外出許可が出るようになると、彼はすぐに南部博士の別荘の近くにある森までランニングをした。
この病院は博士の別荘の近くに位置していた。
森の木の葉を相手に羽根手裏剣を見事なまでに思い通りに取り扱う。
利き腕の右腕だけではなく、左腕での使用も強化するように自己練習を重ねた。
そしてエアガンでは落ち葉を打ち抜く練習をしていた。
それも身体を一回転させて下向きになって撃ったり、バック転や側転をしてから撃つパターンなど、いろいろな体位で撃つのだ。
勿論、これも右手左手どちらでも自由自在に使えるように訓練をした。
どちらの武器もすぐに勘を取り戻し、意のままに扱う事が出来るまでに回復していた。
その訓練をこなしては、また森から病院までランニングして帰る、と言った日課をこなすようになっていた。
南部博士も健もその事を知ってはいたが、敢えて黙っていた。
身体に無理があるようなら、口を挟む事もあったに違いないが、彼らは科学忍者隊G−2号・コンドルのジョーと言う極めて優秀で有能なコマンダーの復帰を心待ちにしていたからである。
誰よりも頼もしい、健と並び立つ戦士である。
担当医師も太鼓判を押し、南部もこれならば復帰させてもいいだろう、と頷いたその翌日からジョーは任務に就いている。
だが、何か様子が違うのだ。
健はそれを敏感に感じ取っていた。
まだ完全ではないのではないか?
そんな疑問が浮かんでいる。
「ジョー。お前、まだ時々頭痛を感じるんじゃないのか?」
健が眉を顰めた。
今はパトロールだからまだいい。
これが実戦だったら…?
ジョーはこれまで通りの働きが出来るのだろうか?
と言った疑念が健の脳裏に浮かんだのである。
「気になるなら試してみるか?」
ジョーはレーダー席を譲らずにそう答えた。

パトロールが終わると、ジョーはバードスタイルのまま、訓練室に全員を誘った。
「4人纏めて掛かって来い!」
「何だって!?」
健が驚きの声を上げた。
「それ位の事をしなけりゃ、お前達は俺の完全復帰を認めねぇだろ?
 健。おめぇが内心、俺はまだ無理なんじゃないのか、と思ってる事ぐれぇ解ってるぜ」
ジョーは不敵に笑った。
「復帰第一日目だ。無理をするな。博士にもそう言われている筈だろう?」
健は宥めるように言ったが、ジョーは聞く耳を持たなかった。
「遠慮無しに攻撃しろ。俺は攻撃をしない。
 お前達の攻撃を交わせないようなら、俺は駄目だろうよ」
「兄貴ィ…」
甚平が不安そうに健を見た。
健はジョーの瞳に強い意志を見い出した。
「こいつは何を言っても聞かないぜ。本当に4人一遍に攻撃してもいいんだな?」
「構わねぇから武器を使ってくれ」
ジュンも不安そうに健を見つめた。
健は頷いた。
「仕方がない。ジョーが疲れて潰れるまでとことん付き合ってやろうじゃないか」
実際の処、ジョーには確かにまだ頭痛が起こる事があった。
だが、それもたまにの事である。
そんな頭痛に負けているようでは実戦で勝てない。
ジョーはそれが解っているからこそ、自分の身体能力と精神力でそれを押さえ込もうと言うのだ。
「健1人でいいんじゃないのかしら?実力が伯仲してるわ」
ジュンが取り成したが、ジョーは「実際の戦闘はそんな悠長な状態じゃねぇぜ」と言ってのけたのだ。
「行くぜ、ジョー」
「断りなんか要らねぇぜっ!」
ジョーは跳躍した。
健のブーメラン、ジュンのヨーヨー、甚平のアメリカンクラッカー、竜のエアガンが時間差攻撃でジョーを襲った。
だが、そのどれをも交わして行く強靭な肉体と体力をジョーは持ち合わせていた。
とても先日まで入院していた人間とは思えない動きだった。
ブーメランを腰を捻りながら宙返りして交わし、アメリカンクラッカーはその長い足で蹴り飛ばし、ヨーヨーは遮蔽物を楯にして避けた。
竜のエアガンの攻撃は完全に見切っていて、ジョーは天井へとジャンプして避け、そこを蹴って音も無く着地した。
信じられない動きだったが、科学忍者隊としては当然と言えば当然だった。
これ位の動きをしても息を切らさないように訓練されて来たのだ。
『ジョー、もう解ったからいい加減にしたまえ』
いつから見ていたのか、南部博士が上の制御室からマイクで声を掛けた。
『健、ジョーの脳波については、私が当分の間定期的にチェックを行なう。
 今日の処はもういいだろう。諸君も身体を休めたまえ』
「解りました」
健はジョーに右手を差し出した。
ジョーはニヤリと笑って、それを握り返した。
『ジョーは今日が退院後の最初の出動だ。早速脳波チェックをするから、私に付いて来たまえ』
南部の指示があり、ジョーはバードスタイルから素顔に戻った。
「ちぇっ。堂々とチェックに合格して来るから見てろよ、健」
呟くと健の横を通って、上へと上がって行った。

「ジョー。まだ頭痛があるようだね」
脳波チェックをしながら、南部博士は静かに言った。
「ちぇっ。博士には隠し事が出来ませんね」
「どの位の頻度だ?」
「大した事はないですよ。光を見た時にチクッと痛む程度です。でも、ほんの一瞬ですよ」
この痛みが将来彼を苦しめる事になるものの元凶だったのだが、まだ本人は勿論、南部博士も気付かなかった。
痛みは本人が忘れてしまう程、日が経つ毎に引いて行ってしまったからである。
「念の為視神経も検査しておくとしよう。
 射撃と羽根手裏剣の名手である君の眼に何か異常が起きては困るからね」
南部はそう言って、彼の眼の検査も専門家に任せずその場に立ち会って行なわせたが、異常は全く見られなかった。
そうして、ジョーのこの小さな頭痛は見過ごされた。
「まだ顔色が冴えないようだが、食欲は戻ったかね?」
病院の廊下で南部がジョーに訊いた。
「食欲は完全とは言えませんが、元々それ程食が太い方ではありませんでしたからね。
 栄養ドリンクやゼリーなど、今は取り込めるものは出来るだけ取り入れていますよ。
 だから、カロリー的には問題ないでしょう。じきに元に戻りますよ。
 何しろ食欲中枢がやられていたんですから、仕方がないんじゃないですかね?」
「まあ、暫くは私の管理下に置いておきたい。
 トレーラーハウスではなく、別荘の君の部屋に住みたまえ。まだ昔のままにしてある」
「え?」
「テレサも喜ぶだろう。1ヶ月程度もあれば大丈夫だろう」
「はあ……」
ジョーも南部博士には頭が上がらなかった。
そうして、退院後1ヶ月は南部の別荘で療養しながら任務を続ける事になったのであった。

ジョーの脳に巣食う『悪魔の種』はこの時、まだ不気味な程、静かに眠っていた……。




inserted by FC2 system