『二十歳の設計図』

「ジョー、この設計図が何だか解るかね?」
自分の別荘の敷地内に建立したジョーの墓の前に南部博士が1人膝を付き、ジョーの平面の墓の上に大きな紙を広げていた。
「今日は君の二十歳の誕生日だ…。何年も前から用意していたのだよ」
博士は目頭を押さえた。
「この設計図は無駄になってしまったな…。
 この通りに作った処で乗りこなせる者は君しかおらん」
南部博士がジョーの墓の上に広げていたのは、レーシングカーの設計図だったのだ。
彼が二十歳を迎えたらプレゼントするつもりで設計に設計を重ねていたが、建造を始める前にジョーは逝ってしまった。
「乗る者が居ない車を作っても、車が寂しがるだけだからね……」
南部は自分の右脇に置いてあった大きなバッグを開け、そこから丁寧に梱包材で包まれた大きなアクリルケースを取り出した。
ゆっくりとその梱包材を剥がして行くと、その中には30cm程のモデルカーが飾られていた。
「これが完成品の12分の1モデルだ。
 せめてもの餞に此処に飾っておこうじゃないか……」
大切そうに抱えたそのモデルカーが入ったアクリルケースを南部は1度ギュッと抱き締めてから、ジョーの墓石の上に置いた設計図をどかし、その前に置いた。
墓石は少し前に向かって傾斜している。
奥が高く、手前が低くなっていた。
「ジョー、見えるかね?これが今日君にプレゼントする予定だったレーシングカーだ。
 君が華麗に乗り回す処を是非見てみたかったよ……」
南部は墓石をそっと撫でた。
「ジョー、今、君はあの世とやらで走っているのか?幸せなのか?
 私は君から全てを奪ってしまった。
 若者らしい楽しみも将来の夢も、そして未来とその生命までも!」
両手を墓の前に付き、南部はそのまま額づいた。
「ジョー……。私は取り返しの付かない事をしてしまった……。
 健やジュン、甚平、竜が成長して行くのを見るのが辛くなってしまったのだよ……」
後方に4つの影が近づいていたが、その南部の独白を聴いてピタリと気配を消した。
「君だけが時を止めて此処にいる。何故だ。
 私があの時、君の異変に早く気付いていれば、君は助かったかもしれない……!」
『ピーッ!ピーッ!』
南部は無線機の呼び出しに我に返った。
「はい、こちら南部」
『南部博士。イワシロン山脈のマントル計画工場で台風による事故が発生しました。
 すぐに急行して下さい。私も同行しますが、現在地はどこですか?ヘリを回します』
アンダーソン長官の声だった。
「解りました。別荘におりますので、宜しくお願いします」
南部は短く答えた。
その瞳には既に涙は無かった。
設計図を丁寧に丸め、筒状ケースに入れた。
そのケースにはコンドルのジョーを思わせる蒼いリボンが掛けられていた。
南部はそれをゆっくりとジョーの墓の前に置いた。
モデルカーと共に供えたのだ。
「ジョー、私は行かなければならない。あの世でこの車で思いっ切り走り回ってくれたまえ」
立ち上がるとバッグを持って一瞬墓の前で瞑目してから別荘に引き返した。
ヘリが来るまでに必要書類を揃えておく必要があったのだ。

