『サーキットでの密会(中編)』

「博士、降りるのはまだ待って下さい、竜、いや、アンダーソン長官も」
ジョーはそう言い残すと自分だけG−2号機から降り、外したヘルメットをルーフに乗せた。
枯れた葉のような色をした髪がさらりと揺れた。
その揺れと共に少し汗も飛んだ。
彼は頭をぶるっと振って汗を弾き飛ばすと、タオルで髪を吹き始めた。
Tシャツが汗で身体に張り付き、その肉体の筋肉質さを強調している。
彫刻のように素晴らしい筋肉が付いている事が良く解る。
彼の動きに同調して、筋肉の動きがはっきりと浮き出た。
普段なら此処でTシャツを脱いで逞しい上半身を晒し、シャツを絞ったりする処だが、いつ襲われるか解らないので、ジョーはそれをしなかった。
バードスタイルにはならないように言われているが、そうせざるを得ない場面は有り得るかもしれないと言う彼の警戒心が、いつもの行動を取らせなかったのだ。
「Hey、ジョー!」
後ろから話し掛けて来たのは聞き慣れた声だったが、ジョーはそれでも警戒した。
カッツェは変装の名人だ。
この場合は摩り替わっている可能性を考えずにはいられなかったのだ。
振り返ると、トミーと言う先輩レーサーがいた。
年の頃は27、8と言った処だ。
「今日は珍しいお客さんを乗せているじゃないか?
 それで走りが守りに入っていたんだな。
 お前らしい切れが無かった理由が解った」
ジョーはそれを聞きながら、そっと羽根手裏剣を握っていた。
「何故、俺の後ろに着かず離れず着いて回っていた?」
油断の無い眼で睥睨する。
「今度のレースにエントリーするつもりなんで、お前の手の内を見ようと思った。
 だが、それを意識したのか挑発はしたが、テクニックを見せてはくれなかったな」
「親代わりとその上司を乗せている。そんなに乱暴には出来ねぇからな」
「風変わりだね〜。こんなサーキットで飛ばす車に乗りたがるなんて」
「おめぇには関係ねぇ。引っ込んでろ」
「ジョー、どうした?今日はヤケに刺があるじゃないか?」
トミーは笑おうとしたが、ジョーの射竦めるような眼に固まった。
「誰に頼まれた?博士達の会話をハッキングしていただろう?」
言い乍ら、後方にバードスタイルの健達が控えているのに気付いた。
「何にもしらないよ。誤解だぜ、ジョー」
「なら、これを何て説明する?」
ジョーは素早くトミーの右腕を押さえ込み、ジャケットの左を払うと、ホルスターから長い銃身の拳銃を抜いた。
「S&W(スミス&ウェッソン)44マグナム、8 3/8インチ。あんたにこなせるような銃じゃない。
 掠っただけで人を殺めるこの銃を持って俺に向かって来るとは、おめぇが尋常ではねぇ証拠だ!」
「くっ、ばれたか?なかなかやるな。ジョージ・浅倉」
トミーは仮面を外した。
全くの別人が登場した。
「トミーを殺ったのか?」
「さあな。そこら辺でおねんねしているんじゃないのか?」
この言葉には嘘がないように感じられた。
トミーはどこかに監禁されているだけで生きているだろう、とジョーは思った。
「カッツェ様はお前が科学忍者隊の一員になっているのではないかとお考えだ。
 早く変身して見せろ」
ジョーは博士の指示で車から降りる時にブレスレットをポケットに仕舞い、普通の腕時計に変えていた。
「何の事だ?俺はただの喧嘩っ早いレーサーだぜ」
ジョーは深く身を沈めた。
立ち上がり様に勢いをつけてその男に思いフックをお見舞いした。
男が吹っ飛んだのを合図にギャラクターの隊員達がわらわらと現われた。
「竜!博士を頼んだぞ!」
ジョーはG−2号機から敵の眼を引く為にわざと高く跳躍して、近くの小高いコースのガードレールの上に乗った。
「残念だったな。博士の養子にはなったが、俺は科学忍者隊ではない。
 科学忍者隊ならそこに来ているぜ」
ジョーが指差した方向にはバードスタイルの4人が博士と共に立っていた。
科学忍者隊が5人である事は彼らには知らされていなかったらしい。
「くそ、こいつは科学忍者隊ではなかったのか?」
敵に動揺が走ったのをジョーは見逃さなかった。
「だが、俺は腕っ節だけは強いんだ」
ジョーを狙ったリーダー格の男を思いっ切り蹴り上げた後で羽交い絞めにした。
「トミーを何処にやった?言えっ!」
脅しを掛けている間に健達とギャラクターの隊員達の乱闘が始まっていた。

