『リーダーの素顔』

トレーラーハウスには健が来ていた。
2人で海を見に行った帰りだった。
(何かメシを作ってやらねぇと帰らねぇだろうな。こいつ、さては集(たか)りに来たな…)
ジョーは思わず苦笑した。
「何笑ってるんだよ、ジョー」
「科学忍者隊のリーダー様が普段はオケラだなんて、何となく可笑しくてな」
「お前のようにレースで効率良く賞金を稼ぐ事は出来ないからな」
「また航空便配達のバイトを頚にでもなったか?」
「ああ、そんな処だ」
珍しく健がブスっとした顔をした。
恐らくはこんな顔を見せるのはジョーが相手だからだ。
「俺だって任務でレースに出られないような事が続くと台所が苦しいんだぜ」
「そうは見えないけどな……。
 相変わらずトレーラーハウスに住んで、それ程金を使っていないように見える」
「賞金は生活費だけじゃなく、車に注(つ)ぎ込んでいるからな。
 G−2号機は基地でも面倒を見て貰えるが、自分のレーシングカーもあるしよ」
「ああ、あの黄色いマシンか。ストックカーレースじゃない時はあの車で走るんだろ?」
「そうさ。レースでは車の規格が決まっているからな」
ジョーは言い乍らもキッチンの上の棚に軽々と手を伸ばし、スパゲッティーのストックを取り出した。
今日は2人分茹でるので、100gの束を4本使う事にした。
沸騰させておいたお湯に塩をパラパラと振り入れて、ジョーは器用に均等にスパゲッティーの麺を焦がさないように気をつけながら広げて行く。
Ihクッキングヒーターを使っているから、火は出ないが、熱伝導で鍋の縁に付着した麺が焦げてしまう事はあるのだ。
その間に玉葱とハム、そして彩りにピーマンを細長く切り始めた。
刃物の取り扱いは非常に器用だ。
「ジョーは凄いよな。ソースから作るんだからな」
「いや、最近は任務で忙しいんでベースのソースは味を吟味して出来合いの物を使っている。
 見つけるまでに苦労したがな……。
 あるサーキットに行った時には必ず帰りに買って帰るのさ」
そう言って、ジョーは味付きトマトソースの缶詰を取り出して見せた。
「おめぇと違って母親は家には余り居なかった。
 だから、必要最低限の事は仕込まれてるって言わなかったっけか?」
「そうだったな…。俺は11まで母親が居たからな。病弱だったけれど……」
「あの頃、お母さんが入院した時は博士の別荘に預かられていたよな」
「ああ…。お前はなかなか俺に心を開かなかった……」
健が幼き日々を思い出したのか、眼を伏せた。
「あの頃はな。俺は両親を眼の前で殺されて、その傷から這い上がれなくてもがいていたんだ。
 だから、博士とテレサ婆さん以外の人間とは話をしなかった……」
「大人が怖かったと後で聞いたが、俺は大人じゃなかったのにな……」
「何でだろうな。俺にも解らねぇよ……」
作り慣れたスパゲッティーはソースも完成し、櫛型に切った玉葱とハム、ピーマンも既に炒められてソースの中に入れ込まれていた。
後は茹で上がった麺を水切りして混ぜるだけだ。
「健。そこから皿を出しておけよ。少しは手伝え」
「あ、ああ……。これでいいかな?」
健が取り出した皿を見て、ジョーが頷いた。
「ああ。そこのテーブルに置いてくれ。それからフォークもな」
「直に置いていいのか?」
「おめぇの処と違って、丁寧にテーブルを消毒してある」
「何だか刺があるな……」
健は呟きながらも、皿とフォークをテーブルの上に配置した。
「おめぇもジュンと一緒になるなら、多少の事は出来た方がいいと思うぜ。
 甚平辺りに料理を習ってみたらどうだ?」
「何で俺がジュンと?それに料理を習うならお前の方がいいな」
「………………………………………」
ジョーは一瞬言葉を失った。
本当にトンチキだ。
ジュンの思いをどうして受け止められない?
