『チーム護衛(4)/終章』

「健!俺は遊軍に回る。しっかりやれよ!」
ジョーはジュンの敵と闘いながら、健にも声を掛けた。
「解っている!」
健は余裕は無かったが、敵とは互角に闘っていた。
「手甲と膝に注意しろっ」
「ああ、さっきからそれに梃子摺っている…」
健も同様の攻撃を受けていたらしい。
だとすれば、ジュンの傷も手甲から出た超鋼カッターで切られたのだろう。
傷は浅そうだが、出血が多いのは、あのギザギザした刃のせいだ。
「ジュン、少し後方に下がってろ。すぐには出血が止まらねぇかもしれねぇ」
「今、止血をしているわ。じきに止まると思う」
ジュンの白い手袋が赤く染まっていた。
「くそぅ!健の奴、ジュンをしっかり守ってやれよ!」
ジョーは思わず呟いた。
健には聞こえなかったが、ジュンにはそれが聞こえていた。
ジュンは一瞬だけ涙を浮かべた。
そして、電磁ヨーヨーを手に立ち上がった。
「無理するな。出血が酷くてふら付くんだろ?」
「いつもジョーが傷を受けた時はこんな風になるんだ、って良く解ったわ…」
「冗談は後だっ!」
ジョーは跳躍し、ジュンと闘っていたブラックバードのふくらはぎを爪先で直撃した。
エアガンは先程ロープ代わりに使ってしまった。
外して来る暇がなかった。
ふくらはぎ蹴りは敵になかなかの衝撃を与える事が出来た。
その隙に既に羽根手裏剣が飛んでいる。
見事喉元に命中していた。
しかし、ブラックバードはそれでも斃れない。
「なかなかしぶとい奴らだぜ…」
ジョーは健と背中合わせになった。
「ジョー、1人倒して余裕じゃないか?」
健がニヤリと笑った。
「へへっ、余裕なんてある訳がねぇだろ?とにかく思いっきり暴れてやろうじゃねぇか?」
「ああ、行くぜ、ジョー!」
健の言葉を合図に2人は左右に散った。
ジョーの羽根手裏剣を喉に喰らったブラックバードは既に息も絶え絶えだった。
敵とは言え気の毒なので、ジョーは止(とど)めを刺してやろう、と思った。
彼はそこで芸術的な羽根手裏剣捌きを見せた。
全く同じ場所にもう1本の羽根手裏剣を投げ付け、見事に命中させたのである。
2本目の羽根手裏剣を浴び、1本目の羽根手裏剣が更に喉元深く突き刺さったブラックバードはついに絶命した。
(すまねぇな…。敵と味方分かれて闘っている以上、仕方のねぇ事さ……)
だが、少しどす黒い感情がジョーの喉元に湧き上がった。
一瞬吐きそうになったのを堪えた。
(『負の部分は引き受ける』なんて言っておきながら、やっぱり俺も人の子、って事か…?)
ジョーは自嘲的に笑った。
その頃、健ももう1人のブラックバードを片付けに掛かっていた。
健はブーメランで少しずつ戦力を削いで行く手法を採って、確実に敵を追い詰めて行った。
彼は殺さなかったが、相手を2度と闘えない身体にした。
一旦切れると怖い健だが、出来る限り自分の手が血塗られる事を拒んでいる。
それが普通の感情なのだ、とジョーは思った。
(だが、やはり俺がやらなきゃならねぇんだ……)
ジョーは自分の両手を見ながら内心で呟いた。
彼が科学忍者隊としての『負の部分』を全て1人で背負おうと決意し直した一瞬であった。

