『博士に束の間の休息を』

いつものようにG−2号機で南部博士をISOまで送って行く道は穏やかに晴れ上がっていた。
「ジョー、窓を開けてくれないかね?」
博士はジョーの車に乗っている時は安心し切っている。
「構いませんが、危険じゃないですか?」
と答え乍らも、ジョーは博士の両側の窓を半分ずつ開けた。
「うん…、気持ちのいい風が入って来る……。
 君以外の運転の時にはいつも雁字搦めに何かに締め付けられているような気分で乗っているからね」
なる程、とジョーは思った。
ジョーの運転なら、何も心配する事なく身を委ねられる。
暗に博士はそう言っているのだ。
「職責柄仕方がないとは言え、全く博士も落ち着かないですね」
声だけはリラックスムードで穏やかそうにそう言いながらも、ジョーの目つきは益々厳しくなった。
窓を開けた分、敵襲の危険度は増すからである。
だが、南部がたまには息抜きをしたいと言う気持ちは長く傍にいる彼には良く解ったので、その事は敢えて口には出さなかった。
油断のない目配りを四方八方にし、普段以上にその意識を高め、神経を尖らせた。
いくら気持ちの良い爽やかな空気が車内を洗って行っても、ジョーはそれを楽しむ気分にはなれなかった。
しかし、博士には僅かな時間でも安寧な気分を味わって欲しい、と彼は切に願っていた。
だからこそ、何事も起こすものか、と必死になったのだ。
小さな変化も見逃すまい、そんなジョーの意識の微妙な変化は南部に敏感に伝わってしまったようだ。
「すまん、ジョー。君に余計な気を遣わせたようだ。窓を閉めてくれたまえ。
 自分や君の立場を考えずにつまらない我侭を言ってしまった」
「すみません。気配を感づかれてしまうとは俺もまだまだですね。
 博士。俺は構いませんから、もう少し楽しまれたらどうです?
 リラックス出来る時間もないのでしょう?
 なぁに、何が起きても俺が生命賭けで博士を守りますよ」
ジョーは事も無げにそう言ったが、その何気ない言葉を聞いた南部の顔色が変わった。
「行かん、ジョー!生命はそんなに簡単に投げ出して良いものではない!
 君のご両親から預かった生命を私の為に散らす事は出来んっ!」
博士はつい声を荒げてしまった。
「……すまん。ついうろたえてしまった。……どうしてかな?」
後半の言葉はいつもの博士の口調に戻っていた。
ジョーは博士の複雑な思いを秘めた表情をバッグミラー越しに見た。
「博士。解りました。すみません。俺も迂闊な事を口にしました。
 窓は閉めましょう。博士はお疲れなのですよ。……音楽でも流しましょうか?」
ジョーは主にクラシックを流している国営のFM放送を車内に小さく流した。
クラシックの静かな音楽は心を洗うようだった。
リラックス効果も声高に叫ばれている。
スピーカーからはハイドンの弦楽四重奏曲『ひばり』が流れていた。
今日みたいな日には心地良い曲だった。
まるでジョーがいつもトレーラーハウスを停めているような光り輝く風光明媚な森の風景が見えるようだった。
ジョーには博士に自分がいつも居る世界を見せたい気分になった。
多忙な身分の博士の事を考えたら、残念ながらそれは敵わない事だが、音楽を聴いて貰う事で少しはそんな雰囲気を味わって貰えるだろうか?
今、ひばりが優雅に鳴きながら森の中を飛んで行く姿が博士の脳裏にも映っているだろうか?
ジョーは8歳の時に自分の生命を救ってくれた南部博士の事を今でも恩に着ている。
時折逆らってしまう事もあるが、出来る事なら素直な気持ちで接したい、と言う気持ちは持っていたのだ。
博士は彼の親ではないが、複雑ながらも親と同様に思う気持ちはあったのだ。
ただ、照れがあってそう言う事を口にしたり形にする事はなかなか出来なかった。
「博士、これなら少しはリラックス出来るでしょう…?
 眠っていて戴いても構いませんよ」
とジョーが呟いた時、クラシック音楽が中断され、臨時ニュースが流れた。
それと同時に南部が持っている通信機にもISOからの連絡が入った。
どうやらH市に鉄獣メカが現われたようだ。
南部博士の眼つきが司令官のものへと変わった。
「ジョー。三日月基地へ戻れ!」
「ラジャー!」
ジョーはステアリングを切って、G−2号機の方向を変えた。
「こちら南部。G−1号からG−5号までは速やかに三日月基地へと集合せよ!」
『G−1号、ラジャー!』
『G−3号、G−4号ラジャー!』
『G−5号、ラジャー!』
それぞれの返答がジョーのブレスレットからも聞こえて来た。
こうして、ISOに向かっていた2人は、三日月基地へとUターンする羽目になってしまった。
ジョーはもう少し鉄獣メカの出現が遅ければ、と内心で舌打ちをした。
彼は南部博士に束の間の時間であってもささやかな休息を取って貰いたかったのだ。




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