『憎しみと言う感情の辛さに』

健は父親を亡くして、ギャラクターに対する激しい憎しみを募らせた。
その事で1つ気付いた事がある。
この感情をずっと持ち続けていた仲間の事を。
こんなにも『憎しみ』と言う感情を持ち続ける事が辛い事だったとはこれまで彼は気付かなかった。
だが、ジョーはその辛さを表に出した事は1度たりともなかった。
自分の胸に秘めて、心にその闘志を燃やして来たのだろう。
ただ復讐心を持って焦っているだけだと思っていた自分が悔しい。
自分達は何て仲間の事を知らないのだろう、と健は改めて感じざるを得なかった。
ジョーは任務以外の時に健を避けている様子だった。
健はそれが気になっていた。
ふと、『スナックジュン』でその事を呟いてしまった。
「健……。ジョーは前に貴方の姿を見ると自分の姿を鏡に映したのようで見ているのが辛い、って言ってたわよ」
ジュンが眉根を寄せた。
「その役割は貴方には似合わない、って。
 聞いてたでしょ?貴方に向かって言った言葉なんだから」
「……俺は、自分の事に夢中で、ジョーの言葉に耳を傾けていなかったんだな……」
健は深く溜息をついた。
「俺はやっと解ったんだ。『憎しみ』と言う感情が、どれだけ胸の内を苦しくさせるか、って事が。
 それをジョーは8歳の頃から胸に秘めていた……」
「それにジョーは最近になって自分の過去も思い出したわ……」
ジュンが悲しげに眼を伏せた。
ジョーの事はそっとして上げて欲しい、と彼女の心が揺れた。
「ジョーは奴の思い出の海で俺に涙を見せたさ。
 あいつがそんな感情を俺の前で露わにするとは余程の事だ。
 だが、俺は解っちゃいなかった。
 何かにつけ悩み、父さんの墓にしがみ付いている俺を、ジョーは見ていたんだ……」
「ジョーはジョーで、貴方のそんな姿を見たくはないから、近寄らないんでしょう?」
ジュンは抑揚のない声で言った。
そうしなければ感情が溢れ出てしまいそうだったからだ。
「貴方は科学忍者隊のリーダーだもの。
 闘う事に疑問を持ってしまっては、リーダーは務まらないわよ」
ジュンの言葉は健の心にピシャリと鞭のようにぶつかって来た。
「……俺は、逃げてるのかな?憎しみと言う感情の余りの辛さに。
 逃げずに向き合っているジョーの精神力は改めて凄いな……」
「私もそう思うわ。少し突っ走る処があっても、仕方がない、と思ってしまうのよ。
 彼の過去を思うにつけ……。不幸な生まれを億尾にも出さない。
 ジョーは1人でその事と毎日闘っているのよ。
 苦しい日だってあると思うわ。貴方に涙を見せた日はそんな日だったんでしょ。
 もう武器の使用に悩んでいる時期は過ぎたのかもしれなくてよ、健。
 最終決戦は間もなくなんですもの」
「ジュン……」
「私、ギャラクターが滅びた時、ジョーが消えてしまいはしないかとその方が不安だわ。
 それにね。ジョーが避けているのは貴方だけではなく、私達みんななのよ」
ジュンはおしぼりを握り締めていつしか泣いていた。
「自分の体内に流れている血を呪って苦しんでいるジョーよ。
 本懐を遂げたら自分自身を消してしまうのではないか、って不安で不安で……、この頃では夢にまで見るわ!」
ジュンの感情が決壊した。
「健!私達、自分の事ばかりを考えている時じゃないのよ!
 憎しみの心が苦しい事も解る!でも、ジョーの心はどうなるの?!
 自分がギャラクターの血を引いている事をあれだけ忌み嫌っているジョーがどんな行動を起こすと思う?
 私は……怖いわ……」
「ジョーが壊れてしまう、とでも言うのか?」
健が俯いた。
「そうよ」
「ジョーはそんなに弱い人間じゃないっ!」
「でも、本当は脆いと思うわ。でなければあの時危険を犯してまでBC島に行ったかしら?
 ギャラクターを滅ぼしてからでも良かった筈だわ」
「………………………………………」
「健。貴方が苦しんでいるその『憎しみ』と言う感情を、小さい頃から『それだけを糧にして』生きて来たジョーはどうなるの?」
ジュンの言葉に健は拳を握り締め、唸るような声を出した。
「……ジョーっ!」
「もっと私達、ジョーの事をしっかりと見守って居なければならないのではないかしら?」
「だが、ジョーは自分から俺達に背を向けている。それは俺の事だけが原因だとは思えない」
「確かにそうだわ。でも……。
 ジョーが居なくなりそうな予感が、胸から離れないのよ。叫びたい気分なのよ!」
ジュンの苦しみは健にも理解出来た。
「明日、此処に呼び出してみよう。最近全然来ていないからな」
健が呟いた。
ジュンの嫌な予感は遠からず当たっていた事になる。
この時期、ジョーは既にあの忌まわしい症状を発症していた。
健の事うんぬんよりも、彼自身自分の事で精一杯だったのだ。
科学忍者隊の任務を解かれない為にも、必死に自分の体調不良を隠していた時期だったのである。
その事をまだ健もジュンも知らない。
憎しみの感情に10年もの長い間苦しんで来たジョーは、自分の出生の秘密まで知り、更には今、病いを得て、これでもか、と言う位に追い詰められていたのだ。
彼の苦しみは、同志である健やジュンにでさえも、正確に理解する事は不可能だろう。
ジョーを失う日は分刻みで迫って来ていた。
その事を科学忍者隊はまだ知る由もなかった。

人を憎むと言う感情は経験してみないと解らない。
本当に胸の内が苦しいのだ。
その憎しみと言う思いを復讐心に擦り替えて、ジョーは10年間生きて来た。
彼にはそれ以外に生きる手立てがなかったのである。
だから、初期には暴走していると取られる事もあった。
健が父親を亡くして暴走した辺りから、サブリーダーとしての立場を自覚するようにはなったが、それでもその熱い心は決して醒めるどころか、ふつふつと煮えたぎり続けていたのだ。
ジョーはその思いと共に自分の生命が爆ぜても構わないとすら、思って生きて来た。
今、身体に不調を感じるようになった彼は、その思いを強くしていた。
この生命と引き換えにしてでもギャラクターを斃す、と。
ジュンが今、感じている不安は決して間違いではなかったのである。
健は自分の事で頭が一杯で、ジョーがどれだけ苦しんで来たのか考えていなかった。
それが今、ジュンに冷水を浴びせられたような思いで、ジョーの顔を思い浮かべていた。
最近プライベートで仲間達の輪に入って来なくなったジョー。
あいつは皮肉屋だが、もっと気さくだった筈だ。
もっと彼に眼を向けるべきなのかもしれない、健はそう思ったのだった。




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