『姉弟喧嘩』

ジョーは森の中で羽根手裏剣の訓練をしていた。
樹に吊るした細い板にタタタタタとリズミカルな心地好い音を立てて羽根手裏剣が1本ずつ刺さって行く。
狙いは相変わらず正確だ。
板は風に揺れて向きが変わる事もある。
そこまで計算済みだった。
羽根手裏剣を抜くとそこには丸い円がいくつも描かれていた。
まるでダーツの的のようだった。
ジョーはこうして羽根手裏剣の腕を磨いていたのだ。
当然その円のど真ん中に羽根手裏剣は当たっていた。
その前にも同じ板を使ったらしく、穴は中心に集中していくつも空いていた。
彼がホームセンターへ行き、自分で作ったものだ。
羽根手裏剣を外す作業をしている時に突然アメリカンクラッカーが飛んで来た。
ジョーは瞬時に飛びのいたが、クラッカーは板に当たってカツーンと音を立て、甚平の手に戻った。
「相変わらずやってるね。ジョーの兄貴」
「やっぱり来たか……」
「えっ?解ったの?おいら驚かそうと思って忍んで来たのに」
「気配が感じられなくてどうする?科学忍者隊は務まらねぇぜ。
 アメリカンクラッカーを投げるずっと前から解っていた」
「あ〜あ、ジョーの兄貴には敵わないな……」
「それより何しに来たんだ?」
ジョーはまた羽根手裏剣を投げようとポーズを取った。
「……またジュンと喧嘩か?」
「どうしてジョーの兄貴には何もかもお見通しなんだろう?」
甚平が首を捻った。
「おめぇの顔に書いてあるのさ。で、仲直りしたいんだろ?」
ジョーは笑って、甚平を見た。
次の瞬間にはまた羽根手裏剣が木々に吊るされた板のど真ん中を次々と突いていた。
「ジョーの兄貴って、喋ってるのに気が散らないんだね」
「大して重要な話じゃねぇからさ」
「ええっ?おいらにとっては重要だよ〜!」
「試しにそのまま帰ってみろ。ジュンはケロッとしているだろうぜ」
「喧嘩の原因も聞いていないのに何で解るの?」
「おめぇ達の喧嘩は深刻だった試しがねぇ」
ジョーは言い差しながらまた次の羽根手裏剣を微妙な指の加減で連続して放った。
「俺の処に来て、何をして貰おうと思ったんだ?喧嘩の仲裁か?」
「まあ……そんな処……」
「店を開ける時間までに帰らねぇとより溝が深まるぜ。その辺りは要領良く立ち回れよ」
「うん……」
甚平は歯切れが悪い。
「どうした?いつもの他愛もない喧嘩じゃねぇのかよ?」
ジョーはついに羽根手裏剣の訓練の手を休めた。
「お姉ちゃん、兄貴が振り向かないから、ブラックバードの隊長に気持ちが傾いていたらしいんだよね……」
甚平がぽつりぽつりと語り始めた。
「あの矢羽コウジか?あれは吹っ切れたんじゃねぇのか?まだジュンは引き摺っていたのか?」
ジョーはあの日、ジュンを慰めに行った。
その後立ち直ってくれたものだと思っていた。
「ジョーの兄貴が来てくれて、あの後お姉ちゃんは普通に振舞っていたんだ。
 でも、兄貴は相変わらずでお姉ちゃん、寂しくなっちゃったんじゃないかなぁ?
 おいら、コウジの事なんてもう忘れちゃいなよ、って言っただけなんだけどさ…」
「自分の手で葬り去った過去の友達以上恋人未満の男を、まだ思ってるってぇのか?」
「うん…。そうみたい……」
「俺は違うと思うぜ」
ジョーは樹から板を外し始めた。
様々な高さの枝に結び付けてあった。
「ジュンはそう見せる事で健の気を引こうとしているだけだ。女の気紛れだよ。
 放っておけばいい。おめぇは黙っていつも通りにしている事だ」
「えっ?それだけ?」
「そうさ。何にも触れなければいい。ジュンの心の問題さ。
 甚平は普段通りに明るく接していればいい。
 健の事も矢羽コウジの事も、全く触れずにいればいいんだ。
 それだけでいい。後は時間が解決してくれる」
「そうかなぁ?」
「いいから、このまま帰ってみろ。ジュンは普通にお前を迎えてくれる筈だ。
 ついでに仕入れでもして帰るんだな。機嫌を直すだろうぜ。
 『女心と秋の空』ってな。おめぇにもいつか解る日が来る」
「何だかジョーの兄貴が言ってる事は難しくて訳が解らないや」
「じゃあ、南部博士に論理的に説明して貰え。もっと訳が解らないぞ」
ジョーは笑って甚平の頭をぐしゃぐしゃにした。
もう癖のようになっていた。
「ジョー、一々おいらの頭をぐしゃぐしゃにしないでよ。整え直さなくちゃ行けないだろ?」
「悪かった悪かった。一応整えていたのか?
 あっちこっちビンビンに跳ねてるから何もしていないのかと思ってたぜ」
「わぁ!酷いの〜!」
甚平も笑った。
心の蟠りは取れたようだった。
「で?女心と秋の空ってなぁに?」
「女心は秋の空のように移り変わり易いって事さ」
「なる程!」
甚平は思い当たる節があったのか、指を鳴らした。
「ジョーが兄貴をもうちょっと教育してくれたらいいのになぁ」
「馬鹿言えっ!あいつが俺の言う事なんて聞くものか!」
「だよね。だったらとっくにお姉ちゃんと……」
「さあ、解ったら急いで仕入れをして帰りな。ジュンは俺が取り成しておいてやる」