傍から見てこれ程似合いのカップルは居ないと言うのに……。
ジョーは心を立て直すのに数十秒の時間を要した。
「……百歩譲って俺がお前に料理を教えるとして、だ。
 俺は生きて行く為の必要最低限の事しか出来ねぇからな。
 だから甚平に教われ、と言ったんだぜ」
健が用意した皿に器用に出来上がったスパゲッティーを盛り付ける。
食欲をそそる香りが広がった。
「旨そうだなぁ……」
健が鼻をヒクヒクとさせた。
そこには科学忍者隊のリーダーとしての威厳は全くない。
「お前程、任務の時と普段に差がある奴はいねぇよな」
任務の時はあれ程敏いのに……。
ジョーは呆れるしかなかった。
「何だか今日のジョーはやたらと突っ掛かって来るなぁ。特に此処に来てからだ」
「おめぇが余りにも鈍いからだよ」
「鈍い?そんな事ないぜ。食事が済んだら腹ごなしに組み手でもやるか?」
ジョーは健の言葉に益々頭を抱え込んだ。
「もういい。早く喰って帰(けえ)れ!
 こんな奴を好きになっちまって、全く気の毒でなんねぇ…」
こいつは本当に天然のトンチキなのか、それともトンチキな振りをしているだけなのか、今までジョーには正直言って計り兼ねている部分があった。
だが、今日彼は確信した。
健は筋金入りのトンチキだ!
ジョーは思わず溜息を吐(つ)いた。
「あれ?ジョー、喰わないのか?」
「そんな筈がないだろう?俺が作ったんだ。俺の分は俺のものだ」
諦めて食事を始める。
我ながら良く出来ている。
甚平よりは多少劣るがそこそこ美味しい。
「おめぇ、ジュンと一緒になればツケを綺麗にして貰えるのと違うか?」
健はツルツルっと吸い込んでいたスパゲッティーを喉に詰まらせた。
「お前、一緒になるってもしかして結婚の事を言っているのか?」
「俺は最初からその事を言っているつもりだが……」
「そんな風に意識をして見た事はないぜ。ただの仲間じゃないか」
「おめぇはジュンがどんな気持ちでいるのか解らねぇって言うのか……?」
ジョーは段々と怒りの感情が芽生えて来るのに気付いた。
「健、さっさと喰って帰(けえ)らねぇと、俺はキレちまいそうだ。気をつけろ!」
それっきり健の顔を見ようとはしなかった。
何だか異常に腹が立って仕方がなかった。
何でこんな奴の為に食事を提供している?
そんな事にまで彼の怒りの感情は及んで行った。
全ての物がマイナスに思えて来る。
ジョーは健の皿が空になったのを見て、さっさと引き取ってシンクで洗い始めた。
自分の分はまだ半分以上残っていた。
無言で『帰れ』と急かしているのだ。
このままでは何をするか解らねぇぜ……、と。
「何でそんなに怒ってるんだ?明日のパトロールの時までに機嫌を直しておけよ。
 じゃあな。ご馳走さん」
健は早々に部屋を出て行った。

健は何故あんなに色恋沙汰に鈍いのだろう。
自分の食事も済ませ、後片付けを終えると、ジョーはベッドに足を組んで横になった。
「解らねぇ奴だな……。折角の休日が最後に汚された感じだ……」
心からジュンの事を不憫に思った。
「あれ程好いてくれているものを……。
 外部との恋愛なら問題もあるだろうが、忍者隊内部なら何の障害もねぇって言うのによ!」
ジョーは右手で拳を作って、左の掌を良い音を立てて叩いた。
(南部博士でさえ、ジュンの気持ちを解っていると言うのに……。
 俺ならあんなに好かれたらほっとかねぇな。全く馬鹿な奴だ)
ジョーはジュンの恋愛を心から応援していた。
陰でいろいろと応援して来たが、その努力が実った事は1度もなかった。
強いて言えば、彼の最後の言葉が後々の2人に影響を与えたと言えるのかもしれない。




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