『国際潜入捜査〜番外編・戦線離脱』

怪我をして長期入院し、戦線離脱をせざるを得なかった経験はジョーの場合かなり多かった。
その度に不死鳥のように甦り、戦闘能力をアップさせて帰って来るのが常だった。
自分の身体の衰えを訓練によって克服し、これまで以上の能力を引き出して来るのだ。
その間の科学忍者隊…、特に健の心配は尋常ではなかった。
特に訓練を始める最初の内はかなり無理をしている事が多いからである。
だが、それは本人が身体能力を取り戻す為に急いでいる事に他ならない。
焦る気持ちは解るし、早くジョーに戻って貰いたい気持ちはあったが、無理をして早く復帰した事でまた傷口が開く、と言った事も以前にあったので、健はそれを憂えていた。
ジョーがただ無謀に訓練を再開しようとしているのではない事は知っていたが、「これなら動ける」と踏めばすぐに小さな事からでも自主訓練を始めるのがジョーの常であった。
彼にとっては戦線を離脱する事は死にも等しい。
それが後に自分の身体の不調を皆に隠す原因にもなったのだが、闘う事を、復讐心を生きる糧としている彼に、その自主訓練を止めろ、とは言えなかった。
その事によって彼は『生きている』からだ。
その気持ちを失ってしまったら、ジョーは生ける屍となる。
健はその事を良く知っていたからこそ、ジョーが夜中にこっそり病室を抜けて外に走り出るのを心配しながらも見守っていた。
「ジョーは今日も走り込んでいるのね…」
気が付くと横にジュンが立っていた。
「お前も気になって来たのか?」
「ええ…。ジョーのストイックさは、時には危険だわ。
 傷口を悪くする程の事はもうしないでしょうけれど、彼の一刻も早く戦列に復帰しようとする姿には鬼気迫るものがあるわ…」
ジョーはISO付属病院に転院してから、夜中になるとISO本部まで走っては、科学忍者隊の為に南部博士が借り受けている訓練室に出入りしていた。
「まだジョーはバードスタイルになってはいない。それだけの体力は戻っていないと言う事だ。
 本人もその辺りの事は解っている。だから俺は今の処黙って見守っているんだ…」
「そうね。自分の身体は自分が一番良く知っている筈。
 ジョーも無理をして、逆に復帰を延ばすような無茶はしなくなったって事ね」
「また病院に逆戻りになっては元も子もないからな。そこは考えてるみたいだぜ。
 ただ心配なのは夜中じゅう寝ないで訓練している事だ。
 まだ完全な体力に戻った訳ではないし、何より身体が痩せ細ってしまっている…」
「ジョーはまた筋肉を付ける事でそれを誤魔化そうとするわ……」
ジュンも心配そうに眉根を寄せた。
「健、毎晩見ているのでは疲れるわよ。今夜は私が代わるから帰りなさいよ」
「ジュン……」
「大丈夫。ジョーが突っ走ったら止める位の事は私にも出来てよ」
「解った。今夜はジュンに任せるよ」
健が微笑んで見せた。
訓練室の中では、ジョーが自動レーザー砲の襲撃を受ける訓練を始めていた。

