『試射室(1)』

三日月基地の司令室は今日も窓の外に優雅に魚達が泳ぎ、機械音が規則正しい音楽のように聞こえていた。
別荘ではなく、其処に呼び出される時は5人揃っての出動命令の時だ。
だが、今日はジョー1人だった。
バードスタイルで窓の外を眺め乍ら、どうしたのだろう?と他のメンバーが現われない事を訝しがっていた。
「ジョー、待たせて悪かったな」
と言って入って来た南部博士の後ろにはまたもやレニック中佐の姿があった。
「この前特大バズーカ砲を使って貰ったが、ISOでまた更なる強力兵器を開発し、国連軍選抜射撃部隊に3門を持たせる事になった」
「え?失礼ですが、あのバズーカ砲は誰にも取り扱えなかったと聞いていますが……」
ジョーは怪訝そうに南部に問い、レニックの顔を眼光鋭く見やった。
「そうだ。砲身が重く、反動が強かった為に彼らには取り扱えなかった。
 あれは万が一の時、君に使って貰おうと用意してあったものなのだ」
「何ですって?そんな事は聞いていませんでしたよ」
「あの時は緊急的に使ったので、君に説明をしている暇はなかったのだ。
 それで、国連軍にも扱える物を、と開発して来たのがこれだ」
南部がスクリーンのスイッチを押した。
以前の任務でジョーが取り扱った150mmのバズーカ砲と並べた写真だ。
比較してみると良く解るが、大きさはかなりハンディーなサイズに作られている。
「随分小さく出来たものですね。これであの威力を出すと言うのですか?」
「うむ。どうやらそうらしいな…。
 技師達は反動を軽くする研究に研究を重ね、ついに試作品が完成したと言う訳だ」
「で、俺にそれを試射せよ、と言う事なんですね?」
「その通りだ。さすがに察しが早いな」
南部が呟くと、レニックが前に進み出ていた。
「その変身を解きたまえ。国連軍選抜射撃部隊は生身だ」
少しは和らいで来たものの、相変わらず不遜な態度だ。
ジョーはフン、と反発を覚えたが、南部が頷いて見せたのを見て、仕方なく変身を解いた。
レニックにはとうに正体を悟られていた。
「ジョー、君はこれからレニック中佐とともにISOの特別試射室に行って貰う。
 勿論私も行く。何か急な出動があると困るのでG−2号機に乗せて行ってくれたまえ」
「私が車で先導する」
レニックは驚く程素っ気無く言い、踵(きびす)を返した。

「レニック中佐は相変わらず君の腕を欲しがっているようだ…」
潜水艦の中でそれぞれの車に分乗して海上へ浮上している間に南部がそう呟いた。
「解っています。でも、俺にはその気がない事もあの人は知っていますよ」
「だろうな。今や科学忍者隊のコンドルのジョーである事もあの人は知っているからな…」
「すみません。動きで感づかれるとは俺の失態でした」
「まあ、あの人も軍人だ。それ位は鋭くなければ軍の選抜射撃部隊の隊長は務まるまい」
「はぁ……。俺は未だにどうもあの人が苦手ですね」
「ははは、ジョーにも苦手があったか…」
南部は珍しく笑った。
本来は専門外の筈だが、ISOが設計に絡んだ兵器の為、彼も出張って行くつもりになったのだろう。
やがて潜航艇は海上へと出た。
これからは地上を走る。
「今日向かうのはISO本部ではない。ISOの外部機関にある特別試射室だ。
 試射室と言っても、国際競技場並みの大きさがある。
 それでなければ、今回の兵器は使えないのだ」
「それ程の兵器を国連軍に配備すると言う事は、対ギャラクター効果を考えての事ですか?」
「まあ、そう言う事だ…」
「これで大丈夫なんですかね?
 撃ってみなければ何とも言えませんが、たった3門だけでは…」
「レニック中佐は君の試射の様子をチェックして検討した上で、状況によっては追加発注をするに違いない」
南部は腕を組み、右手の人差し指をとんとんと動かしている。
本来は兵器の開発よりも、マントル計画に時間を割きたい人だ。
余りこう言う仕事は好かないのだろう、とジョーは思った。
だが、ギャラクターを叩かねばマントル計画どころの騒ぎではない。
だからこそ、南部博士はギャラクターと言う組織に対抗すべく科学忍者隊を誕生せしめたのである。
「なる程、そう言う事ですか……」
「まあ、君と自分の部下とを同等には見ていない。あの人はそう言う人だ…。
 君との力量の差についてはちゃんと認めているのだよ。
 その辺りは考慮に入れた上であの兵器を導入するかどうかを決める事だろう」
「とにかく俺はあの新兵器をぶっ放してそれなりに感想を言えばいいんですね」
「そう言う事だ。ご苦労だが付き合ってくれたまえ」
「博士に言われては嫌だとは言えませんよ」
ジョーは後部座席に振り向いて笑って見せた。
「随分と郊外を行くようですね」
「うむ。街中では出来んテストだからね」
「博士。お疲れでしょう。暫く眠られてはどうです?」
ジョーはふと南部の眼に疲れを見て取ってそう言った。
自分の体力で南部を計っては行けない。
年齢を考えたら自分が生まれた時既に30歳を迎えていた人なのだ。
博士はダンディーでいつもポケットチーフを入れているようなお洒落感覚も持ち合わせており、お腹も出ていないスリムな体型をしている。
それに、白髪も見当たらないが、50歳近い身体にはその年齢なりの疲れがあるのは当然だろう、とジョーは漠然と思った。
漠然としか思えないのは、彼の年齢では仕方がない。
それに周りには若者しかいない。
レーサー仲間でも、30代半ばから後半が最年長だ。
その彼らを見ていても、そろそろ体力的にレースはきつそうだな、と思う位なので、南部博士のような高名な学者が、休みなく頭脳労働を続ける事も相当な疲れが溜まるだろうと推測が出来た。
学者は頭脳労働を厭わないものだが、そこまでの機微はジョーには解らない。
「ジョー、私の事は心配せんでもいい。外の風景を見てみたまえ。緑が美しい…」
「博士、俺はいつもこんな中にトレーラーハウスを置いて暮らしているんですよ。
 この風景は俺よりも博士にとって新鮮なんじゃありませんか?」
流れ行く道の左右には見事な白樺並木が続いていた。
こう言った場所に来る機会はもう久しくない南部であった。
精々別荘で寛ぐ時間だけが、多少の自然に触れられる時間だったが、その時間も今ではそれ程多くは無かった。

やがて、無機質なコンクリートの四角い建物が見えて来た。
レニック中佐の車が建物の入口前にある駐車場に停まったので、ジョーもそれに倣ってG−2号機を停めた。
「博士、まだ車から出ないで下さい」
ジョーはそう言うと、自分だけが警戒しながら外に出た。
周囲を充分に俯瞰する。
どこに博士を狙う狙撃者がいるとも限らない。
油断のない眼を辺りに光らせた。
どうやら大丈夫なようだ。
「博士。大丈夫でしょう。どうぞ」
ジョーが中の南部博士に声を掛け、博士は漸くシートから解放された。
「さすがにどこでも警戒心は忘れないのだね」
レニックが感嘆したとばかりに言って、ニヤリと笑った。
「ISOの施設だからと言って安心は出来ませんからね」
ジョーはベルク・カッツェの手口を散々見て来た。
このレニックでさえ、本物であるかまだ彼は疑っていたのである。


※このストーリーは060◆『国連軍特別訓練』、081◆『スカウト』、120◆『特大バズーカ砲』の続きとなる為、レニックが大佐になる前の話です。




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