『サーキットでの密会(前編)』

南部博士とアンダーソン長官の密会にジョーは護衛として付けられていた。
長官に素顔を晒す訳には行かないので、フルフェイスのヘルメットを被り、G−2号機の後部座席に2人を乗せていた。
密会の場所は何と此処なのだ。
ジョーは「俺の耳には会話の内容が入ってしまいますよ」と訝しがったが、「その事なら心配には及ばん。気にしないでくれたまえ」と言う南部の言葉に押されて、そのまま2人を後部座席に招じ入れたのだ。
「どこを走らせますか?」
「君が良く行くサーキットにでも行ってくれたまえ」
「え?」
ジョーは固まった。
「サーキットでは普通の走りと言う訳には行きませんよ。
 長官が酔ってしまわれるのでは?」
「大丈夫です。外の景色を見る事はないでしょうから」
答える長官の声は鼻声だった。
その言葉にジョーは首を捻りたい気持ちだったが、とにかくいつも使っているサーキットまで走り、受付で出走登録をした。
「あら、ジョー。ヘルメットを被っているんで最初は誰だか解らなかったわ。珍しいわね。
 最近ちょっとご無沙汰じゃなかった?」
受付嬢が言ったが、博士と長官の手前もあり、「まあ、ちょっとね…」と言葉を濁らせた。
女は後部座席にいるパリッとした仕立ての良いスーツを着ている2人を珍しそうに見たが、ジョーがキツイ眼で彼女の眼を逸らさせた。
「何時間で登録するの?」
と訊かれたので、「3時間もあればいいですか?」と博士に小声で訊いた。
「うむ。それだけあれば充分だろう」
博士の答えを聞いて、ジョーはそのようにコース利用登録をして、車に戻った。
「スピードを出さなければこっちが危ないので、コースに出たらかなりの高速を出しますよ。
 大丈夫ですか?」
「私は君のカーチェイスに慣れている。長官が大丈夫なら問題はない。
 君はいつも通りに走っていてくれればいい。遠慮はいらん」
「私は大丈夫です」
長官も頷いた。
2人はシートベルトを締め、持って来たアタッシュケースからノートパソコンを取り出した。
どうやら隣り合わせでチャットで会話をするつもりらしい。
(なる程…。これなら俺にも漏れないと言う訳だ)
ジョーは納得して車を出した。
「では、コースに入ります。気分が悪くなったらSOSを出して下さい」
後は自分の走りに専念し、万が一ギャラクターの襲撃がないとは限らないので、それを警戒すれば良いだけだった。
恐らくはこんな場所のこのような2人で居るとは誰も想定出来ない、と言うのが彼らがジョーのG−2号機を密談場所に選んだ理由だろう。
高速移動をしている為、ハッキングもされにくい筈だ。
(学者って言うのは時々面白い事を考え出すもんだな…)
ジョーは後部座席を気遣いながらも、コーナリングや傾斜のあるコースをぐんぐんとスピードを上げていつも通りに冴えた走りを見せていた。
何時の間にか健とジュンと甚平が観客席に訪れている事にジョーは最初の1周で気付いた。
心配して付いて来たのだろうか。
激しく揺れる車体の中で、2人は黙々とチャットをしていた。
ジョーは実は長官を疑っていた。
口数も少ないし、こんな場所でチャットなんかで会話をするのも不自然に思えていた。
ジョーは思っている事とは別の事を口にした。
「後ろの車。さっきから着かず離れず付いて来る……。
 挑発にも乗って来ないし、怪しいですね」
『ジョー、俺達も怪しいと思っていた処だ。あの車の登録によるとメリリア国のものらしい』
健からの通信が入って来た。
「メリリア国はBC島と貿易締結を行なっている。あれはBC島の前市長の側近だ」
南部が口を開いた。
「BC島の一件で君の墓が暴かれた。
 死亡診断書を書いた医師が私であった事もその時点でバレている。
 前市長はその資料を密かにカッツェに見せていたのだ。
  当時の資料にあった私のサインを見つけて、幼い君を助けたのが私だと知ったカッツェは、BC島で死んだ筈のジュゼッペ浅倉・カテリーナ浅倉夫妻の子・ジョージが科学忍者隊のメンバーである可能性に気付いた。
 そして、君と私を抹殺しようと考えたのだ。
