『試射室(4)/終章』

健達が飛び込んで来た入口の扉は開けたままになっていた。
ジョーはそこを背にして立っている事になる。
カッツェを前にしながらも、新たな援軍が来る可能性もあり、後方にも神経を配らなければならなかった。
四方に神経を張り巡らせる事には慣れている。
だが、今はとにかく眼の前のベルク・カッツェを何とか料理したかった。
いつもこいつには煮え湯を飲まされている。
いざカッツェを前にするとその事で頭が沸騰しそうになる。
カッツェの後方にいる健も同様の筈だ。
2人とも、ジョーは両親を、健は父親をカッツェによって奪われた。
2人の恨みのオーラが燃え盛り、カッツェは息を呑み、一歩も動く事が出来なかった。
同じ歩幅で2人はカッツェとの距離を縮めて行った。
その時、ジョーは後方に強い殺気を感じた。
(健、悪いがカッツェを任せたぜ!)
ジョーの思いは口にせずとも伝わった。
ジョーの後方から彼に鋭い攻撃を仕掛けて来たのは、以前彼が片目にしたブラックバード隊の一員だったのだ。
当然ながらジョーへの恨みは深かった。
「ちぇっ、いい処に現われやがって!」
ジョーは止むを得ずブラックバードの相手をする事にした。
ブラックバードは1人だった。
その後方から雑魚兵が侵入して来て、健の邪魔をしようとしていた。
しかし、ジョーはブラックバードを相手にしていて、そちらまでは手が回らなかった。
健が応戦している音が聞こえる。
カッツェが走り出したが、足止めする余裕がない。
「竜!カッツェが逃げ出す!追跡してくれっ!」
ジョーはブレスレットに向かって叫んだ。
ブラックバードはジョーへの恨みを募らせている。
そして、やられた左眼の視野欠損を見事にカバーしていた。
相当な訓練を積んだに違いない。
更に手強くなって帰って来たのだ。
ジョーは防戦に出るより仕方がなかった。
後方に宙返りをしながら、敵の投擲武器を避けて行く。
左腕を何かが掠った。
敵の武器だった。
やはり右眼の方が見えるだけに、ジョーの身体の左側は狙い易いようだった。
バードスーツが切れ、パックリと傷口が開いた。
ピュッと音を立てて、血が噴き出し、その後はだらりと下げた指先からポタポタと血が床に落ちて行った。
だが、この程度で屈するジョーではない。
見えない左側から敵の懐に飛び込んで、腹部に思いっ切り膝蹴りを浴びせた。
体勢を崩した処で、頬に更に重いパンチを繰り出す。
次の瞬間にはエアガンを取り出して、ブラックバードの喉元へと突きつけていた。
しかし、出血が思いの外酷く、ジョーは意識が薄れて行くのを感じていた。
それに気付かぬブラックバードではなかった。
膝に取り付けた例のギザギザとした武器がボタン操作によりニョキっと現われた。
これで腹部でも刺されたら、さすがのジョーも倒れ伏す事になるだろう。
ジョーはこの距離では確実にやられると踏んで、後方に飛び退(すさ)った。
2人の間に5メートルの程の距離があり、静かに対峙した。
南部博士と3門のバズーカ砲は無事に奪われずに済み、ジュンと甚平とともに博士も出て来た。
バズーカ砲はレニックが職員に預けて、早々に片付けられていた、
ジュンがジョーとブラックバードの状況を見てハッと息を呑んだ。
「博士、ジョーは負傷しています!」
健はまだ雑魚兵と闘っていて、ジョーの援護をする余裕がない様子だった。
「ジュン、甚平!健と代わって、健をジョーの援護に回らせてくれたまえ」
南部博士の指示が飛んだ。
「レニック中佐、博士を宜しくお願いします」
ジュンがそうレニックに告げて、2人はすぐさま健が闘っている場所へと跳躍し、「此処は私達に任せてジョーの援護を!」と南部の意思を告げて闘いを開始した。

