『追憶』

ジョーの兄貴……。
罪だよなぁ。
おいら達から自分と言う存在を奪って行った事に気づいてる?
主の居なくなったトレーラーハウスが寂しそうだぜ。
森の中にぽつねんとしているよ。
今日、博士がこのトレーラーハウスを別荘の敷地内に移すんだって。
公共の場である森には放置しておけないからって。
ジョーの兄貴、この森とももうお別れだから、ちゃんと良く見ておきなよ。
おいら、最後にこの森にあるトレーラーハウスを見たかったんだ。
だから1人で早起きしてやって来たんだよ。
あ、ジョーが羽根手裏剣の訓練に使っていた板が残ってるね。
これ、1枚貰って行くよ。
ジョーの汗の結晶だね。
凄いよ、真ん中に穴が集中してる。
あ、1枚だけ羽根手裏剣が刺さったままになってる。
ちょっと高い場所だけど、この木に登ればおいらにも取れるな。
これを記念に貰って帰ろう。
いいよね?ジョーの兄貴。
よっこらしょ。
ああ、随分固く結んだんだね。
こんなに工夫して訓練を積んでいただなんて、博士も知らないだろうな。
後で博士が来たら教えて上げよう。
よし、取れた。
おいら、これをジョーの形見として大切に持っているよ。
あれ?何だか涙が出て来た。
これを使って華麗に訓練していたジョーの姿が甦って来るよ。
見事だったなぁ。
こうして羽根手裏剣を触ってみると、ジョーの兄貴の体温が伝わって来るような気がするよ。
あの時のまま生きているようだね。
この細長い板も自分で買って来て、穴を空けて、紐を通して、的を書いて……。
丸い線をなぞってみると、此処にもジョーのぬくもりがある。
ずるいよ。
おいら達から大切なものを奪って自分だけ逝ってしまうだなんて。
ジョーの兄貴は自分の人生に満足したかもしれないけど、おいら達は居たたまれないんだぜ。
あの後、おいら達、特に兄貴がどんな気持ちで過ごしたか、知ってる?
知ってたらジョーは今頃後悔してるのかな?
おいら達はまだお別れ出来たからいいけど、博士にはしてないんでしょ?
この前半年遅れで手紙が届いたって言っていた博士はやっぱり寂しそうだったよ。
あ、もう1枚羽根手裏剣が付いているのがあった!
あれを取って博士にも上げよう。
ちょっと高いな。
おいら、頑張って登るぜ。
もう少し、もう少しで取れるのに……。
あっ!

おいらは手に板を持ったまま、木から滑り落ちてしまったのに、何かクッションのようなものに包まれたような、いや、誰かに掬い上げられたような気がしたよ。
痛みもどこにも感じなかったし、これ、ジョーの仕業でしょ?
おいらを助けてくれたんだね。
ありがとう、ジョーの兄貴。
いつもさり気なくおいら達の事を助けてくれたよね。
おいら、あの頃より少し大きくなっただろ?
ジョーの兄貴みたいに背が高くなれるかな?
兄貴とジョーのいい処を見習って、おいら立派な大人になるから。
いつかジョーの兄貴の年を追い越してしまう時が来てしまうけど、おいらの事見ててよね。
ジョーの兄貴みたいにストイックにいつでも訓練を積んで、自分の身体を追い詰めているような人、世の中にはなかなかいないよね。
負けず嫌いだったんだろうなぁ。
きっと一番負けたくなかったのは、自分自身に、なんだろ?
やっぱりジョーの兄貴の生き方は見習うに値すると思うよ。
生きていてくれたら、もっといろいろなジョーを見れたのにな。
もっと話をしたかったよ。
今なら闘いも終わって、もっと一緒にいる時間があったのに……。
ジョーの兄貴が居なくなるなんて思ってもみなかったからさ。
おいら、悔しいよ。
ジョーの兄貴が1人で死んでしまっただなんて。
おいら達に病気の事を隠していたのも、悔しい……。
ジョーとしては打ち明けられなかったんだろうけど、おいら達はせめてジョーの苦しみや苦痛を少しでも分かち合って、和らげて上げたかったよ。
解ってる?ジョーの兄貴。
おいらだけじゃない、みんな同じ気持ちなんだよ。
だから黙って逝ったジョーの兄貴を少しだけ恨んでる。
驚いた?恨んでるなんて言ったから。
でも、おいら達から掛け替えの無いジョーと言う存在を奪ったのは、ギャラクターだけじゃない。
ジョー本人もそうなんだよ。

キャンプに行く約束、結局果たせなかったね。
兄貴と竜がおいらに気を遣ってくれて、今度キャンプに行く事になったんだ。
でも、そこにジョーの兄貴の姿はない。
おいら、心穏やかにしていられるかな?
こうやっておいら達全員の心に重荷を残した罪は重いよ、ジョー。
でも、許して上げるよ。
だって、一番苦しかったのはジョーの兄貴なんだもんね。
いつかおいら達が笑ってジョーの事を話せる日が来るように、ジョーもおいら達を空から見守っていてよ。
あ…、気持ちのいい風だな…。
ジョーが吹かせたんだね。
何となく解るぜ。
ジョーの温もりがするからね。
おいら達が年を取ってそっちに逝くまで、まだまだ大分長く掛かると思うけど、待っててくれよな。
でも、ジョーの兄貴だけ若いのはずるいな〜。
おいらの方が年を喰って再会するなんて、恥ずかしいなぁ。
どんな人生を送るか、そこから見ているんだろ?
ジョーに恥ずかしくない生き方をするように心掛けて、ジョーの分まで生きるからね。

博士が来たみたいだ。
牽引車を持って来たよ。
ついにこの森ともお別れだね。
このジョーの汗の結晶を博士に渡して上げよう。
2枚貰って行くからね。
トレーラーハウスが無くなっても、おいらこれからも此処に来ていいかな?
ジョーの兄貴の『風』を感じられるから。




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