『果たせなかった約束』

「このブーメランを俺の心だと思って持っていてくれ。
 いいな。死んじゃ行かんぞ。必ずお前の手で返してくれよ、ジョー!」
健はジョーにこれまで肌身離さず持っていた大切な武器であるブーメランをそっと握らせた。
ジョーは薄っすらと眼を見開いたが、もう見返す力もないのか、「ああ…」と吐息を吐いて、すぐに瞳を閉じてしまった。
「ジョーっ!!」
健は迸り出る感情を抑え切れなくなり、ジョーの上半身を無理矢理に抱き起こすと、力を込めて掻き抱(いだ)いた。
「ジョー、死ぬな!解ったな?俺達が還って来るまで、必ず此処にいるんだぞっ!!」
健の言葉にジョーの返事は無かった。
恐らくは意識が朦朧としていたに違いない。
寄せては引く波のように彼の意識はこの世とあの世の境目を行ったり来たりしていたのだ。
意識が混濁して、何も解らなくなっていた。
だが、俺の声はきっと届いている筈だ……。
健はそう思った。
ギュッとジョーの手を握り締めた。
健は涙をそっと拭って立ち上がると、大声で啖呵を切った。
「それ以上近づくんじゃない!ギャラクター!」

カッツェが非業の死を遂げ、総裁Xは宇宙の彼方に消えた。
そして、ブラックホール作戦は辛うじて阻止された。
それがジョーの羽根手裏剣のお陰だとは知らない健達が地上に戻って来た時、ジョーは健との約束を果たさなかった。
ブーメランだけが其処に残っていた。
「どうしてだ……?ジョー。お前は約束を守る男だった筈じゃないか?」
健は頬を伝う涙をどうにも出来なかった。
「ジョーっ!!!」
健の絶叫がヒマラヤの山々に木霊した。
「どうして、俺達からお前と言う存在を奪った!?
 俺達を置いて、1人でもう2度と逢えない場所に逝ってしまったのか?」
健は大地に膝を着いた。
「健……」
ジュンが涙を流しながら彼の肩に優しく触れようとしたが、健は、
「すまない。暫くの間1人にしてくれ……」
と言って仲間の存在を拒否し、その場を動こうとはしなかった。
ジュンは止むを得ず甚平と竜とともにゴッドフェニックスが無事であるかを確認しに行った。
ジョーが死んだ事を誰もが認めたくなかった。
特に健はそうだろう、とジュンは思った。
誰もジョーの遺体を見ていない。
死に際の様子は見た。
誰の眼で見てももう助からないと解った。
だからと言って、ジョーの死は到底信じられるものではないし、信じたくもなかった。
「ジョー。貴方は本当に死んでしまったの……?」
歩きながらジュンの頬を大粒の涙が何粒も零れ落ちた。
「おいら、死んじゃいやだ、ってあれ程言ったのに……」
甚平は、ついに大地に膝をついて蹲ってしまった。
彼は残されていたブーメランを健の指示で元の場所に戻して来た。
「兄貴はジョーに返して欲しかったんだよね。
 だからあそこに置いて来いっておいらに言ったんだよね」
「そうよ……。あの場所にジョーを残す決断をしたのは健だわ。
 健の辛い気持ちは良く解る。暫く待っていて上げましょう……」
ジュンは涙を拭こうともせず、涸れるまで堪える事をしなかった。
涙が涸れて出なくなるまで、心の澱を流してしまおうと考えた。
心が壊れてしまいそうな喪失感がこう言うものであったと言う事を、彼女もまた改めて思い起こしていたのだ。
「おら、ジョーの詫び言なんて聞きたくなかった……。
 あいつ、最後の最後になってあんな事……。
 勝手に逝っちまいやがって、許さんぞい、ジョー!」
竜の叫びは風に乗って消えて行った。
「かっこつけやがって。死んぢまったら、もう何も出来ないじゃないか!
 ジョー!本腰を入れてレーサーになりたかったんじゃろうに!
 お前の夢はそのまま……果たせないままあの世に連れ去られてしまったのか!?
 馬鹿だよ、ジョー。おら達、これからやっと普通の青春を送れるチャンスなのに……」
4人の心には深い傷が抉られ、鉛よりも重たい苦しさが残った。
科学忍者隊は時に仲間を失う事も覚悟するようにと教育されて来た筈だったが、その部分だけは誰1人及第点は貰えないだろう。

ジョーは健の言葉を聞いていなかった訳ではなかった。
ただ眼を開けようとももうそんな僅かな動きすら出来ない程、身体に力が入らなくなっていた。
唇を動かす事も、頷く事ももはや彼には出来なかったのだ。
健が力一杯自分の身体を掻き抱いた事は解ったが、彼の身体は既に感覚を失い始めていた。
確かに手渡された筈のブーメランは、健達が敵基地に突入した後の大きな地面の揺れで、彼の手からいとも簡単に滑り落ちてしまった。
だが、それを探す事が彼には出来ない。
身体は言う事を利かないし、彼は視力を失い始めていた。
(健……すまん……約束は果たせそうにねぇ……)
辺りは一面薄暗く、段々と光が失われて行った。
(あいつらの顔を最後に見る事が出来て良かったぜ…。
 これで奴らの顔を忘れずに覚えたままで逝ける……)
心の中で健に詫び、こう述懐したジョーは、もう自分の人生に何も悔いる事はなかった。
一点の曇りもなく、自分は『生き抜いた』と思う事が出来た。
(これでいい…。これでいいんだ……)
そう思った時、強い爆風に全身を吹き飛ばされて何もかもが解らなくなった。

どの位経ったのかは全く解らなかった。
彼が気付いた時には同じような草原にいたが、どう考えても違う世界だったし、その手の中にはやはりブーメランは無かった。
(此処は地獄か?)
ジョーは思った。
「約束を果たせなかったな。健、許せよ……」
思いも掛けず声が出た。
その途端に身体も自由になった。
気が付けば痛みや苦しみからも解放されていた。
段々と周囲が明るくなって行くのが彼には眩しく感じられた。
懐かしい雰囲気が漂っていた……。



※この物語は『ファンタスティックコレクションNo.1 科学忍者隊ガッチャマン』に収録の最終回の脚本を元にした小品です。
172◆『その場所で〜再会』に続くような作品となっております。




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