『野苺ジャムの味』

「ジョー、こないだは有難う」
『スナックジュン』のカウンターの中から良い香りが滲み出ている。
ジョーが注文したコーヒーをジュンがミルで挽きながら突然礼を言ったので、ジョーは戸惑った。
「あ?」
新聞を読んでいた彼が紙面から顔を上げた。
母国語の新聞だった。
「甚平と銀行強盗を退治した日の夜の事よ。
 外でバーベキューをしてハンモックで寝たって、それはそれははしゃいで帰って来たわよ」
「そうかい。そりゃあ良かった」
「健だったらそうは行かないわね……。ジョー、これを持って行って」
ジュンが冷蔵庫から出して来たのは瓶に入った手作りのジャムだった。
「あの子、帰りに野苺を沢山摘んで来たのよ。それでジャムを作ったの」
「作ったの、って、甚平が、だろ?」
「まあね…」
ジュンがぺろりと舌を出した。
「美味しいわよ。瓶に沢山出来たから、みんなにも分けるつもり。
 ジョーには特別に2つ上げるわ。それと、このコーヒーは私の奢り。せめてものお礼よ」
「へぇ〜。じゃ、有難く戴くとするぜ」
ジョーは受け取った瓶を手に取って眺めた。
「お店のメニューにも出してるの。お客様にも好評だわ。
 ジョーも食べて行く?野苺ヨーグルト。これも奢るわよ」
「ああ…。それなら喰ってもいいな」
ジュンはそれを聞いて少し表情を曇らせた。
「ジョーはこの頃、余り食べないわね。
 甚平も言ってた。この前のバーベキューもそれ程食べなかったって」
「なぁに、レースが近いから減量してるだけさ」
「嘘っ!」
ジュンはつい声を張り上げた。
甚平は買物中、客はジョーだけだったので、それを聞き咎める者は居なかった。
「ジョーがそれ以上痩せる必要がないって事は誰もが知ってるわ。
 食べないんじゃなくて、食欲がないんじゃないの?」
「あん?そうなのかね?」
「何すっ呆けてんだか。この気候の良いユートランドで夏バテ?」
ジョーはジュンが自分にとって都合の良い誤解をしてくれている事に気付いた。
「そうかもしれねぇな」
「だらしがないわね。……と言うより、博士の護衛を少しは健や竜に振ったら?
 疲れも原因かもしれなくてよ」
「だったら暇さえあればサーキットに出向いたりしねぇさ。心配すんなって」
「全くストイック過ぎて心配になるわ。はい、野苺ヨーグルト。美味しいわよ〜」
「へへっ、これぐれぇならジュンでも出せるな」
「あら、言ったわね!」
「言ったさ!」
2人は思わず笑い合った。
「何笑ってるの?2人とも」
そこに紙袋を抱えた甚平が戻って来た。
「あら、甚平。ご苦労様。それはこっちへ頂戴。
 今、甚平が作った野苺をジョーに試食して貰う処よ」
「ああ、ジュンの奢りでな」
「おいら、ジョーの兄貴に栄養をつけて欲しくってさ。
 その野苺は本当はジョーの為に採って来たんだ。
 張り切って沢山採り過ぎちゃってお客さんにも出してるんだけどね」
「これ、ケーキに入れて焼いても旨いんじゃねぇか?」
ジョーが一口食べてその芳醇な香りと甘酸っぱさを味わってから言った。
「あ!それ、名案!ジョーの兄貴、一緒に作ってみる?」
「悪いが遠慮しとく。これからISOに行かなければならねぇんだ」
「あら、また博士の運転手?」
「それもあるが、ついでに訓練室にも寄って来ようと思ってな」
「ジョー、またそれ?少しは休息を取ってね」
ジュンが心から心配そうに言った。
ジョーはいつもの癖で尻ポケットから財布を出したが、ジュンに「今日のは全部奢りだって言ったじゃない」と言われてそれを引っ込めた。
「じゃあ、ご馳走になっておく。旨かったぜ、甚平」
甚平の頭に優しく手を置くと、ジョーは出て行った。
「今度は野苺ケーキを焼いておくから、出来るだけ近い内に来てね!」
甚平の声に、ジョーは後ろ向きのまま手を挙げて承諾のサインを送った。




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