『狙われたジョー(1)』

ベルク・カッツェは自分の執務室に隊長を呼びつけ、その苛付いた気持ちを散々ぶつけていた。
「憎っくき南部を暗殺しようとすると必ず邪魔をする若造がおる事はお前達も知っているだろう。
 貴様達は何故命令が無いと動かんのだ?この能無しめ!
 私が総裁に叱られたではないか!
 その男は調べた処、南部の養子だと言う。
 人質にして南部と科学忍者隊を誘(おび)き出す良い機会だ。
 この若造を探して拉致して来い!レーサーをしているらしいと言う情報もあるぞ。
 だからカーチェイスはお手の物なのだ」
カッツェがバッタのような仮面を被った隊長に金切り声を上げながら、一葉の写真を示した。
「ははっ。畏まりました、カッツェ様」
米搗きバッタのように頭を何度も下げながら、隊長はカッツェの部屋から退室した。
カッツェから渡された数枚の写真にはイタリア人系の若い男が映っていた。
隠し撮りだった。
三白眼で眼付きがキツく、油断のない目配りをしながら南部博士を車に乗せているシーンが連写されていた。
この時もその若造に気付かれ、部下達は完膚無きままにやられたのであるが、辛うじて写真だけはカッツェの元に転送されていた。
それが先程渡された写真だった。
バッタ隊長はスクリーンにジョーの写真を大写しにして、隊員を鼓舞した。
「この若造を捕まえて来た者には、勲章が授けられる。良いか、貴様ら。本気で探すのだぞ。
 こいつを餌に南部博士と科学忍者隊を誘き寄せる作戦だ。
 但し、この男を舐めるな。南部の身辺警護を請け負っているだけに、戦闘能力は半端ではない。
 それに行く行くは世界的レーサーになるだろうと言われている。
 それ程のドライビングテクニックを持っていると言う事だ。
 だが、恐れるな。この男が1人で居る時を狙えば良いのだ」
隊長はニヤリと笑った。
「こいつは南部の養子だと言う。南部を張っていれば、必ずこの若造は現われる。
 いいか、今回の標的は南部ではない。この若造だ!努々忘れてはならんぞ」
バッタ隊長がスクリーンのジョーの顔の部分をバンっと叩いた。