 新市長はBC島からギャラクターを一掃しようと頑張っておられるが、自殺した前市長の手下がまだ暗躍している。
 そこで彼らをカッツェが利用したものと考えられる」
「では、なぜアンダーソン長官を巻き込んだのです?」
「ふふ。本当は密かに長官を疑っていたのではないかね?ジョー。
 これは竜の変装だよ。仮面を被って貰っている」
「いやぁ、この仮面と鬘は暑くて叶わんわい。このスーツもな」
急にアンダーソン長官の言葉が竜のものとなった。
「道理で長官が鼻声を装っていると思ったんだが、そう言う事か……。
 おかしいと思ったぜ。でも、長官がギャラクターじゃなくて助かった」
「着かず離れずについてチャットの内容をハッキングし易くしているのてはないかと思ったのですが…」
「心配無用だ。内容は出鱈目だ」
「竜が相手ならそうでしょうね」
「いや、ISO本部にいる長官にご協力願って、一芝居打って貰ったのだ。
 私がチャットをしていた相手は本当にアンダーソン長官ご自身だ。
 でなければとうに怪しまれている。
 竜には出鱈目にキーボードを叩いて貰っていただけに過ぎん」
ジョーはそれを聞いてフッと笑った。
自分だけがこの作戦を知らされていなかったらしい。
「とにかくこのまま様子を見ておくとしよう。
 ジョー、君は何があっても変身してはならない。いいな」
「解りました。もうこのヘルメットを取ってもいいですね。長官じゃないのなら」
「いや、もう暫く付けておいてくれたまえ。この車を降りるまではな。
 今急に外すのは不自然だろう。 
 恐らくはハッキングもしているだろうが、狙いは君と私の生命だ。
 G−2号機から降りて、君が素顔を晒した時が危ない。
 BC島に墓参りに行った君の顔は彼らに知られている筈だ。
 君がバードスタイルに変身するのを見届けるつもりなのかもしれん。
 だから君には変身を禁じた」
「博士、事情は良く解りました。でも博士自身が囮にならなくても良かったではありませんか?」
「いずれは私も狙われるよ。奴らの狙いは君だけではないのだ。
 どうせなら一網打尽にすべきだろう」
南部博士がこう言う作戦に出るのは珍しかった。
既に他のメンバーには指令が出ていた。
だから健達も観客席で待機していたのだ。
「知らぬは俺ばかり、でしたね」
ジョーは少し唇を噛んだ。
自分と博士の生命が狙われているのなら、自分から打って出たのに…。
「ジョー、君が考えている事は解っている。
 だがBC島で受けた傷が癒えたばかりの君に、負担は掛けられぬ」
「俺はもう大丈夫ですよ。
 とにかくそう言う事ならそろそろチャットの内容を適当に終息させて下さい」
「うむ……。そうするとしよう」
南部とアンダーソン長官のチャットは適当な処で切り上げる事になった。
内容を怪しまれてはならないので、後2周回る時間は掛かった。
「では、コースを降りますよ。
 博士、奴らはただの前市長の腹心と言う訳ではなく、ギャラクターが1枚噛んでいると言う訳ですね」
「恐らくはそうだろう。ギャラクターの残党がまだBC島に居残って隠れ住んでいる」
ジョーは自分の故郷の惨状を思い、溜息をついた。
アランは何の為に俺に撃たれて死んだのか…。
まだ答えが見つかっていなかった。
胸の傷を深く抉られる思いがした。
思いっ切り暴れて、BC島のギャラクターの残党をこの手で始末したいとジョーは思った。
「ジョー。アラン神父の死は無駄ではなかった。
 今、市民が立ち上がろうとしている。
 君が心配しなくても、ギャラクターを排除し、立ち上がる事だろう」
ジョーの心を見透かしたかのようなタイミングで南部博士が呟いた。
ジョーはG−2号機をコースから外し、メンテナンスコーナーへと乗り込んだ。
幸いにして、メンテナンスコーナーを使っている者は居なかった。
まだサーキットを降りるには早い時間帯だからだ。
(いつでも来い。ギャラクターめ……)
ジョーは決意を込めて右拳で左掌を叩き、そしてヘルメットを外した。




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