「健、こいつは俺がやらなければ意味がねぇんだ……。
 恨みが恨みを呼んで行く。この恨みの連鎖を消す方法はただ1つ……」
ジョーは皆まで言わなかったが、それは敵の生命を絶つ事だと言う事は健にも解った。
赦し合う事が出来ない立場だ。
だから、どちらかが『消える』しかなかった。
だが、もしこのブラックバードに家族がいたら、恨みの連鎖は絶たれないかもしれない……。
ジョーは羽根手裏剣を右手の指の間に3本挟んでいた。
敵はジョーとの距離を縮め、膝の武器で彼の腹を掻っ捌こうと考えていた。
お互いの思惑が交錯する。
距離があるだけジョーの方が有利だと言えた。
だが、出血による意識の欠如が時折見られる為、そこに付け込まれたらジョーはあの武器の餌食になってしまう事だろう。
ジュンと甚平の気合と打撃の音、そして敵が呻く声だけが響いていた。
健はジョーを見守りつつ、ブーメランを繰り出す準備を既に整えていた。
南部はレニックに守られながら、遠くからその様子を見守っていた。
ジョーはどんなピンチに遭ってもそれを切り抜ける手段を知っている筈だ。
だが今の状態では健の助けが必要になるかもしれない。
(無事に終わってくれ……)
南部はただ祈るような気持ちだった。
ブラックバードが1歩踏み出した時、ジョーは体勢を低くして、羽根手裏剣を放った。
息詰る時間だった。
鋭いピシュッと言う音が続けざまに3回鳴った。
それでもブラックバードは走っていた。
ジョーは飛び退いたが、ブラックバードは彼に攻撃を仕掛けようと膝の武器を繰り出す体勢を取った。
しかし、次の瞬間、ブラックバードは突然床に伏した。
ジョーの羽根手裏剣が喉に3本突き立てられていた。
「ふぅ…」
ジョーはホッとした瞬間、その体躯をぐらりと後方に傾けた。
健がすぐに飛んで来てジョーの身体を支えた。
「大丈夫か?ジョー…」
「ああ、大した傷じゃねぇ。ちょっと出血が酷いだけだ。気にするな……」
「ジョー……」
南部が近くまで寄って来ていた。
ポケットチーフを取り出すと、ジョーの左腕にきつく縛り、的確な止血処置をした。
「痛むかね?」
「いいえ、気分が高揚しているせいでしょう。何も感じませんよ。
 それよりレニック中佐は大丈夫ですか?」
「私とした事が足を引っ張ってしまったな。心配には及ばんよ」
レニックが頭を掻いた。
「博士。これでは試射の継続は無理では?」
健が巨大な室内を見渡して言った。
それに試射をすべくジョーは負傷している。
「うむ。あの1弾だけで充分だろう。
 他にも弱点はあるのかもしれないが、まずはジョーが見つけてくれた弱点の改良に当たらせる事にする」
「博士、もっと反動を少なくするように開発者に言って下さい。
 確かに威力を出す事も大事ですが、取り扱える者が多い方がいいんではないですかね?
 小さくする事に注力し過ぎたと俺は思います。
 あの大きさでも重さは30kg。機能を詰め込み過ぎなんです。
 開発者に1度30kgの米でも担がせたらいいと思いますよ。30分間程……」
ジョーは出血が多い割にはしっかりとした口調だった。
博士は密かに安堵していた。

「竜、カッツェはどうした?」
健がブレスレットに向かって呼び掛けた。
『デブルスター円盤で飛び出して行ったが、残念乍ら見失ったぞい。
 スピードで勝てなかった。無理矢理にでもG−2号機を回収しておくんだったな』
「くそぅ、悪運の強い奴め。あそこまで追い詰めたってぇのに……」
悔しそうに呟くジョーの右肩にポンっと健の手が乗せられた。
「俺も同じ思いさ。いつだって奴は部下を犠牲にして自分だけ逃げ出す。
 絶対に許せない。でも、今回はお前が一矢報いたな。
 カッツェは右手を骨折していたぜ」
「ああ、おめぇも見抜いていたか。
 ハンディーバズーカ砲を持ち去ろうとしていた時にエアガンのキットで直撃してやったのさ」
「ふふ。少しは溜飲が下がったか?」
「いや、全然だ……」
ジョーと健、親をカッツェによって奪われた者だけの間に溢れる感情に包まれた。
「いつか、きっと……やってやろうぜ、ジョー」
「当たりめぇだ!」
ジョーの瞳が力強く燃えていた。
「ジョー、手当てをしよう。縫合が必要だ。場合によっては輸血も必要かもしれん。
 ゴッドフェニックスで基地へ帰還しよう」
南部博士がジョーを労わるような眼で見つめた。
「南部君…」
レニックが南部に握手を求めて来た。
「手を煩わせてしまった。礼を言う」
「改良点はすぐにISOに上げておきましょう。
 またジョーの試射が必要なら何なりと…。ジョー、構わんな?」
南部がジョーに振り返った。
ジョーはもうそこにはいなかった。
「ふふ、相変わらずですな」
南部はレニックに向かって笑って見せた。
「突っ張って見せますが、本当は心根の優しい子です」
「解っているさ。だが、あの警戒心、戦闘に入った時の集中力。
 良いコマンダーを持ったものだ。羨ましいね」
レニックがもう試射室の外を歩き出ているジョーの後ろ姿を遠い眼で見つめた。
「あの5人。良い若者だ……」
レニックの述懐が南部には心地好く聞こえた。




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