『国際潜入捜査(2)』

空港に着くと、紺色のジャケットと白いスラックスと言う選手団のユニフォームを渡されて、それに着替える事になった。
2人はトイレで着替える事にして、荷物を置いてそこに向かった。
(ジョー、どこに耳があるか解らない。会話する時は注意しろよ)
(解ってるぜ)
眼と眼で確認し合い、2人は個室に入った。
どうやらサイズはそれぞれしっかりと連絡してあったようで、背が高く脚が長くて細身の体型の2人にピッタリに作られていた。
昨日の今日で良く用意出来たものだと、南部博士の力に改めて感心する。
ジョーのエアガンと、健のブーメランは南部が上手く飛行機の搭乗時にゲートを通過出来るように細工してくれていたので、荷物の中に潜ませていた。
羽根手裏剣の金属部分も手荷物検査に引っ掛かるので、同様の細工をして荷物の中にある。
つまり今の2人は完全な丸腰状態であった。
しかし、彼らには鍛え上げられた肉体がある。
いざと言う時にはその身体能力だけで切り抜けるより他ない。
「ジョー、アスリア国に着くまでは、出来るだけ体力を温存しておこうぜ」
着替え終わって、健が囁いた。
2人とも長身の為、このような正装も良く似合っている。
特に女性が見たら惚れ惚れと見惚れそうなモデルのような2人だった。
「何か知らねぇが、ちょっと人目を引いてないか?」
ジョーが健の耳元で小さく言った。
「そうだな…。出来るだけ出場者の中に紛れて小さくなっている事にしよう」
手荷物の中に銃は無かった。
大会会場にて支給される物を使って競技をする決まりとなっている。
自分に手馴れた銃を使えないと言うのは、射撃手としては痛手である。
しかし、そう言った中にも、どんな銃でも使いこなせる人間が僅かにいる物だ。
此処にいるジョーもそうだが、他にも出場者の中にはそう言った者が多いだろう。
でなければ、こんな形の射撃大会に出場して来ない、とジョーは思った。
とにかく現地で王女と接触する事だ。
どんな方向に話が動いて行くのか、彼女の話を訊いてみない事にはどうにもならねぇ。
ジョーは内心で呟いていた。

アスリア国はプルメリアがあちこちに咲く、気候はユートランドよりも少し暑い土地だった。
建物は石造りで非常に手の込んだものが多いが、年代物と言う感じがした。
街自体が古いのだ。
そんな中に人々が息づき、住宅街には洗濯物が干され、子供達や母親達が笑いさざめいていた。
それは幸せの匂いだった。
ジョーはふっとBC島での幼い頃の事を思い出していた。
そんな住宅街を通りながら、チャーターされたバスは国の中央部に到着し、抑えられていたホテルに彼らはチェックインした。
ジョーと健は同室を与えられていて、これは行動を起こすのに都合が良かった。
選手団のスタッフの中に、田中と言う男が混じっていて、この男が実はISOの職員だと言う事が飛行機の中で密かに本人から明かされていた。
何かと便宜を計ってくれる事だろう。
見知らぬ土地で、それは心強い事だった。
田中は2人の正体は知らない。
ISOの特殊任務を負ってやって来た若い工作員だと思っている。

