『拉致』

※この物語は『護衛任務』にイラストを描いて下さったぺたる様に捧げた物です。

「でも…此処でやるのでは新鮮味が無いわよね」
此処は『スナックジュン』の店内だ。
店には常連客が数組居て、派手な音楽が流れている。
そんな中カウンター席に居るのは、健と竜の2人だけだ。
カウンターの中でジュンは洗い物をし、甚平は客から注文を受けたサンドウィッチを作っている。
「他にどこかいい所があるかいのう?」
のんびりした竜の声がした。
派手な音楽のせいで、彼らの会話はカウンター内外の4人にしか聞こえていない。
ジョーはこの場所には居なかった。
「ジョーの兄貴、竜巻ファイターや超バードミサイルで失敗してから、どうも元気がないよなぁ」
甚平が言った。
「甚平、料理中なんだから、お喋りは慎みなさい!」
ジュンがピシャリと注意する。
「はいはい…」
甚平はさっさと注文品を作り上げて、会話に参加したいらしく、そのスピードを上げた。
「………………………………………」
健は先程から一言も発していない。
彼はジョーの体調を憂えていたのだ。
「ジョーはあの後、ヘビーコブラを1人で倒したじゃない。その後、レースにだって優勝してるわ。
 健の考え過ぎじゃないのかしら?」
「だといいんだがな」
健の憂いは消えない。
「とにかく、ジョーはギャラクターの子だと言う事を思い出したり、幼馴染を死なせてしまう羽目になったりして傷ついとるんだわ、きっと…」
竜がサンドウィッチに齧り付きながら言った。
「おお、そうだ!おらが働いているヨットハーバーで大型ヨットを借りるってのはどうじゃい?」
どうやら竜はお腹を満たすとアイディアが浮かぶタイプらしい。
「大型ヨットね…。いいんじゃない」
ジュンが話に乗り掛けた。
「いや…、ジョーは親父さんとお袋さんを海辺で殺されている。
 任務では平気そうな顔をしているが、果たしてどうだろうか…?」
健が腕組みをして呟いた。
「でもよう…。ジョーって結構大人だからのぉ。もう吹っ切れてるんじゃないの?
 自分の身に流れているギャラクターの血を充分に流し切った筈じゃわい」
と竜は言った。
この処、ジョーは此処には顔を出していなかった。
任務以外の時にジョーがどこで羽を休めているのか、この4人には皆目見当が付かないでいた。
「彼女でも出来たんじゃないの〜?」
サンドウィッチを注文客に届け終えた甚平が会話に加わって来た。
「ジョーの兄貴は結構モテるんだぜ?」
「そう言う事だったらいいんだけれどね…」
ジュンが呟いた。
「私達がジョーを元気付けようとこんな計画を練っている事が無駄に終わってくれれば、それはそれでいいのよ」
「ジョーが何かに苦しんでいる事は事実だ。トレーラーハウスにも帰っている形跡はない。
 俺達がしようとしている事が見当違いの事であってくれればそれでいい」
健がスカイブルーの瞳を閉じた。
「とにかく、ジョーは任務の時でなければ捕まらない。任務完了後に遂行するしかあるまい」
「そうね…」
「ゴッドフェニックスの中でパーティーなんかしたら、博士に叱られるよなぁ」
「ば〜か!当たり前じゃわい!」
4人はカウンターでこそこそと話し続けた。
「……でなければ、やっぱりサーキット場から拉致するしかないだろうな…」
健が決定的な発言をした。

