『ツーリング』

ジョーは夜半、トレーラーハウスの小さな倉庫からバイクを取り出して、久々に整備をしていた。
翌日は休暇で、健に誘われツーリングに行く事になっていたのだ。
普段は殆ど乗る事がないバイクだが、ジョーは免許を取ってすぐに初めての愛車と共に手に入れていた。
Gー2号メカがある今、初めてバイトをして買った愛車は博士の別荘の駐車場に置きっぱなしだが、バイクだけはトレーラーハウスに収納してあった。
最新式ではないが、ぽんこつと言う程ではない。
彼が免許を取れる年齢になって、まだ数年しか経ってはいないからだ。
一般的に日本では16歳の誕生日からバイクの免許を、18歳の誕生日から車の運転免許を取れる事になっているが、南部博士の計らいもあって彼は国際特別免許を早い段階で取得していた。
それでも現在18歳の彼にはほんの数年前の出来事であった。
国際A級ライセンスも手中にした彼は車の方に夢中になった訳だが、バイクの運転技術も大したものだった。
因みにプライベートレーサーとしてレースに出場するようになって、纏まったお金が入るようになった彼は、最初の愛車もバイクも、既に全てのローンを払い終えていた。
南部博士を保証人としていたので、彼は一刻も早く返し終えてしまいたかったのである。
早くから一際独立心が強かった彼に、南部は本心から驚いたものだ。

それにしても健がツーリングをしようなんて言って来るのは珍しい。
科学忍者隊として活動を始めてからは、特にそうだ。
正直な処、野郎同士で行くよりもこう言う時こそジュンを誘ってやりゃあいいのに、全く気の利かねぇ奴だ!と思ったが、何か任務を離れて話したい事でもあるのかもしれないと思い直して、彼は健の誘いに乗る事にしたのだ。
バイクには暫く乗っていなかったが、メカニックに几帳面な彼は定期的なメンテナンスは行なっていたので、燃料にも問題はないし、整備にはそれ程時間を必要とはしなかった。
倉庫に格納されていたバイクは少しだけ埃を被っていたので、それを丁寧に拭き清め、部品にオイルを吹き付けてやる程度で整備は完了した。
その夜はG−2号機の横にバイクを停めた。
(バイクで遠出をしている時に任務が入らなけりゃいいがな……。
 戻って来てG−2号機に乗り換えるのが面倒だ。
 一体健は俺をどこに連れて行くつもりなのやら?
 そうだ。G−2号機にバイクを積んで、健の飛行場まで行くとするか?)
ジョーは両手で首を支える形で仰向けにベッドに転がり、考え込んでいたが、思い立ったらすぐに行動、とばかりにトレーラーハウスを出て、G−2号機の上にバイクを取り付ける作業を始めた。
(何故今更俺なんかをツーリングに誘いやがったんだ…?)
未だにその考えが頭から抜け去らなかった。
特に任務で対立するような出来事もこの処起こってはいないし、健に説教されるような材料を与えたような心当たりは全く無い。
(何だか気持ちがわりぃな……)
そう思ったが、とにかく明日の為に眠る事にして、ジョーは室内に戻り、ベッドサイドの照明を落とした。

翌朝、ジョーは約束通り健の飛行場へと訪れた。
すると驚いた事にジュンも来たではないか?
ジョーは呆れ果ててしまった。
「俺はただの邪魔者じゃねぇか!」
と彼はすっかりお冠だ。
「何でお前が邪魔者なんだ!?」
健は不思議そうに首を傾げている。
ジョーは思わずジュンと顔を見合わせた。
「気分が悪くなって来た…。俺は帰って休むからどこだか知らんが2人で行って来い」
(相変わらずトンチキな野郎だぜ…。ジュンも可哀想に。
 彼女は健と2人だけだと思っていたかもしれねぇのによ……)
「大丈夫?ジョー。私に気を遣っているのならいいのよ。
 健は見せたい物があるみたいだから……。きっとそれで貴方も誘ったのよ」
ジュンはジョーが本当に体調が悪いのではない事をすぐに見抜いた。
だが、ジョーはそれでじゃあ俺も…となるような単細胞ではなかった。
「いや、2人で行って来い…」
「ジョー、お前にも見せておきたいんだ。甚平と竜にも先日時間が取れたから見せたんだ」
「ああ、チラッと聞いたわ」
ジュンはそれ以上語らなかった。
これからその場所に連れて行かれるジョーに、予備知識を与えない方が良いと判断したからだ。
そう言った処の気遣いに優れた女の子だった。

