『Kissまで3cm』

「ジュン、今がチャンスだぜ」
この店のツケ常習犯は寝不足なのか、ボックス席で無防備にも居眠りを始めていた。
「チャンスって?」
「このトンチキ野郎の唇を奪っちまうのさ。俺達はこっちを向いてるからよ」
ジュンはジョーの言葉に真っ赤になった。
「そんな事出来る訳ないじゃないっ!」
だが、ジョーは本気のようだった。
「このままじゃいつまで経っても進展しねぇぜ。それでいいのか?
 科学忍者隊は外部の人間と色恋をする事は出来ねぇが、おめぇは『内部』の恋なんだから問題ねぇだろ……」
「んだ。羨ましいぞい。おらだってキスなんてした事がねぇぞい」
「そりゃそうだろ?恋人も居ないんだろ、竜」
甚平が竜をからかった。
この2人はなかなか良いコンビである。
「ジョーの兄貴はキスした事、あるの?」
「えっ?」
ジョーは固まった。
「まさか、ないとか…?」
竜がニヒヒヒと下品に笑った。
「そんな訳ないよな〜。ジョーの兄貴はモテるもん」
「俺は相手にしねぇからな…。任務があるから本気にはなれない」
「じゃあ、本気じゃないキスはあるんかいのう?」
「……祝勝会で酔った女に言い寄られた事はある。だが、避(よ)けた……」
ジョーの頬が赤くなった。
「何で俺の告白大会になってるんだよ!そうじゃなくて、今はジュンだろ?」
「尤もだ…」
竜が頷いた。
「ガッチャマンがこんなに無防備なのは眠っている時だけだぜ」
「駄目よ。そんな事をしたら健に嫌われるわ」
ジュンは首を縦に振らなかった。
「でも、夢にまで見てるんじゃないの?兄貴との甘〜い口付けを……」
「甚平!」
調子に乗った甚平はジュンに叱られ、拳が頭に落ちて来た。
「全くマセたガキだな…」
さすがのジョーも呆れた。
「だがよ、ジュン。こんなチャンスは滅多にないぜ。
 俺達が健を取り押さえでもしなけりゃな。そう言う訳には行くまい。
 おめぇの恋を進展させるには、少しは健に『おめぇを意識させる』必要があるんだ」
「でも……」
「つべこべ言うな。俺達の心配が解らねぇのか?」
「わ…解ったわ……」
「甚平、こっちを向いてな」
ジョーはカウンターから出て来ていた甚平の頭をくるりと回し、自分達も顔を向けないようにした。
「ジュン、早くしちまえ!」
「え……ええ……」
ジュンはドキドキと心臓の動悸が止まらなかった。
夢にまで見た健とのロマンティックなキスをこんな形でしてしまって良いのだろうか?
健の唇まで3cmと迫った時、ジュンは動きを止めた。
そしてジョー達の元に戻って来た。
「やっぱり私は自分からするより、して貰うのがいいわ。
 ジョーも覚えておきなさい。女の子の気持ちってそう言うものよ」
ジョーはしてやられた、と言う顔つきになった。
「ジョーはもっと女の子の気持ちを解ってると思ってた……」
ジュンが急にむくれた。
「……そりゃあ、嗾(けしか)けて悪かったな。悪く思うなよ」
ジョーは眼を落とした。
「でも、私達の事を心配してくれている事は良く解ってる。有難う、ジョー……」
ジュンはジョーに背を向けたままで呟くように礼の言葉を言った。
それから振り返ると急に明るい顔になった。
「それにしても、ジョーの告白が聴けて得した気分よ」
「おい……」
「そうよね。女性の方でジョーの事を放ってはおかないわよね。
 だから、今の発想が出たのね」
ジュンがうんうんと頷く。
「でも、どうして避(よ)けたの?」
「何で逆質するんだよ!?」
ジョーはうろたえた。
「いいから!」
ジュンの眼が怖かった。
さすがのコンドルのジョーにも怖いものがあったか……。
「けっ!化粧の濃い、香水をプンプンさせた女だったからさ!」
「なる程、ジョーの兄貴はそう言う女の人は嫌いだ、と……」
「馬鹿!甚平!メモを取るな!」
竜がそのやり取りを聞いて大声で腹を抱えて笑ったので、健が眼を覚ました。
「どうしたんだ?賑やかじゃないか?」
「兄貴、ジョーが嫌いなタイプの女の人の話をしてたんだよ」
「意外だわ。そう言う人、嫌いじゃないと思ってた……」
ジュンが驚いている。
「俺はケバケバしい女は嫌いさ」
「ああ、ジョーは清潔好きだからな。そう言った女性は『不潔』に見えるらしいぜ」
健が解っているかのように呟いた。
「不潔って…汚い、って言う意味じゃないと思うけど?ねぇ、ジョー」
「まあな」
やっぱり健は解っていない、とジュンは少し呆れた。
まあ、仕方がない。
こんな男を好きになってしまったのは自分なのだ。
いつか甚平に「ジョーの兄貴を好きになった方が大切にしてくれるんじゃない?」と言われた事がある。
確かにそうかもしれない、とジュンは思った。
だが、ジョーは闘う事だけに専念したいのか、女性との接触を絶っているように見える。
モテるようでいて、自分からは女性に入れ込まないように、『好きにならないように』心を制御しているのだ、と言う事もジュンには解っていた。
だから、女性に迫られるのは心底困るだろう、とジョーに同情するジュンであった。
「ジョーは年上キラーだものね。気をつけてね」
「まさか、投げ飛ばす訳にも行かねぇから苦労するのさ」
ジョーが唇を曲げた。
「おら、そんな苦労なら1度でいいからしてみたいわ」
竜の嘆きが聞こえた。
「何だか、ジュンを嗾(けしか)けるつもりが俺がネタにされちまったようだな。
 面白くねぇ。けぇるぜ!」
ジョーは代金をカウンターに置くと1人ポツリと出て行ってしまった。
「難しい年頃だわさ」
黙って見送った竜が呟いた。
「何言ってんの?私達みんなそうよ」
「ジョーは何を嗾けたんだ?」
何も知らない健が墓穴を掘った。
「ツケを貯め込んでいるトンチキさんに悪戯を仕掛けるようによ!」
ジュンがプンプンしていた。
「ジョーの奴……」
「ジョーが悪いんじゃないわ。さ、甚平、今日は看板にしましょ」
「え?もう?珍しいね……」
「いいから。ほら!健も竜も帰って!」
乙女心は複雑だ。
ジョーが掻き回した処で、健が更に追い討ちを掛けた。
だが、ジュンは解っている。
少し乱暴だったが、ジョーにとってはあれが自分に対する思い遣りの表現だったのだと言う事を。

ガレージに移動したジョーは内心で呟いていた。
(今の俺には女なんて必要ねぇのさ。恋なんて糞くらえだっ!
 自分の事はギャラクターを倒すまではお預けさ!
 だが、ジュンの事は応援してやりたくなるから不思議だぜ…)
G−2号機のエンジンが快調に唸った。




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