『恋』

「竜、どうした?全然弾丸(たま)が当たってねぇじゃないか?」
此処は射撃練習の場。
ジョーと同様にエアガンを武器として持つ竜の成績が冴えなかった。
元々余り実戦に使ってはいなかったのだが、エアガンを持つ以上は射撃の腕に問題があってはならない。
「どっか調子でも悪(わり)ぃのか?」
珍しくジョーが優しい声を掛けた。
「おらさ。自信がないんだわな。
 ジョーみたいに射撃の名手って訳でもねぇし、かっこ良くバッサバサと敵を倒して走り回る訳でもねえ……」
竜が沈んだ声を出したので、周りにいた健やジュン、甚平も集まって来た。
「ジョーの標的(まと)を見ろや。全弾命中だわ。それもど真ん中に」
「それがどうした?いつもの事だろ。何か問題があるか?」
ジョーはエアガンをクルクルと回して太腿の隠しポケットに仕舞った。
「おら、ゴッドフェニックスで留守番ばかりだしよ。実戦の訓練をしても何の役に立つのかいのう?」
「馬鹿を言うな!」
驚いた事にジョーではなく、健が竜を怒鳴りつけ、その頬を張った。
「お前の任務は誰よりも重要だと言う事を忘れるな!
 お前がいなかったら、基地に潜入した俺達はどうやって脱出する?
 お前が居てくれるからこそ、安心して最前線で闘えるんだぞ!」
「健の言う通りだ。何を一体そんなに僻んでるんだよ?」
「おら、健やジョーみたいにかっこ良くないしよ……」
「竜、もしかしてそれ、スタイルの事を言ってるんじゃないの?」
甚平の言葉は意外にも的を射ていた。
「解った!竜、貴方、恋をしたのね…」
ジュンが乙女の表情になって訊いた。
「恋とか何とか言う前におらの1人芝居じゃわ……」
「どうしてそんな事が解るの?」
「その子はジョーばかり見てるからのう……」
「お…俺?」
狐につままれたようなジョーの表情。
割と勘が良い彼も気付かない事なのか……。
「ジョーが気付かないのも無理はなかろうて。
 その娘(こ)はジョーとは話した事もないし、近づいた事もねえ。
 遠くから眺めているだけだからのう」
「そう言う娘(こ)なら沢山居るだろう、ジョー」
健までその話に同意した。
「そんな事を言われてもよぉ。で、その娘が竜に振り向かねぇって言うのか?」
何で射撃訓練の後に恋愛相談になっちまうんだ、とジョーは内心イライラしていた。
彼は早く帰ってサーキットで飛ばしたい気分だったのだ。
「竜よ。外見ばかり見て男を追い掛けているような女なんておめぇの方から願い下げって事でいいと思うがな」
ジョーは言い乍らTシャツを脱いで逞しい肌を晒し、白いバスタオルで汗を拭き始めた。
ジュンが赤くなってそっぽを向いたのには気付かぬ素振りだ。
「ジョー、解ったぜ。お前がモテる理由が」
健が唐突に言った。
「その人目を憚らずに男の色気を発散させる癖のせいに違いない」
「おっ、男の色気だとぉ〜っ?色気なんて言葉は女に使うもんだろ?」
「違う」
健は断定した。
「竜が惚れた女性はそのジョーの男臭さに夢中だ。そう言う事だろう?竜」
「んだ。だからおらは最初からジョーと同じ土俵には立てねぇんだ」
「それは違うぞ、竜。お前はジョーになる必要はない。竜には竜の良さがある。
 さっきジョーが言ったように外見で男性を見ている女性よりもお前の優しさに気付いてくれる女性が必ず居る筈だぜ」
「いつもはトンチキな癖に良く言うぜ。なぁ、ジュン」
ジョーが呟くとジュンはプイッと横を向き、甚平と竜は笑った。
「ジョー、いいから汗を拭いたら早くTシャツを着て頂戴!眼のやり場に困るわ!」
「何だよ、水着の時は平気な癖に。自分だってビキニとか着るしよ」
「それとこれとは話が違うのよ!」
何故かジュンの怒りの矛先がジョーに向かってしまったのはどうしてだろうか?
女性には不思議な感情が芽生える事がある。
これは一種の悋気なのだろうか?
ジョーの男臭さは独特な物がある。
健もモテるし、ジュンは彼に惚れている訳だが、健の魅力とジョーの魅力では全く違っていた。
健はどちらかと言えば童顔で、任務を離れれば未だに可愛さを残している部分がある。
だが、ジョーは彼とは真逆なタイプで、健と同じ年とは思えない男のフェロモンを大胆にも放出しているのだ。
それにジュンが気付かない筈がなかった。
レーサーと言う表の職業柄、女性の眼に晒されても来た。
だから、ジョーは女性慣れしていたし、その目線を集める事を全く気にしないようになっていたのだ。

こうして竜の淡い恋は自然消滅して行ったが、年頃の科学忍者隊は当然恋をしても不思議ではない少年少女である。
今の暮らしが続いている間はなかなかに恋人と普通の恋愛をする機会には恵まれないだろうが、いつかギャラクターを壊滅させれば、彼らにだってその機会は訪れる事だろう。
ジョーは思った。
竜のような本当に心根の優しい奴にはそれに相応しい女性が現われる筈だと。
そう言う相手が見つかる筈だし、彼のような存在に気付かないようなら、女なんて糞喰らえだ、とさえ思っていた。
ジョーは意外にも竜の事を買っていたのである。
「おい、竜!明日の射撃訓練では挽回しろよ!俺が手伝ってやる!」
「えっ?ジョーの『手伝う』ってのは一番怖いぞい」
「俺が動く標的になってやるって事だよ。どうだ、嬉しいだろ?」
ジョーの眼が笑っていた。
「ジョーが標的じゃ、難易度が高くなるだけじゃわいっ!」
竜が冷や汗を掻きながら「勘弁してくれよ〜」と言った。
科学忍者隊のメンバーに笑いが広がった。
翌日の射撃訓練は激しいものだった。
ジョーだけがバードスタイルになり、竜は素顔でジョーを追った。
バードスタイルなら撃たれても大した事はないと言う理由からだったが、竜にとっては余計にハードルが高くなったも同然だった。
「ジョー〜。元々早い動きが更に早くなっちまって、おら付いて行けねえぞい」
ついに音を上げる竜であった。




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