『副賞』

「よおっ!」
『スナックジュン』に大荷物を抱えたジョーが入って来た。
カウンターに居た健と竜が手伝ってそれを受け取る。
「どうしたの?ジョーの兄貴」
ダンボールが4箱もあり、入って来た時、ジョーの顔が見えない程だった。
「例によってレースの副賞だ。使えるのなら店で使ってくれ」
ジョーは重荷を下ろしたと言う表情になった。
「また優勝したの?」
甚平が嬉しそうにジョーを見た。
「ああ、逃すものか!今日は接戦だったが、最後に突き放してやった」
「かっこいいなぁ~。ジョーの兄貴は!」
甚平が飛び跳ねた。
「で、ジョー、この箱の中身は何なんだ?」
箱の外装にはイタリア語の文字が並んでいたので、健達には読めなかったらしい。
「珍しくスポンサーがイタリアの企業でな。これはボッタルガの粉末だ」
「ボッタルガって…ジョー、何の事?」
ジュンが会話に入って来た。
「この国で言うカラスミさ。スパゲッティーに使えるだろ?」
「あら、それは有難いわ。でも、ジョー、自分の分も確保しておきなさいよ」
「ああ、俺は1箱あれば充分だ。G-2号機に積んである」
「本当にいいの?貰っちゃって」
「その代わり、俺やこいつらに喰わせてくれ」
「もちよ~。甚平、早速作って頂戴!私達の分もね」
「はいよ」
「ボッタルガはサルディーガのキャビアとも呼ばれているからな。
 客も喜ぶだろうぜ。期間限定品としてメニューに出しておけよ」
「有難う、ジョー」
「代金は俺が払う。賞金が入ったんでな」
「いいわよ、材料はジョーが提供してくれたんだから。
 こっち持ちはスパゲッティーの麵とトッピング位だし」
ジュンは気前良く、支払いは要らないと告げた。
「それだけでもジョーに奢って貰ったようなものよ」
ジュンはカウンターから出て来て、テーブル席を拭き始めた。
「折角だから、こっちでみんなで食べましょう」
オリーブオイルの良い香りがして来た。
少量のにんにくを炒め、それから軽く塩で下味を付けたししとうやトマトの水分がない部分を入れる。
若干の唐辛子も振り入れた。
やがてスパゲッティーが茹で上がり、水を切ってフライパンの中に混ぜられた。
そして上手く絡まった処で、ボッタルガの粉末が振りかけられて、更に香ばしい匂いが漂って来る。
色鮮やかな赤と緑、そしてボッタルガの黄色が乗った何ともカラフルで香りの良いスパゲッティーが5人前出来上がり、甚平はジュンが用意した皿にそれを丁寧に盛り付けた。
1人分だけ分量が多い。
ジョーはそれを竜の分だと思い込んでいたが、自分の前に置かれたので驚いた。
「おいおい、俺はこんなに喰わねぇぜ…」
ジョーは竜の前の皿と入れ替えてしまった。
「ジョーの兄貴のお土産だから、沢山食べて貰おうと思ったのに……」
「悪いな。でも残したくないんだ。折角の甚平の心尽くしをな」
ジョーは甚平の頭に優しく手をやった。
「ありがとよ。お前の手であの材料が魔法に掛かった」
「やだな~、ジョー、照れちゃうよ~!」
甚平が頭を掻いた。
「これ、甚平!料理の傍で頭を掻かないの!」
ジュンの叱責が飛んだ。
5人座るにはちょっと窮屈だったが、ジョー、ジュン、甚平と、竜と健の2組に分かれて向かい合って座った。
ジュンはふと立ち上がり、表の札を『CLOSED』に掛け変えた。
そして、ジュースを5人分入れて持って来た。
「ささやかだけど、ジョーの優勝を祝って乾杯しましょ!」
「そうだな、呼び出されたりしない内に早くやってしまおう」
健が呟いた。
「健、ご馳走を前に不吉な事を言わんでくれい」
竜の惚けた声が皆を笑わせた。
「ジョー、優勝おめでとう!」
ジュンが音頭を取り、オレンジジュースで健全に乾杯した。
「気分はどうだ?ジョー」
健が真顔で訊いた。
「そりゃあ、悪いもんじゃねぇぜ。今日は特に接戦を制したんだからな」
「サーキットに見に行けば良かったな…」
「来ても来なくても結果は一緒さ」
「いや、そんなに接戦だったのならそれをジョーがどう切り抜けたかやはり見たかったよ。
 ジョーがそう言う位だ。相当大変だったんだろう」
「健もジョーもレース談義はそれ位にして冷めない内に戴きましょ。