ジョーはその足で『スナックジュン』を訪ねた。
「仕入れの途中だった甚平を俺が引き止めちまってな。ちょっと見せたい物があったからよ。
 だからあいつはちょっと遅れるが、まあ目くじら立てねぇでやってくれ」
「解ってるわよ。甚平がジョーの所に行った事ぐらい……」
ジュンが微笑んだ。
「またジョーに世話を掛けてしまったみたいね、私達」
「何の事かな?エスプレッソをくれ」
ジョーはカウンター席のスツールに軽々と跨った。
「まあ、甚平に余り心配を掛けるなよ。あれでまだ傷付き易い子供だからな。
 あいつはおめぇの事を心から姉だと慕っていて、心配してるんだぜ」
「そうね。私も大人気なかったわ……」
「解りゃいいさ。たまには姉弟喧嘩だって必要だからな。
 俺には兄弟が居なかったから羨ましいぜ」
「竜だけですものね。本当の家族が居て、弟さんも居るのは」
「余計な事を言っちまった。無いものねだりはしない事にしているのにな。
 甚平に感化されちまったらしい」
「エスプレッソ、お待たせ」
「ああ…。俺は甚平が帰って来たら退散するから、後は仲良くやりな。
 あいつが俺と話した事を根掘り葉掘り聞いたりするんじゃねぇぜ。
 お互いに今朝の事は無かった事として、過ごせばいい…。
 すぐに元通りの2人に戻れるさ。身を寄せ合って生きて来た2人なんだからな」
「ジョー……」
ジュンは何故か涙を禁じ得なかった。
「科学忍者隊はみんな兄弟よ。
 ジョーが孤独を感じているのなら、毎日でも私達の傍にいればいいわ」
「俺は自由が好きで1人でいるのさ。気にする事はねぇ」
「でも、貴方は人付き合いが悪いと言う訳でもないわ。
 ねえ、今度みんなでどこかへ出掛けましょうよ。私、甚平と一緒に計画を立てるわ」
「別に構わねぇけどよ。レースと任務さえなけりゃな」
ジョーは隣のガレージに甚平のバギーが戻って来たのを潮に立ち上がった。
小銭をカウンターの上に置く。
「じゃあ、後は上手くやれよ」
「ジョー、有難うね」
ジュンの言葉を背中で受けて、ジョーは店を出た。
甚平は裏口から入って来たらしく、擦れ違わなかった。
「ただいま〜!あれ?G−2号機があったけど、ジョーの兄貴は帰っちゃったの?」
甚平の明るい声がガレージまで聞こえて来た。
ジョーはニヤリと笑うと軽快にアクセルを踏んで、エンジン音を立てた。




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