『国際潜入捜査(7)/終章』

ジョーの背中には爆発物の大きな破片が突き刺さっていた。
駆けつけたISOの田中は、「脊髄を損傷していなければいいが…」と呟いた。
ジョーは完全に意識を失っていた。
血が身体の周囲に広がって行くのが眼に見えて解った。
田中は清潔なハンカチで傷を抑えるが、破片が邪魔をして上手くは行かない。
「鷲尾さん、貴方はどうですか?」
健は左腕に裂傷を受けていた。深手である。
しかし、意識は辛うじてあった。
「大丈夫です。大分朦朧としていますが、問題はないでしょう」
しっかりと答える事が出来た。
「国王と王女は?」
と健が訊くと、田中は
「国王は残念ですが、衰弱が酷かった事からこの爆発には耐えられなかったようですね」
と答えた。
「王女様はご無事です」
見ると王女は心配そうにジョーの様子を窺っていた。
ジョーは背中に相当大きな破片を受け、動脈を切ったものと思われる。
意識不明の重態に陥っていた。
出血多量で、更には大量の血も吐いている。
ISO職員の田中が特殊通信機で通信を開始した。
「こちらISO情報部AX227。南部博士応答願います」
何と直接博士と連絡の取れる通信機を持っていた。
それを見た健は、『田中』は偽名だろうと思った。
「至急国際ドクターズヘリの手配をお願いします。
 問題は2名の特殊工作部員によって無事解決。
 しかしジョージ浅倉さんが意識不明の重態、鷲尾健さんも左腕に深手を負っています」
『何ですと?』
南部の慌てた声が聞こえた。
『隣国のオランクラス国が国連加盟国の筈です。治療を受けられるように手配しておきます。
 私も急ぎ向かいましょう』
南部の答えがあった。
すぐにドクターズヘリを手配してくれるに違いない。
「ジョー。お前は自分の事を陰だと言った。だが俺にとってはお前の存在は光そのものだ。
 絶対に死んではならん!
 お前のサポートがあるからこそ、俺はリーダーなんて椅子に座っていられるのだ」
自らも傷を受けて意識が半分朦朧としている健は悲壮だった。
「死ぬな、ジョー!生きてくれ!
 お前は数々の苦難を乗り越え、生命の危機も脱して来た筈じゃないか?」
「鷲尾さん。傷に障ります。貴方も重傷なんですよ。解っているんですか?」
田中が窘めるように言った。
王女が近づいて来た。
「すみません。お父上を守り切れなかった……」
健は王女に詫びた。
「いいえ。あの人はそれが寿命だったのです。
 それなのにその父を守って貴方が負傷するなんて……。
 申し訳ないのは私の方です」
王女は頭を下げた。
「それより気になるのはあの方。
 あれ程の傷を受けても生きているとは何と意思の力が強い人なのでしょう」
「ジョーはどんな傷を受けても死にませんよ。
 殺しても死なない男です。これまでも何度も死線を潜り抜けて来たのですから……。
 何度も助からないと言われて、地獄の底から這い上がって来た男です。
 俺は彼がまた這い上がって来ると信じています」
健が言い終わった処にドクターズヘリの爆音が響いて来た。
「貴女はもう行って下さい。
 そして、貴女を慕うあの民衆達とともに立ち上がり、このアスリア国を皆の力で立て直して下さい。
 ジョーも、俺も…遠くから見ていますよ」
「解りました…。きっと元の平和なアスリア国に戻して見せます」
王女は意思の強い瞳を上げた。
「貴方達の神のご加護を。きっと傷が癒えてまた任務に復帰出来るように……」
王女は立ち上がると、静かに背を向けた。
「有難う。貴方達のお陰で、この朝陽を見る事が出来た……」
一晩経っていたのか、と健は改めて驚いた。
記憶はそこまでで途絶えた。

「健!健!大丈夫?」
ジュンの声に眠りを妨げられたのは、どの位の時間が経ってからの事だったのか?
「みんなでゴッドフェニックスで駆けつけたのよ!無事で良かった……」
ジュンの涙が健の頬に落ちた。
健は自分がベッドの上に寝ているのだと言う事を知った。
ガバッと音を立てて、起き上がる。
「ジョーは?ジョーはどうなった!?」
「まだ手術を受けているわ。もう3時間になる。
 貴方の傷は深かったけど、骨には達していない。すぐに回復するそうよ」
ジュンは心底ホッとした、と言う顔で健の怪我の状況を説明したが、健の心は此処にあらず、だった。
「ジョーはどこにいる?」
「解ったわ。手術室に案内するから、そんなに焦らないで」
ジュンは諦めたように、健の足元にスリッパを用意した。