ジョーはこの処、頻繁に頭痛と眩暈を起こしていた。
しかし、その自分の身体がまだ正常に動く事を確かめたくて、連日のようにサーキット場に来ていた。
その場に寝泊りしていると言っても過言ではない。
今日は天候も良く、朝から午後に掛けてコースを50周した。
調子は悪くない。
(一体、俺の身体はどうなっているんだ?今日は何ともないじゃねぇか…。
 眩暈もしねぇし、判断力も鈍ってはいない。動きにも緩慢さは全くねぇ…。
 身体も怠(だる)くはねぇし、視界もぼやけたりしていない。
 それ処か、タイムも俺が持っているこのサーキットの最高記録と殆どタイじゃねぇか…。
 俺はまだまだやれる、と思ってもいいと言う事なのか……?)
サイドブレーキを引いて、ジョーは両掌で自らの頬を叩いた。
ピシっと響きの良い音がする。
(まあいい。今日は久し振りに帰って、しっかり寝るとするか……)
ジョーはサーキット仲間に別れを告げると、ゆっくりとステアリングを切って、人通りの少ない裏道へと走り出た。
道は少し薄暗くなり始めていた。
バイクが3台、前後から迫って来る。
前に1台、後方に2台だ。
後方の2台の内1台はヘルメットで顔が見えないが身体付きは女で、後ろにガキが乗っている。
もう1台は太った男だ。
前から来るのは精悍な身体付きの若い男。
4人共、黒尽くめのバイクスーツを着ている。
ジョーは射撃の名手である為、夜目が利く。
薄暮の中でもその位の見分けは付いた。
(ギャラクターじゃなさそうだ。暴走族か?面倒だな…)
ジョーは道なき道に入り込んだ。
ギャラクターなら遠慮なく叩きのめしてやるが、一般人は相手にしたくなかった。
ジョーは彼らを振り切ろうとしたが、なかなか付かず離れずに付いて来る。
「仕方ねぇっ!」
ジョーは羽根手裏剣を取り出して、精悍な身体付きの男が乗っているバイクの後輪をパンクさせる事に成功した。
バイクはそのまま倒れたが、乗っていた男は軽々と飛び上がり、G−2号機の上に飛び移った。
「何!?」
ジョーはステアリングを切って男を振り落とそうとしたが、しつこくしがみ付いている。
その後、ジョーは心底驚かされる事になる。
フロントガラスの前に逆さに顔を出したのが、健だったからだ。
キキキキキッ!
ジョーは咄嗟にブレーキを踏んだ。
その反動で健が飛んだ。
「健!大丈夫?」
ジュンが抱き起こす。
「何やってんだ、おめえら!」
ジョーは怒気を含んだ声で怒鳴った。
「お前を拉致しようと思ってさ」
泥だらけになって起き上がった健は、肩を竦めて見せた。
「拉致、だと…?」
ジョーがきょとんとしたのを見て、健は泥を払いのけながら立ち上がった。
「まあ、いいから俺達に付いて来い!」
「おめぇのバイクはパンクしてるだろ?」
「しまった!じゃあ、G−2号機に積んでくれ。ついでに俺もな」
「その泥だらけの姿で乗る気かよ?」
ジョーが嫌そうな素振りを見せると、健はバイクスーツを脱ぎ、いつものTシャツ姿になった。
「これならいいだろ?」

健達に連れて行かれたのは、健の父親・レッドインパルスが遺したあの飛行場だった。
健の家はそこにある。
事務所のような無機質な部屋だ。
そこの外にテーブルや椅子が並べられていた。
「今日はみんなでバーベキューパーティーをするからさ。ジョーの兄貴の手も借りたいと思って」
甚平がウィンクした。
食材は既に細かく刻まれて用意されている。
ジョーが手伝う事など何もない。
「てめぇら、手の込んだ事をしやがって!」
ジョーは腕組みをして笑った。
ふと思えば、笑った事自体が久し振りだったし、科学忍者隊の面々と任務以外の時間を共にするのも久々の事だった。
ジョーの胸の内にあった暗く澱んだ不安は、今、ほんの一時ではあったが綺麗に消え去っていた。
「みんな、野暮な心配をしやがったようだが、俺は元気だぜ。
 ちょっとレースに熱中していただけだ」
ジョーにとって、仲間達の気遣いが嬉しかった。
身体の事を心配されるのは胸苦しくなって、自然に拒絶反応を示してしまうが、彼らはただ顔を見せないジョーを心配していただけだったのだ。
(しかし…、健は侮れないぜ…)
ジョーは密かに健の横顔を盗み見るのであった。




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