『信頼』

いつものようにパトロールを終えて、素顔に戻ったジョーはトレーラーハウスへと戻って、ベッドの上に寝転がっていた。
束の間の休息だった。
この後は南部博士を別荘からISOへ送る事になっていた。
テストパイロットの仕事の打ち合わせがあると言う健も同乗させる事になっていたので、健は三日月基地から博士の別荘へと直接向かった筈だ。
「たまには本職がないとな…」
と笑って別れたのだった。
「うっ!!」
仰向けになっていたジョーが急に側臥位になって苦しみ出したのは、突然の事だった。
彼は胸を押さえて海老成りに身体を丸めた。
長い脚が窮屈そうに胸に押し付けられた。
乾いた感じの咳が出て、呼吸困難に襲われていた。
風邪を引いた覚えはない。
だが、とにかく息苦しくてどうにもならない。
普段人を頼らない彼だが、このトレーラーハウスの中ではどうにもならなかった。
この後の博士の送迎の事もある。
思わずブレスレットに向かって健を呼び出していた。
「け…ん…」
掠れ声しか出なかった。
痛みに打ち震え、喘ぎながらジョーは漸く声を絞り出したのだ。
『どうした?ジョー!?何があったんだ?』
健の切迫した声が返って来たが、ジョーはそれ以上答える事が出来なかった。

「博士?」
健は隣にいた南部博士を見た。
「ジョーはどこにいるのだ?」
「博士をISOまで送るから、とこの別荘の近くの森にトレーラーハウスを置いている筈です」
「よし、一緒に来てくれたまえ」
博士は別荘の職員に車を出させた。
果たして健の言った通りに、ジョーのトレーラーハウスが見えて来た。
「あいつの事ですから、中に自分が居る時は鍵は掛けていない筈です」
健が飛び出して、トレーラーハウスのドアを開けた。
続いて南部も診察鞄を抱えて入室した。
2人の眼に飛び込んだのは、ベッドから落ちて痛みと咳と呼吸困難に苦しんでいるジョーの姿だった。
「ジョー!大丈夫か?」
健が慌てて抱き起こす。
「健、下手に動かさぬ方がいい。安静に寝かせてくれ」
南部の言葉に従い、健はジョーをそっと床に寝かせた。
博士はジョーの脈を取り、聴診器で胸の音を聴いた。
「自然気胸の疑いがある。患部は左肺のようだ」
そう言うと南部はジョーの身体の右側を下にして側臥位にさせた。
健もそれを手伝う。
南部は簡易的な酸素吸入器をジョーの口元に当て、少しでも呼吸が楽になるように取り計らった。
「自然気胸と言う病気は肺の一部が破れて息が漏れる事で突然激しい痛みを引き起こす。
 乾いた咳と呼吸困難を同時に発生させる。
 とにかくISO付属病院へ運ぼう。健、打ち合わせは後日だ」
「解りました」
健は呼吸困難に苦しんで真っ青になっているジョーの身体を抱き上げた。

車を運転して来た別荘の従業員には徒歩で戻って貰い、健が運転をした。
ジョーはナビゲートシートを倒して寝かせ、その横の後部座席で南部がジョーの気道確保を行ないながら、酸素を送った。
手動で酸素吸入が行なえる簡易的で簡素なものだが、持ち運びには便利だ。
「少し呼吸が落ち着いて来たようだ。健、安心したまえ」
南部が手首で額の汗を拭った。
ジョーが意識を取り戻して、済まなそうな顔をした。
「すみ、ません。博士…。ISOでの、打ち合わせは?」
「そんな事は気にせんでいいから、楽にしていたまえ。まだ痛むかね?」
ジョーは顔を顰(しか)めて頷いた。
それでもジョーは口を開かずにはいられなかった。
「健…。すまん…。ついお前を、呼んでしまった。折角の、本職、だったのに…」
「馬鹿だなぁ。打ち合わせが延びただけの事だ。心配するな」
健がホッとしたのか、まだ引き攣ってはいるが笑顔で言った。
「ジョー、喋っては行かん。今後は当分筆談だ」
南部が言った時、ISO付属病院が見えて来た。
南部が事前に連絡をしてあったので、搬送口でストレッチャーが出迎えていた。

以下は南部も専門の医師に委ねたが、診察には立ち会った。
ジョーの診断結果はやはり自然気胸だった。
最新の設備の酸素吸入器が口元に当てられ、強い痛み止めが点滴投与された。
今、ジョーは静かに眠っている。
医師や看護師も引き上げていた。
もうこれで容態は安定した、と言う事に他ならない。
10日から2週間程の入院が必要だと言う事だった。
だが、恐らくはジョーの体力なら入院期間を短くする事も可能だろう。
「自然気胸は長身で痩せ型の若い男性に多い。ジョーは見事にその条件に当てはまる。
 いいか、健。君も成り得る病気なのだ。
 疲労していたり、体力が落ちている時には特に罹りやすい。
 ジョーの場合、先日の破傷風が影響しているのかもしれんな。
 場合によっては手術が必要になるケースもある。
 また、癖になる者もいるから、ジョーの経過観察は充分にしてやらねばなるまい」
ジョーの枕元で、南部は問わず語りに健に話し掛けていた。
「はい。宜しくお願いします」
「喫煙者に多い病気でもあるのだが…、まさかジョーは喫煙してはいまいな?
 まあ、あの部屋には煙草も灰皿も見当たらなかったが……」
南部の眼が細くなった。
「ええ。俺はそんな処を見た事がありませんよ。煙草も酒もやってないと思います。
 俺はあの部屋に何度も行っていますから。
 あいつだって、任務の事は考えていますよ」
「それ以前に君もそうだが、ジョーは未成年者だからね」
「ご心配には及びません。それは俺が保証します」
「それなら良かった。健、今日の処はジョーを静かに寝かせておいてやろう。
 今日はご苦労だったな。テスト飛行の打ち合わせの日程は夜までに知らせよう」
「博士、これからISOに行かれるのなら、俺が運転して行きましょう」
「疲れているのではないかね?」
博士もジョーがこんな事になったばかりなので、健の事も気になってしまうようだった。
「大丈夫ですよ。俺はジョーのように病後だと言う訳ではありませんし。
 博士の方がお疲れなのでは?」
「いや、私はこれが仕事なのでね」
南部が微笑んだ。
「では、頼むとしようか」
「とにかくジョーが大事に至らなくて良かったです。あの時俺を呼んでくれなかったら……」
「発見が遅れたら、大事に至ったかもしれんな。ジョーも無意識に君に頼ったのだろう」
「あいつは他人を頼らない奴です。だからこんな事でも頼ってくれたのは嬉しかったですよ。
 まあ、勿論、その後の仕事の事もあいつなりに気になったんでしょうけどね」
健が屈託のない綺麗な笑顔を見せた。
「友人として、科学忍者隊のリーダーとして、ジョーは君を信頼しているのだよ」
南部は最後にジョーの穏やかに落ち着いた寝顔を眼にして、病室を後にした。




inserted by FC2 system