3人は会議場の中に戻った。
甚平と竜が2人の男を捕縛していた。
「ご苦労。お陰で片が付いたよ」
南部が労ったが、ジュンの傷を見咎めた。
「ジュン、怪我をしたのか?大丈夫かね?」
「はい、傷は浅いのでご心配は要りません」
「博士、国連軍が廊下を『掃除』するまでは、此処の皆さんは出ない方がいいと思いますよ」
ジョーが少しぶっきらぼうに言った。
危険な物、おぞましい物には眼を覆う。
そう言った連中ばかりだ、とジョーは心の中で罵った。
いつも厳しい思いをし、胸を痛めるのは現場で闘う人間なのだ。
その役目を進んで引き受けるジョーに、南部博士は感謝していたが、その反面苦しんでもいた。
それは彼の復讐心がさせている事だと博士が気付いているからだろう。
「会議を続けられるのでしたら、もうこれで俺達は失礼します」
健が告げると、アンダーソン長官が言った。
「今日の会議は延期としました。貴方達のお陰で機密事項が漏れずに済んだ。
 感謝しますぞ」
長官が健に握手を求めて来たので、健は恐縮しながらそれに答え、それから5人揃って会議場を出た。
ジョーは国連軍がブラックバードを捕縛しに来たのを見て、一番最初に倒した男をワイヤーを使って吊るしていたエアガンを回収した。
「うわぁ〜。派手にやったねぇ!ジョーの兄貴!」
羽根手裏剣が刺さっているので、誰がやったかは一目瞭然だった。
「やらなきゃやられる。そう言う状況だった…。俺にも余裕が無かったのさ」
ジョーは眼を閉じて答えた。
健が少し驚いたような顔をした。
彼にはジョーが余裕で行動しているように見えていたのだ。
「それよりお姉ちゃん、怪我は大丈夫?」
「ええ、甚平。心配は要らないわ」
「健、早いとこ手当てをし直してやれ」
ジョーは甚平と竜の背を押して、先にフロアから姿を消した。

ジュンの傷は縫合が必要だったが、大事には至らなかった。
傷も残らないだろう、と言う事だった。
女の子にとっては重大な話である。
科学忍者隊の男4人はホッとした。
「ブラックバード……。初めて対峙したが、手強かったぜ」
ジョーが思わず述懐する程、今回は危ない任務だった。
「さすがに疲れた。悪いが先に帰るぜ」
G−2号機を大型潜水艇に載せて、ジョーは先に家路に着く事にした。
「実はあれでジョーは結構参っているんだと思う……」
健が呟いた。
「あいつはこの前の任務で、俺に『負の部分は自分が全部背負う』と言い切った。
 今もその気持ちに変わりはないだろう。
 だが、果たしてそれであいつは傷付かないのだろうか?
 俺は本当の処は深く傷付いているんじゃないか、と思っているんだ」
「ジョーは一見精神が強そうだがのう。
 それだからこそこれまでも危ない処を何度も潜り抜けて復活して来たんだとおらは思うけんど…」
「それもそうだけど、ジョーは人に弱みを見せないわ。
 本当は『隠している』だけなのではないかしら?」
左腕を三角巾で吊っているジュンが遠ざかるジョーの背中を見つめた。
「ジョーの兄貴って、冷たそうに見えて本当は優しいもんね」
「そう、陰で私達の事を守ってくれているのよ。
 今日だって、ジョーの羽根手裏剣に守られたわ」
「あいつはあの目まぐるしい闘いの中で、全てを見切っているように俺には見えた。
 俺には見えなかった事も、奴は見ていた……。
 今日のジョーには鬼気迫るものがあったな。
 死線から立ち上がって来る度にあいつが強くなって還って来るように俺には思える」
健が哀しそうな眼をした。
「それで、いいのだろうか?
 ジョーは自分で自分をどんどん追い詰めているんじゃないだろうか?」
強い不安に襲われた。
「俺達を傷つけまいと、自分1人で全部背負おうとしているように見えて仕方がないんだ!」
健は壁を殴りつけた。
ジュン達にはその健の痛みと苛立ちが伝わった。

激しい闘いは終わった。
だが、科学忍者隊はこれから益々厳しい闘いの中に身を置く事になるだろう。
窓際で海底を見つめている彼らの背中をそっと南部が見ていた。
多感な時期の彼らをこうして傷つけているのは自分自身なのだと、南部は改めて気付き、そして内心懺悔していた。
(ギャラクターが滅びたら科学忍者隊は解散させてやろう…。彼らの青春の為に。
 もう、遅いかもしれんが、失った青春を補ってやるべき道があるのなら、私は喜んでそれをやろう)
南部がその夜、アンダーソン長官に招かれて飲んだ酒を本心からほろ苦いと思った。
それが彼の心を代弁しているかのようだった。




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