「博士……。当面の間運転手を別の者に頼めないですか?」
ジョーが任務を終えて解散した後、三日月基地で南部博士を呼び止めたのは、それから数日経った日だった。
「どうも様子がおかしいんです。俺を狙っている者が居ます。
 1人ではなく、複数…。サーキットにもトレーラーハウスの周辺にも現われる…。
 多分ギャラクターじゃないかと睨んでいます」
「君の正体がばれたと言うのかね?」
「いえ、いつも博士の車を運転していて、ギャラクターを追い払っているので、顔を知られてしまったのかもしれません。
 ヘルメットを被っておくべきでしたね。迂闊でした。
 でも、今更その事を言っても仕方がありません。
 敵は俺の正体までは解っていなくても、暗殺若しくは拉致する事を考えている物と思います」
「何だと?」
南部博士の顔が蒼褪めた。
「自分の事は自分で守ります。ですが、博士に累が及んでは困ります」
「私の事はこの際どうでもいい。君にこそ、健や竜を常に同行させるべきかもしれん」
「いえ…。それでは、目立ちます。それに1人にならなければ敵も襲いにくいでしょう。
 この事は健達にも内密にお願いします。
 俺が片付けなければならない問題ですから。
 科学忍者隊とは関係のない一件です」
「しかし、ジョー。1人で片付けるとは一体どうするつもりなのだ?」
「科学忍者隊のG−2号は暫く休暇を取りますので、許可をお願いします。
 恐らく俺が休暇を取っている間にギャラクターが出て来る事はないでしょう。
 奴らはトレーラーハウスの事も突き止めているようですから、こっちから囮になってやります」
「ジョー、危険だ。私には到底許せない。せめて健にだけでも伝えておくべきだ」
「では、トレーラーハウスを今の内に移動してしまいますよ。健にも解らない所に」
「ジョー、何を拘っているのだ?」
南部博士は困惑した。
ジョーはそれを挑戦的な眼で返した。
「俺は誰も巻き込みたくない。奴らの狙いは俺なんです」
「君は科学忍者隊の一員だ。私は絶対に許さん。
 どうしてもと言うのなら君を此処に監禁するしかないな」
博士がボタンを押した。
天井が開き、檻のような物があっと言う間にガシャンと猛烈な音を立てて下りて来た。
だが、ジョーは気合を掛けて跳躍し、それを辛うじて逃れていた。
物の動きを見切るのが早いのは、彼の優れた動体視力の賜物だった。
「ジョー……」
南部博士が哀しそうな眼をして彼を見た。
「どうしても行くのか?それならばブレスレットを私に預けて行け」
「……解りました」
「万が一君の正体が敵に知られてしまっては、これまで共に行動していた他の4人の正体も知れる事になるのだ。止むを得ん処置だ」
南部が溜息をついた。
「勿論、博士の意図は解っていますよ。
 俺も鼻からバードスタイルに変身するつもりはありませんでした。
 それに健達に通信して助けを求めるつもりもありません。
 万が一の時にもブレスレットから正体が割れたり、奪われたりする危険性もあります。
 だから、今の俺にはブレスレットは必要ありません」
「ジョー……。これ程危険だと言っているのに、頑固な奴だ」
南部はデスクの上の通信装置のスイッチを入れた。
「健、聞いての通りだ。ジョーはどうしても1人で行くと言って私の言う事には聞く耳を持たん」
ジョーは焦った。
「博士も人が悪い。今の会話は全部健に筒抜けだったのですか?」
さすがにそこまでは気付かなかった。
迂闊だった、と思った。
博士に話があると言った時、南部は健に目配せをして待機させていたのだ。
健達4人は隣室におり、自動ドアから入って来た。
「何を水臭い事を言っているんだ、お前って奴は…」
健が心底呆れた、と言う顔をして見せた。
「俺達は実態を見せずに忍び寄る科学忍者隊だ。
 お前を襲う奴に、俺達が張り込んでいる事がバレるようなお粗末な事はしない。
 それよりもお前は、1人で敵地に乗り込むつもりだったんじゃないのか?」
ジョーは健に図星を突かれて黙り込んだ。
「この処、お前は1人で焦っている。それに気付かない俺達だと思ったか?」
「健……」
ジョーは二の句が告げなくなってしまった。
彼は確かに焦っていた。
最近富に悪くなって来た体調のせいである。
強い頭痛と眩暈に襲われるようになってもう暫く経つ。
その症状が段々と頻繁に起こるようになって来ていた。
自分に残された時間がそれ程長くはないだろう、と言う予感が彼に今回の計画を立てさせた。
まさに健の言葉通り、彼は自分の身を囮にし、1人敵地へ乗り込むつもりだったのだ。
「手柄を独り占めしようと思ったんだが、バレちゃあしょうがねぇな」
「そんなんじゃないだろう?」
健が探るような眼でじっとジョーの顔を見つめた。
「お前、この頃何か変だ。決して手柄を焦っているんじゃない。
 ただ、ギャラクターを倒す事をひたすら急いでいるのは、俺にも解る。
 一体何があったんだ?何があると言うんだ?」
健の瞳は真っ直ぐでどこまでも青い。
ジョーは心の奥底まで見透かされそうな気がして、つい眼を逸らしてしまった。
それは健に根負けしたと言う証拠でもあった。
こいつには敵わない…。
「負けたぜ……」
彼はついに白旗を上げるのだった。

それから今後の計画が練られた。
恐らく襲って来るのに都合が良いのはトレーラーハウスがある森の中だろう。
自分なら寝込みを襲う、とジョーは言った。
早ければ今夜にでも敵襲がある、と彼は睨んでいた。
「敵の狙いは俺の生命なのか、それとも『身柄』なのか。そこが解らねぇ。
 南部博士の養子として見ているのであれば、俺を拉致して人質にするつもりなんじゃねぇかな」
「全く大胆だなぁ。ジョーの兄貴を人質に取ろうだなんて」
「俺の正体を解ってねぇと言ういい証拠じゃねぇか?」
「そうね…。やっぱりジョーを誘拐するつもりなのかしら?
 殺すよりもその方がジョーを『有効活用』出来るわね」
「俺は敢えて捕まってみようと思っている。敵の基地を叩けるチャンスかもしれねぇ。
 俺を人質に取っておめぇ達と南部博士を誘き出そうとしているに違いねぇんだ。
 ジュンの言う通り、俺をすぐに殺してしまうよりはその方が効率的だろうぜ」
「俺もそう思う。ギャラクターはその方が得策だと考えているに違いない。
 ジョー、博士からブレスレットは預かってある。
 いざと言う時には俺がお前に手渡す。いいな?」
健が強い意志を込めた視線をジョーに向けた。
『俺達を信頼しろ』と言っている眼だ。
「解った……。おめぇ達に俺の運命を預けたぜ」
「死なば諸共だ。いいな、ジョー!」
「ああ……。だが、生きて帰らなければ意味がねぇ。そうだろ?健」
ジョーは清々しい表情になって仲間達を見た。




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