『狙われたジョー(5)/終章』

「それは出来ない。その身体で火の鳥に耐えられる筈がない」
健は冷静だった。
「耐えて見せるさ」
「馬鹿を言うな。変身が解ける程の傷なんだぞ!」
眉を顰めた健は、ジョーの額に触れた。
「高熱も出ている。無理だ」
「それでもやれ、と言っている」
ジョーは息を吐くのも苦しそうだった。
「リーダーは俺だ!俺の命令に従って貰う」
健はリーダー権限を持ち出して話を打ち切ろうとした。
だが、ジョーは信じられない意志の力で再び立ち上がり、バードスタイルに変身してのけた。
戦士の意地、と言っても良かった。
「ぐはっ!」
ジョーは衝撃で唇から血を喀き出し、よろめいた。
「ジョー……!」
「あの巨大な敵にバードミサイルが効くと思うか?」
そう言ったジョーの表情には鬼気迫るものがあった。
「だが、お前の身体は火の鳥には多分持ち堪えられない…」
健はまだ難色を示していた。
「それは俺が決める事だ。おめぇが決める事じゃねぇ」
ジョーが意地を張り出すと手が出せない事は健も知っていた。
いっその事、殴り飛ばして黙らせようかとも考えたが、健は寸での処で思い止(とど)まった。
それをする事もジョーの身体にはかなりの打撃になる。
どちらにせよ、ジョーに負荷が掛かるのであれば、敵を倒せる可能性がある方に賭けてみよう、と健は漸くその決意をした。
「よし、科学忍法火の鳥!」
「健、本気か?!」
竜が振り返った。
「ジョー、シートベルトをして座っていろ。絶対に耐えろよ。
 死んだら俺が許さんからな!」
健はジョーの席に彼を連れて行った。
「馬鹿野郎!誰が死ぬものかよ!」
ジョーがニヤリと笑った。
「勝算があるから言ってるのさ!」
本当は空元気だった。
ジョーは死をも辞さない覚悟をしていた。
この敵は火の鳥でなければ倒せない。
やるしかなかった。
「科学忍法火の鳥!ジェネレーターアップ!」
健の号令と共に、機内温度が急激に上がり始めた。
高熱が出ているジョーには初めの内は余り苦痛ではなかったが、やがて身を引き裂かれそうな苦しみに包まれた。
普段でもきついこの技は、甚平などは非常に嫌がる。
手負いのジョーにとって、どれだけ苦しいものなのかは想像を絶するものがあった。
唇からまたしても激しく血を喀き、肩の傷からは再び血が舞い散った。
ついにジョーは力尽き、また変身が自動的に解かれた。

科学忍法火の鳥は無事に敵のメカ鉄獣を大破し、空中分解させる事に成功した。
火の鳥が解けた時、ジョーを除く全員がホッと一息ついた。
次の瞬間彼らはハッとした。
ジョーは!?
振り向いた彼らの眼に入ったのは、生身に戻り血塗れでぐったりとしている彼の姿だった。
「ジョー!」
健は慌てて駆け寄り、彼の頚動脈に触れ、耳を唇に当てて呼吸を確かめた。
「辛うじてまだ息がある。竜、全速力で飛ばしてくれっ!帰還するっ!」
「解った!」
竜は操縦桿を強く引いた。
「諸君!ご苦労だった」
スクリーンに登場した南部博士だったが、ジョーの様子に眉を顰めた。
「ジョーは意識が無いのかね?」
「この状態で火の鳥をやりました。止むを得なかったとは言え、俺は……」
健が眼を伏せて、震える拳を握り締めた。
この決断をする事が彼にとってはどれだけ辛いものだったのか、ジュンや甚平、竜は理解した。
「とにかく今、全速力で基地に向かっています。
 ジョーの緊急手術の準備をお願いします」
「解っている。一刻を争う。頼んだぞ、諸君!」
南部も慌てた様子でスクリーンから姿を消した。
「ジョー!しっかりして!」
ジュンの悲痛な声が聞こえた。
結局ジョーは自分の意志を貫き通したのだ。
自分に降り掛かった粉は自分自身で払い除ける。
彼は最初からその覚悟でいたのである。
「こいつ…。結局俺はこいつに押し切られた気がする。
 ジョーは初めから自分1人で片付ける気だったんだ…。
 俺達の手を煩わせず…。
 それを俺達が出て来ただけでも本当は不本意だったんじゃないだろうか?」
健が蒼褪めたジョーの顔を見ながら、呟いた。
全身から力が抜けてだらんとしている。
無防備な状態だ。
「敵前でこうならずに済んだのは奇跡的だった…」
健が述懐した。
「そうね…。ジョーの意志の力だわ」
ジュンの頬を涙が伝った。
「おいら、ジョーの兄貴に凄いものを見せて貰った気がするよ」
「潜行するぞい。しっかり掴まっとれよ!」
竜が叫んだ。
全員が自席に着いた。

ジョーの傷は深かったが、弾丸が貫通していたのが不幸中の幸いだった。
あれだけの負担が掛かる事を弾丸が残ったままで行なっていたら、確実にその生命は危ぶまれていた筈だ。
手術が終わって、麻酔から醒めたジョーへの面会はすぐに許された。
南部博士が微笑みながら病室から出て来たので、安心した一同であった。
「ジョーは疲れている。面会は程々に切り上げなさい」
南部は微笑みを絶やさないままで言った。
まさか、この時既にジョーの身体に異変が起きているとは誰も夢にも思わなかった。
それを知っているのはジョーのみだった。
その事に強い危機感を感じていた彼は、自分1人で事を片付けようとしたのである。
この時、南部や医師に体調不良を訴えていれば、或いはまだ間に合ったかもしれない。
しかし、それは後になって言えた事であり、ジョーは戦線から離脱する事を恐れていた。
『肉を斬らせて骨を断つ』つもりだった彼も、此処まで自身が重傷を負う事になるとは予想だにしていなかった。
病室に入るとジョーはまだ輸血を受けていた。
「全く無茶な奴だ…」
ベッド脇に座った健が早速説教を垂れようとしたのを、ジョーは強い瞳で遮った。
何も聞かない…。
その瞳はそう健に告げていた。
健は一瞬たじろいだ。
科学忍者隊のリーダーであるガッチャマンをたじろがせる程、その強い視線は自分の殻に入って来ようとする者を拒絶していた。
「説教は聞かねぇ。俺は自分を狙う奴を1人で片付けたかった、それだけだ…。
 悪いが少し休ませてくれ……」
健はジョーの言葉に静かに頷くと、そっと病室を出て行った。
まさかその後、ジョーが激しい頭痛にベッドの上でのたうち回ろうとは思いもしなかった。




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