 ジョーと私の奢りよ。ジョーの汗の結晶なんだから心して食べなさいよ」
ジュンの言葉にジョーはボッタルガスパゲッティーを器用にフォークで巻き取って口に運んだ。
「うん、旨いぜ、甚平!」
「本当だ…。ボッタルガってこんなに旨いんだなぁ…」
健が感嘆する。
「健!作った者の料理の腕によっても違って来るもんなんだぜ」
とジョーが窘めた。
「そうか、甚平が作ったからこそこの味が生かされたと言う訳か…」
「ああ、ししとうとトマトを持って来る辺り、なかなか考えたな。
 夏っぽくていい感じだ。このししとうの辛味が合っている」
「ジョーの兄貴、料理評論家みたい」
そんな会話を皆がしている中、竜だけは食べる事に専念していた。
「まさに貪り喰うって奴だな。竜、下品だぜ。それに早食いは太る」
ジョーが笑った。
「じゃが、いつ任務が入るか解らねぇだろ?早食いも科学忍者隊の特技の1つじゃわい」
「確かにそれが必要な事もあるがよぅ…」
ジョーは途中でもう諦めた。
この男に言っても始まらない。
将来の生活習慣病などをジョーは心配しているのだが、竜は意に介さない。
「ジョーは小さい頃からこんなに旨い物を食べていたのか?」
健が訊いた。
「食文化が違うだけだろ?その代わり米などは殆ど喰った事がねぇ。
 博士に引き取られて初めて白いご飯を見た時には喰えなかったぜ」
「今でも口にしないな。精々リゾットぐらいか?」
「そんなもんだな。馴染めねぇ物ってのは誰にでもあるだろう」
「そうだよな。この中で食文化が違ったのはジョーの兄貴だけだもんな」
「そうね…。私は短い間だったけど幼少の時に日本人の叔母に引き取られていたから、日本食に抵抗はないわ」
ジュンが引き取った。
「ジョー、日本の魚は旨いぞいっ!
 生ものが駄目でも、焼いたり蒸したりしたら喰えるんじゃねぇの?」
「スパゲッティーの中に上手く加工して混ぜてあげれば食べられるかもしれないわね」
ジュンが甚平を見た。
「解ったよ、お姉ちゃん。おいらレシピを考えておくよ」
「それより、これはニンニクが入っているから女性には受けないかもしれねぇな。
 いくら旨くても口臭を気にする女(ひと)は喰わないだろう。
 昼休みのOLとか、な……。そうだ、待っていろ!」
ジョーは甚平とジュンの前の狭い隙間を通らずにそのまま長い足で後ろの座席を跨いで店の通路に出て、そのままガレージへと消えた。
「あら、ジョーったらどうしたのかしら?」
ジュンが不思議がっている内に彼は小さめのダンボールを持ってすぐに戻って来た。
「これも副賞で貰った口臭消しのガムだ。ただで配ってやるといい。
 そうすればボッタルガスパゲッティーも人気メニューになるぜ。
 『サルディーガのキャビア』と言う宣伝文句を忘れるな。
 それに…特に女性は『期間限定』と言う言葉に弱いからな。
 ガムも付くとなれば注文が殺到するだろうぜ」
「そうなの?ジョー?」
甚平は物言いたげに上目遣いで彼を見た。
「何が?」
「女性は期間限定と言う言葉に弱い、って言う部分、随分実感が篭っていたみたいだけど……」
「このマセガキが!」
今度は優しくごつんと拳が振った。
「旨かったぜ。ご馳走さん」
「あら、もう帰るの?ジョー」
「レースで汗だくなんでね。早くシャワーを浴びて人心地付けてぇ」
「ジョーは綺麗好きだものね。こちらこそ有難う。遠慮なく頂戴するわね。
 もし人気メニューになったら何かお礼をするわ」
「礼には及ばねぇぜ。優勝賞金の副賞だ。
 要らない分を貰ってもらうだけでもこっちはありがてぇんだ。
 俺のトレーラーにはそんなには置けねぇからな。
 まあ、上手く活用してくれ。じゃあ、またな」
ジョーはもう後姿になっていた。
「ジョーの兄貴、やっぱりかっこいいな~!」
甚平がうっとりとその背中を見つめていた。
大人になったら、健とジョーのどちらにもなりたい。
2人の良い所を取った立派な人間になるぞ、と甚平は決意した。




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