ジュンが見た限り、ジョーの動きに危うさはなかった。
だが、心配なのはまだ変身しての訓練に移っていないと言う事だ。
3600フルメガヘルツの高周波にはまだ耐えられないと判断しているのか?
バードスタイルに変身出来ない内は、戦線復帰は難しい。
ジョーが見切りを付けて無理矢理にバードスタイルに変身するような事がないように、見張っておかなければ、とジュンは決意した。
ジョーはそれだけの深手を負っていたし、生命の危機を漸く乗り越えて幾日も経ってはいない。
だから健はストッパーとなる為に、この場所に日参していたのだろう。
だが、健もジョーと同時に傷を負っており、先に戦線復帰したとは言え、ジュンとしては余り無理をさせたくなかった。
これも健に恋する女心である。
ジョーが心配なのは解るが、自分の心配もして欲しかった……。
ジュンは上階にある監視室からジョーの訓練を見守っていた。
ジョーがレーザー砲の攻撃を見切って跳躍した時、ジュンは彼の動きに違和感を感じた。
ジョーはまだ背中に痛みを感じている!
そう思った時、ジュンは思わず自動攻撃装置のスイッチを切っていた。
「ジュン!」
ジョーが驚いている。
だが、立ち上がる事が出来ない程疲弊していた。
ジュンは思わず階下の訓練室に駆け下りた。
「無理をしちゃ駄目じゃない!」
「無理をしていたつもりは無かったんだ。だが、身体を捻った時に背中が痛んだ。
 それだけの事だ。レーザービーム砲を避けられない事はなかった……」
「ジョー、まだ無理なんだわ。
 焦る貴方の気持ちは解るけど、戦線復帰が遅れるような事になっては大変よ。
 今日は病院に戻りましょう」
ジュンが肩を貸そうとした。
「大丈夫だ。1人で戻れる。今日はこの位にしておくぜ。だから心配はするな。
 健にもそう言っておけよ。あいつが来ていたのも知ってるんだ」
ジョーはタオルを取って身体の汗を拭いた。
以前怒られた事もあり、ジュンが居る手前Tシャツは脱がなかったが、背中をたくし上げた時、痛々しく引き攣れた傷跡があった。
包帯は取れている。
筋肉質な背中が真ん中で縦に割れており、ごつりとした肩甲骨が見えた。
明らかに痩せているのがジュンにも解った。
「ジョー、ちゃんと食事は摂っているの?」
「まだ点滴と流動食だぜ」
「それじゃあ、まだ訓練を始めるのは無理なんじゃないの?」
「いや、動けるようになって来ている。大丈夫さ。見ていたんだろ?どう思った」
「動きに異常は無かったわ。でも、それでまだバードスタイルにはなれない理由が解った」
「バードスタイルにならない理由は、まずは生身でどこまで行けるか試したかっただけさ。
 もういつでもバードスタイルになれるぜ。……バードGO!」
ジョーはジュンの眼の前でバードスタイルに変身して見せた。
「別に何ともないだろ?」
ジョーらしい納得のさせ方だった。
「背中の痛みが落ち着いて来たらバードスタイルになって訓練するつもりだった。
 ジュン、おめぇも健も心配し過ぎだぜ。自分の身体の事は自分が一番解っているさ」
ジョーはすぐに変身を解いた。
「じゃあ、病院までランニングして帰るぜ。
 女の子を置いて行くのは心苦しいが、G−2号機がないんで送って行きようがねぇ。
 って、ジュンに限っては大丈夫か?」
ジョーが笑って、ジュンの額を指で小突いた。
「冗談が出て来る位ならもう大丈夫ね。私はバイクで来ているから心配要らないわ。
 ……病院まで付いて行きましょうか?」
「何言ってやがる。俺はお子様でも年寄りでもねぇ。
 途中で迷子になったり倒れたりしねぇから大丈夫だぜ」
「そう……。じゃ、気をつけてね」
ジュンは背中を向けて去って行った。
病院に戻ると言ったジョーだが、また計器盤に向かって訓練プログラムを入力し、訓練室へと引き返すのだった。
また訓練を始めていると、監視室からマイクで声が響いた。
「こらっ!付いて来ないから変だと思ったらやっぱり!」
ジュンが怒っている。
隣には帰った筈の健もいた。
「何だ、おめぇら帰ったんじゃねぇのかよ!?」
「心配で健がロビーに残ってたわ。健だってまだ完全に傷が癒えた訳じゃないのよ!」
「解ったよ……。結局は健、健…だな……」
ジョーは根負けした、と言うように両掌を上に向けて肩の辺りまで上げ、それからエアガンを仕舞った。
ジュンはジョーの最後の小さな言葉は聞こえなかった振りをした。
「ジョー、帰りも走るつもりか?俺のバイクに乗って行かないか?」
「いや、遠慮しとく。ジュンと2人で夜のツーリングでもして仲良く帰りな。
 俺はいつものように病院まで走りたいんだ」
ジョーはそう言うと、今度は先に立って訓練室を出るのだった。
彼が戦線に戻る日はもうそう遠くはない筈だ。




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