『殺し屋ロッチェ(前編)』

その男はもう引退して随分になる。
それをギャラクターが引っ張り出して来たのは、その男が必殺の殺し屋で、一発必中の射撃の名手だったからだ。
動きの素早い科学忍者隊を何とか蹴散らしたい、そんなカッツェの野望が無理矢理にその男を連れて来させた。
もう80歳を超える、白髪でよぼよぼの爺さんだった。
身体も小さく、背中が丸まっている。
「わしにまた殺しをしろ、と言うのかね?わしを幾つだと思っておる?」
カッツェの前に引き出された男は皺がれた声で言った。
「遣り甲斐のある仕事だぞ。冥土の土産にぴったりだ。まずはこれを見て貰おう」
紫のマスクとマントに身を包んだカッツェが指を鳴らし、部下がビデオを回し始めた。
「これを見ろ。これが噂の科学忍者隊だ。聞いておろう?」
ビデオには素早い動きでギャラクターを一掃している各メンバーの動きが収められていた。
「あんた達に対抗する若造達だと遠い噂で聞いた」
ロッチェと言うこの男、若い頃は本当に凄腕のガンマンだった。
「これは弾む。老後の生活が潤うぞ」
カッツェが親指と人差し指で丸を作って見せた。
「もうこんな老いぼれになって、老後もクソもあるものか!」
「まあまあ。この5人の中に凄腕の射撃の名手がいる。対抗してみる気はないかね?」
カッツェがニヤリとした。
そして、画面上にはジョーの姿が映し出された。
「科学忍者隊G−2号、コンドルのジョー。この男だ」
「まだ10代の坊主じゃないか?」
「然様。だが、こいつは百発百中の腕前を持つ。投擲武器の手裏剣の遣い手でもある」
「ふん…」
「どうだ、興味が沸いたか?」
「逢ってみてその腕を確かめたい気はするがな。わしにこの若造共を殺せと言うのか?」
ロッチェはそこが気に入らないようだった。
「わしは若いもんは殺さん。まだ未来がある若造を殺して将来の芽を摘む気にはなれん」
「だが、此処に来て貰った以上はやって貰うしかない」
カッツェの合図でロッチェの周りにはマシンガンを持った隊員達がぐるりと並んだ。
「まずはお手並みを拝見するとしようか?腕が落ちていては意味がない」
38口径の拳銃がロッチェに向けて投げられた。

科学忍者隊に向けて国際科学技術庁を通して挑戦状が届いたのはその翌日だった。
「ジョー。君の出番らしい。ギャラクターは射撃の名手をスカウトした」
南部博士がスクリーンにロッチェの写真を大写しにした。
「爺さんじゃないですか?」
「だが、昔は凄腕の殺し屋だったそうだ。
 射撃の名手で『一発必中のロッチェ』と呼ばれていたらしい。
 最後の仕事で警察に逮捕され、服役もしている。
 もう引退して久しかったのだが、カッツェが無理矢理引っ張り出したようだ」
「この爺さんと闘えって言うんですか?余り気乗りがしませんね」
ジョーは腕を組んだ。
健も同意見のようで、口を開いた。
「この人、どう見ても80歳は超えているでしょう?」
「資料によると82歳との事だ」
南部が資料に眼を落とした。
「相手が射撃の名手となれば、俺だって本気を出さなければなりません。
 しかし、年齢を考えたらちょっとしたショックで死んでしまうかもしれませんよ」
ジョーは引退した人間を引っ張り出して来たカッツェを憎み、却ってロッチェに対して同情を禁じ得なかった。
「恐らくはロッチェも気乗りはしていないだろう。
 若い者を殺した事はただの1度もない。
 君達を殺したいと言う強い意志はない筈だ。
 だが、カッツェに脅されているに違いない」
「で、どうしろと言って来たんです?博士」
ジュンが話を先に進めた。
「うむ。科学忍者隊は本日正午にQT501地点のカラニシコフ島に来られたし」
南部は敵の挑戦状を読み上げると、スクリーンに地図を表示した。
「これはアーストリア海域にある小さな島だ」
南部が操作をすると、島の全貌が現われた。
「火山があるので、人は住み着いていない。
 確かに射撃の腕を競うには都合が良い場所かもしれんな」
「何とも皮肉な島の名前だ。ロシアの古いライフルの名前と同じじゃないですか」
ジョーが腕を解いて呟いた。
「不吉ですね…。奴らの目的は一体何なのでしょう?」
健が訊いた。
「科学忍者隊をロッチェに狙撃させる事にあるのは間違いない。
 先方は特にジョーとの対決をさせたがっているようだが、それは最初に科学忍者隊随一の名手を消してしまおう、と言う作戦なのだろう」
「爺さんを撃つ気にはなれませんが、いざとなったら止むを得ませんね」
ジョーは任務として割り切ったようだ。
「博士。衝撃弾を用意して下さい。一定時間身体を痺れさせるだけでいいです」
「解った。すぐに用意しよう。ロッチェを殺さずにやってくれるか、ジョー」
「そうしたいものです」
ジョーは短く答えた。

科学忍者隊は衝撃弾がジョーの手に渡るのを待って、カラニシコフ島へとゴッドフェニックスで出撃した。
「ベルク・カッツェめ。あんな爺さんまで駆り出すとは許せねぇ」
「ジョー。衝撃弾で爺さんが死んでしまう可能性もあるのか?」
健が眉を顰めた。
先程からのジョーの焦燥感を彼は感じ取っていた。
「ある。あの爺さんの体力や体調にもよるが、それはやってみなければ解らねぇ。
 だから博士に『一定時間身体を痺れさせるだけでいい』と言ったんだ。
 博士もその辺は考えてくれているとは思うがよ。
 俺は老い先短い爺さんの生命を奪う気にはなれねぇが、任務とあれば仕方がねぇ。
 そこは割り切っているつもりなんだが……。
 だがよ!カッツェの奴がどうしても許せねぇのさ!」
「ああ。いつもの事ながら、やり方が汚いな」
健もジョーと思いは同じだった。
「ロッチェとか言う爺さんを無事に救い出してやろう。
 俺達に出来るのはそれだけだ」
「ああ。解ってる……」
ジョーはまた腕を組んで何やら考え始めた。
「とにかく奴らがどう出て来るのか解らねぇんじゃ、その場で判断するしかねぇな。
 一瞬の判断が爺さんを生かすか殺すかを決める事になる。
 慎重に行こうぜ、健」
「ああ…」
「カラニシコフ島が見えて来たぞい」
竜が決戦の場所が近づいて来た事を告げた。




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