ホテルの部屋で荷解きをし−とは言っても大した荷物は持って来ていないのだが−いつもの姿に着替え、彼らは武器を普段の位置に仕舞った。
「ジョー、念の為盗聴器に気をつけろよ」
「ああ。探そうと思えば探せるが、今はそれよりも王女だな」
2人は含み声で会話をした。
夕食を終えると、選手団は歓談したり、自室に戻って休むなど自由になったので、その時間に2人は密かに王女の待つ王宮へと忍ぶ事にした。
王宮はホテルから徒歩でも10分あれば行く事が出来た。
2人は地下から潜入する事にして、ホテルの裏手からマンホールの中に入った。
位置関係はホテルで頭の中に叩き込み、把握していた。
健が懐中電灯を手に前を行く。
「この中にもギャラクターが潜んでいる可能性はあるぜ。気をつけろよ、健」
「ああ…」
2人は油断なく目的地へと進んで行った。
やがて此処だと目星を着けた場所から外へ出ると狙い違わず王宮内の職員出入口にあるマンホールに出た。
王宮内とは言っても、此処はまるで役所か何かのような無機質な感じがしている。
サーチライトが周囲を照らし、警備が厳重なようだった。
「厳重に警備しているつもりだろうが、マンホールは随分とお留守だったな…」
ジョーかボソッと呟いた。
2人はサーチライトを器用に交わしながら、少しずつ前へと進んだ。
職員通用口には高い折り畳みの鉄扉が作られており、車が進入する時などはそこを開け閉めするようになっているらしい。
その脇には一般家庭のドア程度の扉があり、職員はそこで警備員の検閲を受けて出入りするようになっていた。
警備員は2人おり交替で勤務していると、あのISOの田中と言う男が言っていた。
鉄扉の横に箱のような部屋がある。
そこに常駐しているのが見えた。
「少々荒々しいが2人には眠って貰うか?」
ジョーはエアガンに特殊催眠ガス弾をセットした。
「一時眠って貰うだけだ」
そっと近づき、窓口をノックする。
ガラスの引き戸が開いた時、ジョーは銃口を挿入してトリガーを引いた。
「健!」
「ああ!中に何があるか解らん。注意しろよ」
2人は軽々と3メートルはある車用の鉄扉を飛び越えた。

着地をすると外とは別世界のような光景が広がっていた。
花畑が車道の両脇に広がり、更に駐車場の奥に進むと全面に満ちている。
そして、王宮の建物が見えて来た。
さすがに豪華な造りだ。
贅を尽くして造られた石造りの王宮には、所々に芸術的彫刻がなされていて、建造物としても世界遺産として登録されても良い程の物だった。
この国は国連非加盟国の為、余りそう言った事は外部に知られていない。
「王女は南部博士に一番上の5階に居ると言ったんだろ?
 とにかく外から登っちまった方が早くねぇか?」
ジョーは含み声で健に言った。
「ああ、中から侵入するよりは危険性が低いかもしれん。
 だが、国王の部屋も同じ階にある。危険だな…」
「仕方がねぇ。行くしかないだろ?」
「よし」
2人は建物の段を利用して、何回か跳躍を続け、軽々と最上階まで登り詰めた。
1つ光が見えている部屋があった。
「ジョー、取り敢えずあの部屋に近づいてみよう。
 王女は今夜俺達が訪ねる事を知っている筈だ」
「ラジャー」
音を立てずに素早く忍んで行く。
その部屋の窓は開け放たれていた。
健がそっと覗くと豪華なドレスを着た30歳ぐらいの女性が居た。
(あれが王女か…?)
と健がじっと見つめていると、
「1人のようだな。お付きの者は下がらせたのか?」
ジョーが小声で呟いた。
「声を掛けてみるか?」と健は言い、そっと「南部博士から派遣された者です。貴女が王女様ですか?」と訊いた。
「待っていたわ。入って」
即座に答えが返って来た。
2人は窓からそっと跳躍して、部屋に入った。
「あら、お若い方達なのね」
王女は笑った。
「私がアリスです。ISOから連絡を貰っています」
「王女様に謁見するのにこのような姿で失礼します」
健が膝まづいて答えた。
ジョーもそれに倣って膝を着いた。
「構いません。お2人共立って下さい。それでは話が出来ません」
「ではお言葉に甘えて」
と健が答えて、2人は立ち上がった。
「こんな豪華な服を着て、王宮でのんびりと構えている時ではないのです」
と王女が話し始めた時、ジョーが唇の前に人差し指を立て、「しばし失礼…」と小声で言うと、室内を探し始めた。
健と2人で集めた盗聴器は4個もあった。
「既に此処に『ISO』に関係する人間が『2人』入り込んだ事は敵に知られてしまったかもしれません」
健が呟いた。




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