手術室の前には南部博士と甚平、竜が手術の終了を今や遅しと待っていた。
「博士!ジョーの容態は?」
「脊髄はやられていない。それが不幸中の幸いだ」
博士が振り向きざまにそう静かに告げた。
「健、大変な任務を良くやり遂げてくれたな……。
 ギャラクターの野望を1つ潰す事が出来た」
「国王の生命は救えませんでした。
 それと……。偽名だとは思いますが、田中と言う職員から聞きましたか?
 ホレバレー山の麓に原子力爆弾が眠っています!」
「聞いている。国際科学技術庁が総力を上げて撤去に当たっているから心配は要らん」
「そうですか……」
健は全身の力が抜ける思いでソファに座り込み、問わず語りに呟いた。
「ジョー。お前は断じて俺の影なんかじゃない。
 陰になる仕事を、マイナスになる負の仕事を進んで引き受ける必要も無い。
 絶対に無事に還って来い!でなければ許さんぞ!」
健は拳を握り締め、病衣の背中を震わせて泣いた。
「健……」
南部博士が隣に座って彼の肩をそっと抱いた。
「ジョーがそんな事を言ったのかね?」
「………………………………………」
健は込み上げて来る感情をどう表現したら良いのか解らない様子だった。
ジョーの言葉が断片的に甦って来る。
今、それを正確に伝える事が出来る程、頭の中が整理されていないし、彼の感情もまた荒れていた。
涙が止まらなかった。
そんな健を見たのは、ジュンや竜、甚平も初めての事で、戸惑いを隠せなかった。
「健。今、無理に言わんでも構わん」
南部が優しく健の背中を叩いた。
ジョーの容態は決して良くなかったのだ。
健が治療を受けて眠っている間に何度も看護師が慌しく出入りしていた。
追加の輸血も何度も行なわれていた。
背中に入っていた破片は中で更に分裂しており、内臓の至る所を傷つけていた。
既に何度か生命の危機を通り過ぎていると出入りする医師や看護師から南部も聞いていた。
南部は頭を抱えた。
ISO情報部の『AX227』、即ち『田中』と称していた男からは任務完了ギリギリに受けた傷だと聞いている。
そして、止むを得ない負傷だったとも。
自分がそんな危険な任務に赴かせた張本人だ。
南部自身も自分を責めていた。
健は何とか深手でも無事に戻ってくれたが、ジョーは……。
果たして無事に自分達の元に戻ってくれるのか?
1分が1時間にも感じられた。
重苦しい時間が流れ続けた。
ジョーの容態は一進一退を重ね、手術も難航を極めたのだ。

5時間後、手術室の自動ドアが漸く開かれ、ストレッチャーが運び出されて来た。
もう昼時になっていた。
酸素吸入器に繋がれたジョーは深く意識を手放していて、予断を許せぬ状況だった。
「この2〜3日がヤマでしょう」
それだけ告げて、執刀医師は疲れ果てた様子でその場を去った。
「素晴らしい精神力で此処まで何度も訪れた生命の危機を乗り越えてくれましたよ」
執刀医師が言葉少なだったので、第二執刀医師がそう付け加えてくれた。
ストレッチャーの上のジョーは顔色が真っ青で、自力では呼吸さえ出来ない状況だった。
「ジョーの兄貴は助かるよね?」
不安そうに訊ねた甚平に、
「当たり前だ!ジョーが簡単に死ぬものかっ!」
とつい怒鳴ってしまった健であった。
「ヤマを乗り越えるまでは此処で預かって貰って、動かせるようになったらISO付属病院へ転院させよう…」
南部が見送ってそう呟いた。

「バードスタイルになれないと言う制約の中、健もジョーも良く頑張ってくれた」
3日後になってやっと意識を取り戻したジョーの前に南部博士がいた。
健も同室に入院していた。
「……王女は?」
ジョーはやっとの事でその言葉を口にした。
まだ余り話が出来る状態には回復していなかった。
「もう国の再建の為に動き始めている。
 国王は残念な事をしたが、身体が弱っていたので耐え切れなかったらしい」
健がホッとした顔で報告した。
「健……。無事で…良かった、ぜ……」
「それは俺の台詞だ。馬鹿野郎、心配掛けやがって」
漸く健の顔に笑いが戻った。
「今回の……任務、成功したと…言えるの…だろうか?」
「ジョー。もう話をするのはやめなさい。任務としては間違いなく成功だ。
 良くやってくれた。今は何も心配せず身体を回復させる事に務めなさい」
忙しい南部はもう戻らなければならないらしい。
「皆、ジョーが意識を取り戻したと知ったら喜ぶだろう」
南部が去り際に背中でそう呟いた。




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