南部が別荘に戻って行ってから暫くして、気配を消していた4人が花束を抱えてやって来た。
「博士…。ジョーの兄貴の二十歳の誕生日にこんな物を用意していたんだね…」
甚平がしんみりと言った。
「乗り回している姿を見たかっただろうのう…」
竜が洟を啜った。
「私も見たかったわ。颯爽とこの車を乗り回しているジョーは、きっと輝いていたでしょうね」
「ジョー自身も乗りたかったろう…。でもそれはもう叶わない事だ……」
健が呟いた。
ギャラクターが滅びて平和が訪れ、地球の復興も大分進んで来た。
2年が経ち、それぞれが少し大人びた。
甚平は完全に声変わりが終わり、身長も随分伸びている。
もうそろそろジュンの身長を上回りそうだ。
だが、彼らの成長を見るのが辛いと言う南部の気持ちは、科学忍者隊のそれぞれのメンバーにも良く解った。
ジョーだけがあれ以上成長する事もなく、思い出の中の住人としてしか逢う事が出来ない存在になってしまったのだから……。
「ジョー、ずるいわ。貴方だけ18歳のままなのよ。私もとうとう追いついてしまったわ…」
「おらなんかジョーを追い越してしまったわい」
「俺と一緒に成人の式典に出られたら良かったな、ジョー……」
「おいらも大きくなっただろ?13歳になったぜ。ジョーの兄貴位までに背が伸びるといいな」
それぞれがそれぞれの思いをジョーの墓に向かって告げた。
ジュンが大きな花束を墓石の右側にそっと置いた。
キリスト教式の墓なので、墓石は四角い石で出来ていて、前の方に傾斜している形なのだ。
そこに彫られているイタリア語のジョーの名前をジュンはそっとなぞった。
こんな事をした日があった……。
彼女が思い出したのは四十九日の時の事だった。
(あの時は此処に泣きに来たけど、今日は泣かないわよ。
 だって、今日はジョーの二十歳の誕生日なんだもの……)
ジュンは決意を込めた瞳でジョーの面影を追った。
「このレーシングカー、かっこいいね。実物大を見たかったよ。
 ジョーが今、生きていてくれたら、おいらナビシートに載せて貰えたかなぁ?
 残念だよ、ジョーの兄貴……」
甚平はそう言うと、竜に持たせていた大きなバスケットを墓の前に置いた。
「今日はみんなでジョーの誕生日パーティーをするよ。この場所でね!」
「そうだ。もうしんみりとするのは止そう……。
 ジョーの二十歳の誕生日をみんなで心から祝ってやろうじゃないか?」
健も気持ちを切り替えた。
「みんな、準備するわよ!」
ジュンはこれも竜に担がせていたクーラーバッグを下ろした。
健は自分が提げていた袋からレジャーシートを3枚取り出し、2枚を並行に、もう1枚はその2枚とコの字型になるように繋げて置いた。
4畳半位のスペースがそこに作られた。
「此処はジョーの席よ」
ジュンは所謂『お誕生日席』にジョーのトレーラーハウスが良く置かれていた森の中から摘んで来た名も無い色鮮やかな花を花瓶に活けて置いた。
「ジョーの森の花よ。良く摘んで来て店にも飾っているの。
 そうしていると貴方がいてくれるような気がするのよ。
 そして、今日から晴れてお酒を飲める年になったんだから…、あなたが生まれた年にBC島で作られたと言うワインを入手して来たわ」
この事は他のメンバーには誰にも言っていなかったので、3人は驚いて見せた。
「ジュン、なかなかやるなぁ」
健が感心する。
「此処に居る中で飲めるのは健だけだけど、どうする?飲んでみる?」
「そうだな。ジョー、ご相伴に預かってもいいかな?」
健はチラッと墓を見る。
『ああ、いいとも。俺に付き合ってくれよ』
ジョーの低い声を全員が聞いたような気がした。
ジュンはその20年物のワインのコルクを空けて、まずジョーの席にあるワイングラスに注ぎ、次に健のグラスに注いだ。
そして、残る3人のグラスにはオレンジジュースを注ぐ。
その時、ヘリコプターの音が近づいて来た。
「博士は仕事か…。この席に一緒に居て貰えたら、博士も少しは救われたんじゃないかな?」
健がワイングラスを片手に述懐した。
「さあ、料理も並んだ事だし、ジョーのお誕生日を盛大にお祝いしましょ!」
「Happy Birthday ジョー!」
皆がジョーのワイングラスに次々と乾杯をして、それから4人のグラスがカチンと合わさった。
「ジョーのモデルカーを真ん中に置こうよ!」
甚平が提案して、「ジョーの兄貴、ちょっとみんなに見せてね」と墓に声を掛けると大切そうにモデルカーを運んで来た。
料理を寄せてレジャーシートの真ん中におかれたそのモデルカーのフォルムは流線形で、走る時に抵抗がないように作られている。
もう攻撃をする為の小道具は要らない。
ただ走る為に設計された車だった。
色はやはり蒼だった。
コンドルのジョーのマントの色だ。
この車に颯爽と乗ってレース場を走るジョーを4人は想像した。
その想像の中のジョーは18歳のままだった。
その事が哀しかったが、誰も口には出さなかった。
「二十歳の設計図か…」
健が墓石の前に供えられた設計図のケースを横目で見た。
「あの中には、この車の設計図だけではなく、ジョーの人生の設計図も入っているような気がする…」
「生きていたら今もサーキットを颯爽と走っているのでしょうね。
 もう相当なレベルのレースに顔を出して、世界中にその名を知られるレーサーになっていたと私は思うわ」
「ジョーの技量ならそれに間違いないわい。
 世界を股に掛けて活躍して、おら達には手の届かない存在になっているかもしれんわ」
本当に手が届かない存在になってしまったジョーの事を、この竜の言葉で思い起こさない者はいなかった。
急に会話が途切れた。
「済まん…。おらマズイ事を言ってしまったのう……」
竜はその場を取り繕おうと必死になった。
「そ…そう言えば、この前、ジョーの肖像画を描いてくれた画家のおばあさんと擦れ違ったわい。
 バードスタイルで逢ったから、おらの事は気付かなかったようだけんど、元気そうに息子さんと歩いておったわい」
「そうか…。それは良かった。大分お年を召していたからな。
 ジョーと関わった人々には長生きして欲しいし、幸せでいて欲しいものだな」
健はワインを口にして、少し顔を赤くしていた。
「兄貴、バイクに乗って来なくて正解だったね。
 帰りもお姉ちゃんの後ろに乗って酔いを醒ましてから帰りなよ」
まだ健の飲酒歴は始まったばかりで、少しでも酔ってしまうようだった。
「ああ。もうこの位にしておくよ。残りはジョー、お前が少しずつ味わうがいいさ」
健は席を立って行き、ワインのボトルをジョーの墓の前に置いた。
こうして、ジョーの二十歳の誕生日は過ぎて行った。




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