ジョーは乱闘を健達に任せ、トミーを探した。
彼は敵が吐いた通り、資材倉庫で見つかった。
後ろ手に縛られ、猿轡をされていた。
「トミー、良かった。無事だったか……」
ジョーはまず猿轡を外し、ロープを解(ほど)きに掛かった。
「ジョー、お前……」
「ギャラクターに捕まって殺されなかったとはお前も運がいい奴だ……」
そう言った瞬間、ジョーは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
トミーが彼の腹部に銃を突きつけていた。
(しまった、油断した……。まさか監禁されているトミーまで……)
「ジョー、済まない。妻子を人質にされている。
 俺はお前を殺さなければ妻子を救い出す事が出来んのだ」
トミーは涙を流していた。
震える手でトリガーを引こうとしていた。
いくら38口径の銃でも、腹部に押し当てられていては、ジョーの生命は無いだろう。
「トミー。そんなに震えていては俺は撃てねぇぜ」
ジョーは穏やかな声で言った。
「俺のせいであんただけじゃなく家族まで巻き添えにしてしまった事は悪かった。詫びるよ。
 あんたの妻子は俺が助けてやる。だから、ギャラクターに俺を殺したと嘘の連絡をしろ」
ジョーは太腿の隠しポケットから自分のエアガンを取り出し、キットを取り替えた。
「これで撃てば一定時間仮死状態になる。その間に俺をギャラクター本部に連れて行くんだ」
ジョーはそう言うと、躊躇う事なく、自らそれを自分の頭部に発射した。
エアガンを隠しポケットに戻す位の余裕はあったが、その後、彼はパッタリと倒れてしまった。
呼吸もしていない。
トミーはブルブルと震えながら、資材倉庫の一角に隠されていた通信機を手に取った。
すぐさま勝ち誇ったようにギャラクターの隊員がやって来て、ジョーの伸びた長身を抱えてジープに放り込み、更にトミーを乗せた。
「あ!ジョーがっ!」
甚平がそれに気付き、指を差す。
「何の事情かは解らんが、ジョーはわざと捕まったようだ。
 連絡を待とう。ブレスレットは持たせてある」
南部博士は冷静だったが、健達は気が気ではなかった。
「尾けましょう、博士」
「ある程度の距離を保ち、ゴッドフェニックスから監視するのだ」
「ラジャー!」
全員がそれぞれのマシンに散った。
南部は変身前の偽装状態のG−2号機に乗った。
竜に回収して貰うつもりだった。

ジョーのブレスレットは手首には付いていなかったが、通信装置は切られていなかった。
何かがあれば連絡して来る筈だ、と南部は言ったが、何の連絡もバードスクランブルも無かった。
だが、博士はこちらからの呼び掛けを禁じた。
「ジョーからコンタクトがあるまでは待て。彼の正体を知られる訳には行かぬ」
「しかし、ジョーは意識が無い様子でした。気になります!」
健が言った。
「健、落ち着くのだ。ジョーは自ら仮死状態になったに過ぎん。私はそう思う。
 エアガンを使ったに違いない
 あの時私は小型双眼鏡でジョーを見たのだが、銃などで傷を受けている様子は全く無かった」
エアガンにそう言う機能がある事を健達も聞いていたが、殆ど使われないので忘れていた。
「本物のトミーが一緒にいると言う事は、彼の家族が人質にされているのだろう。
 ジョーは責任を感じて助けようとしているに違いない。
 どちらにせよ、あのジープはギャラクターの本拠地まで案内してくれる事だろう」
「ジョーの兄貴、心配掛けやがって。おいら達に連絡もせず…」
「甚平、連絡をしようともその方法が無かったのよ。
 トミーの前でブレスレットを使う訳には行かなかった筈よ」
ジュンが諫めた。
「その通りだ。竜、ジョーを見失うなよ。
 トミーとその家族を救うのは勿論だが、ギャラクターの基地も一網打尽だ!」
「解っとる!」
健の指示に竜は被り気味に頷いた。

ジョーはギャラクター基地の冷たい床に投げ出されていた。
カッツェがジョーの顔を足蹴にして良く見た。
「う〜む、まさしく裏切り者のジュゼッペ浅倉に瓜二つだ。
 10年経ってこんなにも親父にそっくりになっているとはな。
 当時8歳と言う事はまだ18か。ギャラクターに取り込むにはまさに機が熟しておる……。
 生きて連れ帰って来れたら良かった。惜しい事をしたものだ。
 だが死んだ者をどうする事も出来ん」
そう言い乍らカッツェは、ジョーの腹部を踵でぐりぐりと傷めつけた。
仮死状態のジョーは無反応で、身体は冷え切っていた。
紫のマスクの下の桃色の唇が加虐的に歪んだ。
腹いせにジョーの『死体』をナイフで傷つけようとした時、トミーが哀願する声が聞こえた。




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