『国際潜入捜査〜番外編・生命(せいめい)の危機』

手術が終わったジョーと同室になった健は、彼の容態が気になって眠れない日々が続いた。
ジョーはなかなか意識を取り戻さない。
酸素吸入器も外す事が出来ない程、重篤な状態だったのだ。
同室だと言うのに、ジョーの周りには酸素テントが張られ、健すらも近づく事は出来なかった。
酸素テントの外から様子を見つめるより他無かった。
看護師や医師の出入りも頻繁だった。
「落ち着かれないようなら別室をご用意しましょうか?
 一応、同室にしたのは南部博士のご意向があったからなのですが…」
健の傷口を消毒に来た看護師がそっと気を遣ってくれた。
「いえ、彼は大切な友人です。近くにいてやりたいと思います」
健はやんわりと断った。
ジョーの容態が急変するのではないかと思うと気が気ではない。
看護師は本当に頻繁に様子を見に来てくれていたが、看護師が居ない時に何かある可能性だってある。
ジョーの額の汗を拭いてやる事すら出来ない事がもどかしく、健はただ唇を噛んで彼の容態をテントの外から見守り続けた。
南部博士が訪ねて来た時だけは大人しくベッドに戻った。
「健…。聞いているぞ。ジョーの事が気に掛かるのは解るが君が無理をしちゃ行かん。
 君だって重傷なのだぞ。
 科学忍者隊のリーダーとして身体を治す事を優先して貰わなければならぬ」
「すみません。解ってはいるのですが、ジョーの状態が不安定で時々機器が警報音を出す程の容態です。
 気になってしまうのはどうか解って下さい」
「まあ、確かにその通りではあるな。
 看護師から君を別室にしてはどうかと言う案が出されているのだが、どうやらそうした方が良さそうだな」
南部が顎に手を当てた。
「いえ、別室にされたとしても俺は此処に来る事でしょう。だから同じ事です」
「そうか…。それなら止むを得んか……」
南部が溜息をついた。
「どうなんです?博士の眼から見たジョーの容態は?」
健の青い真摯な眼が南部博士を捉えた。
「ハッキリ言うと君の回復が遅れるかもしれない、と思って黙っていたのだが……。
 まだ危険性が高いのが実情だ。今日で手術から丸2日。
 執刀医師が言った通り、2〜3日がヤマだ。
 今日・明日を乗り越えてくれればどうにか希望が見えて来る」
「そんなに……悪いんですか……」
健は落胆した。
しかし、自分も負傷したようなあの状態で、ジョーをどうする事も出来なかった事は事実だ。
さすがの健も今回は自分の事を責めたりはしていない。
ジョーの不運を呪うのみだ。
「君達2人には面倒な任務を任せたと思っている。今回の事は私の責任だ。
 せめてブレスレットは付けていて貰うべきだったと思っている。
 そうすればその爆発の時、変身してマントで身を守れたかもしれんからな」
「でも、それでは俺達の正体がバレてしまいます」
南部は頷くとポケットから2本のブレスレットを出した。
「君に返しておこう…。そして、ジョーの意識が戻ったら君がこれを彼に付けてやってくれたまえ」
「解りました」
健はジョーのブレスレットを両手で受け取り、大切そうにその感触を確かめ、押し頂くようにした。
「絶対にこのブレスレットはジョーの左腕に戻ります。俺は確信しています!」
「そうだな…。私もそう思いたいが……」
博士の言葉が澱んだ。
その重みが健の胸に響いた。
(ジョーは危ないんだ。死ぬかもしれないんだ……)
思わず唇を噛んだ。
その時、またジョーの周囲を囲んでいる医療機器が鳴り始めた。
弾け飛んだように南部がテントの中に入る。
心電図が停止していた。
南部はすぐさま心臓マッサージを始めた。
今頃、自動的に医師にも呼び出しが掛かっている筈だ。
すぐに室内が医師と看護師で一杯になった。
「心肺停止状態だ…。電気ショックの準備をお願いします!
 挿管準備、気道確保。酸素量を増やして下さい!」
南部はそう命令して医師が電気ショックを用意するのを待った。
ジョーの病衣を広げて、少し痩せたが逞しい胸を露わにする。
南部は祈りを込めて自ら電気ショックを施した。
「離れて!」
南部の腕に衝撃が走った。
心電図に変化はない。
「ジョー!戻って来い!このままでは助かっても植物人間になってしまうぞ!
 まだ君は僅か18ではないかっ!!」
南部は叫んだ。
チャージが終わり、2度目の電気ショック。
これも心電図は一瞬波打っただけですぐに1本の線に戻ってしまった。
「目盛を最大限に上げて下さい。鍛え上げている彼なら絶対に大丈夫です!
 万が一の事があれば…私が責任を負います」
驚く医師を尻目に南部はそう告げた。
「博士。貴方も感電するかもしれませんよ!」
「多少のショックなど構いません。彼を…ジョーをこんな事で死なせては私は一生後悔する!」
南部はそう言うと、チャージが終わるのを待って、最後のチャンスに賭けた。
南部の身体がテントに弾き飛ばされる程の衝撃があった。
もうこれが限界だ。
心電図は動かず…、もう駄目かと医師団が諦め掛けた時、心電図が不整脈ながらも少しずつ動き始めていた。
医師団からは歓喜と感嘆の声が上がった。
外から見ていた健は涙が溢れて止まらなかった。
南部博士は両腕が痺れているのか、それを気にした風でよろめくようにテントから出て来た。
長い溜息をつく。
健は思わず博士の身体を支えた。
「博士、大丈夫ですか?」
「うむ…、大丈夫だ。荒療治だが、これがジョーの回復の切っ掛けとなってくれる事を祈るよ」
健の顔を見て、南部が引き攣ってはいるが、久し振りの笑顔を見せた。

ジョーの意識が戻ったのはこの翌日の夜だった。
すぐには口が利けない様子だったが、やがて酸素吸入器が取れれば、少しずつ話が出来るようになるだろう、との担当医師の話だった。
酸素テントが取り外され、漸くジョーの痩せ細った姿が目視出来るようになった。
吸入器はまだ取れないが、ジョーはブルーグレイの強い瞳で健を見た。
健は1人ホッと溜息をつくのだった……。
そして、南部博士から預かっていたブレスレットをそっとジョーの左手首に嵌めてやった。
ジョーが少し照れたように笑顔を見せた気がした。




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