風を切って走るツーリングは気持ちが良かった。
たまにはバイクも良いものだな、とジョーは思った。
「いつも車ばかりだから、ジョーには新鮮でしょ?」
信号で停まった時にジュンが言った。
「そうだな。悪いもんじゃねぇな」
「そうそう、甚平に言ってサンドウィッチを作らせたから、どこかでお昼にしましょう」
「そう言うのも特にジョーには新鮮なんじゃないか?」
健が笑顔を見せた。
「いつもは『スナックジュン』かサーキットのレストランか自炊、って処だからな。
 でも、甚平に早起きさせちまったのは可哀想だったな。
 言っておいてくれれば何か用意したのによ」
ジョーは簡単な料理ならば母親に仕込まれている。
サンドウィッチ位なら俺でも作れたものを…、と思った。
信号が青になったので、会話は中断した。
やがて空気の良い森の中に入った。
ジョーは普段の闘いの日々で澱んだ気分が晴れて行くような気がしていた。
森を走って行くと木々が途絶え、断崖になっている部分があった。
草花が美しく生え、まるで花畑のようだ。
花畑の手前で3人はバイクを停めた。
花を踏まないように気をつけながらその断崖に向かって歩いて行くと、少しずつその下にある町並みが見えて来た。
健が見せたかったものはこれだったのだ。
「見ろよ。解るか?此処はタートルキングにやられた街並みだ。
 どうだ?すっかり復興しているだろう?
 俺がお前達に見せたかったのはこれだ。
 ゴッドフェニックスから見るのとは違って見えるだろ?」
タートルキングは科学忍者隊の初戦で闘ったメカ鉄獣だった。
健が大きく伸びをして、新鮮な森の空気を吸い込んだ。
復興した街がパノラマのように広がっていた。
ジョーは思わず溜息をついた。
「人間の力ってのは凄いだろう?ジョー、ジュン」
「ああ……」
ジョーはそれしか答えられなかった。
「私達の闘いは決して無駄ではないのね。
 こうして被害を受けた人々は逞しく立ち上がるのね……」
ジュンは少し涙ぐんでいた。
「そう言う事だ。確かにギャラクターによる人々の犠牲は大きい。
 だが、俺達が1つ1つ奴らの基地を潰して行けば、いつかはそれが奴らの壊滅へと繋がる」
健が青い眼を力強く光らせた。
「毎日闘いに明け暮れる事は決して無駄ではないって事だ。
 俺もこれを見て吹っ切れた」
「だから俺達を連れて来たって訳か?」
ジョーが呟いた。
「俺は最初から吹っ切れてるぜ。だがいい物を見せて貰った。
 じゃあ、俺はこれで失礼するぜ。
 2人で甚平の手料理をのんびり食べて、ゆっくり帰って来い」
「何だよ、ジョー。一緒に食べて行けばいいじゃないか?」
「サーキットで飛ばしたくなっただけさ」
とジョーはもう2人に背中を向けていた。
ジョーがジュンを健と2人にしてやりたいと願っている事は充分過ぎる程ジュンに伝わった。
ジュンはその気遣いに涙が零れそうになった。
「ジュン、何泣いているんだ?」
トンチキが訊いて来た。
「街の復興が嬉しいだけよ」
ちょっと突き放すように答えるジュンであった。




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