『殺し屋ロッチェ(中編)』

ロッチェは出獄した後、息子に逢いに行ったが相手にはされなかった。
今は1人で細々と生活保護を受けながら暮らしている。
殺し屋稼業のせいで、年金には加入しておらず、貰う事が出来なかったのだ。
もうこの年でムショ帰りでは働きようもなかった。
訪ねて行ったが冷たい視線を浴びせられ、無言で追い返されたその息子に既に孫が居ると知ったのは、ベルク・カッツェに見せられた一葉の写真からだった。
息子とロッチェの孫娘、そしてその胸に抱かれた曾孫はまだ小さい男の子で、2歳か3歳程度のように見えた。
ロッチェは孫娘にも曾孫にも勿論逢った事はない。
息子がどんな嫁を貰ったのかすら知らなかった。
その写真に写っている孫娘と曾孫の生命をネタに強請られた。
科学忍者隊の生命を奪わなければ、孫娘と曾孫を殺す、と。
何とも汚い手を使うギャラクターだった。
そして、その通り実行するだろう事はロッチェにも解っていた。
だが、彼にはどうしても若造を殺す気にはなれない。
それでもまだ見ぬ孫娘と曾孫の生命には代えられなかった。
ロッチェは自分の信念との狭間で苦しんだ。
だが、自慢の射撃の腕を利用して脱出するには、余りにも彼は老体だった。
テストの為に渡された拳銃はその場で取り上げられている。
周辺の敵の銃を奪えたとしても何人倒せるかは高が知れていたし、敵はどんどん現われて、自分が殺されるだけだろう。
彼は絶望的になった。
殺されても構わないとも思ったが、孫娘や曾孫に累が及ぶ可能性は大いにあった。
もしかしたら、既に拉致されているかもしれない。
科学忍者隊には気の毒だが、彼らを殺すしかあるまい、とロッチェは不本意ながら決意したのだ。
その決意が漸く固まった時、ロッチェは牢獄から引き摺り出され、メカ鉄獣に移動させられた。

「カラニシコフ島へ着陸する前に、ジョー、レーダー反応はどうだ?」
健が振り返った。
「今の処、反応はねぇな。てっきり待ち伏せしているものと思ったんだが…」
「いや、メカ鉄獣で来ているとは限らない。注意するに越した事はない。
 竜、島の全貌をスクリーンに映してくれ。各所をアップにして様子を探ろう」
「よっしゃ」
健はリーダーとしていつも冷静だ。
父親を亡くした時は怒りと哀しみに暮れ、暴走した事もあったが、紆余曲折を経て、リーダーとして更に大きくなったようだ。
スクリーンに各所の様子が映し出されて行く。
その時、スクリーンとレーダーの両方を交互に見ていたジョーが、張りのある声を挙げた。
「ん?レーダーに反応あり。メカ鉄獣らしき飛行物体が高速で近づいて来るぞ!
 竜、右後方120度の方向を映してくれ」
「ラジャー」
やがてスクリーンに円盤型のメカ鉄獣が映し出されたが、攻撃して来る気配はなく、静かに、まるで誘うかのように、火山の麓へと降りて行った。
「攻撃して来る様子はねぇな、健。本気で射撃対決をするつもりのようだ」
「よし、ゴッドフェニックスも着陸だ。竜、充分に注意してくれ」
「解った!」
ゴッドフェニックスは動きを止め、垂直に降下し始めた。

科学忍者隊の5人はカラニシコフ島の火山の麓へとトップドームから華麗に降り立った。
全員が健を中心に横並びに並ぶ。
ジョーは敵の出方を慎重に探った。
最初に狙って来るのは自分だと南部博士は言った。
挑戦状にはまずコンドルのジョーと一騎討ちをさせてみたい、と名指しで書かれていたのだと言うが…。
油断の無い眼で、どこからロッチェ爺さんが登場するのか、ジョーは静かに待った。
やがて円盤型メカ鉄獣の上中央部分から透明のカプセルのような物が飛び出した。
その中に両脇にマシンガンを突きつけられたロッチェがいた。
カッツェは円盤型メカ鉄獣の中で高見の見物をするつもりらしい。
ジョーは唇を噛んだ。
(相変わらず汚ねぇ野郎だ…)
内心でカッツェを罵った。
「マシンガンを突き立てられている処を見ると、ロッチェ爺さんはまだギャラクターに信用されていねぇようだな…」
ジョーの呟きに、健も頷いた。
「今、博士が情報部を使ってロッチェ爺さんの身辺を洗っている。
 何か脅迫される材料がないかどうかな」
「何かあるとすれば家族か…。独り身だろ?あの爺さん」
「ああ、投獄された時に離婚した奥さんは既に鬼籍に入っている、と南部博士が言っていた」
「それなら、子供がいる可能性があるぜ」
「俺もそう思う。何か出て来るに違いない。
 俺達に何の恨みもないロッチェ爺さんがその気になったのには絶対に裏がある」
「まだその気になったかどうかは解らねぇがな…」
リーダーとサブリーダーは相手の出方を抜かりなく見ながら、遣り取りをしていた。
ロッチェの横を固めていたギャラクターの隊員が、マシンガンを構えたまま、ロッチェからゆっくりと距離を取った。
やがてロッチェが皺がれた声で言った。
「『コンドルのジョー』と言うのは、その蒼い坊やか?」
「『坊や』なんて呼ばれたのは、随分久し振りだが、確かに俺がコンドルのジョーだ」
ジョーが1歩前に出た。
甚平と竜も出ようとしたが、健の手に止められた。
「坊やから殺るように言われとる。
 すまないがわしの手に掛かってあの世に行って貰うしかない」
「爺さん、人質でも取られているのかい?」
ジョーはさり気なく距離を縮めながら、訊いた。
ロッチェの瞳が一瞬揺らいだ。
「健、間違いねぇな。博士に連絡してくれ」
後ろの仲間達だけに聞こえる低い声でジョーが言った。
ジョーはロッチェに向き直った。
「俺は科学忍者隊随一の射撃の名手として知られている。見てろよ!」
ジョーはまず、ロッチェにマシンガンを向けていた2人の隊員のマシンガンをエアガンのワイヤーで掠め取り、それぞれに羽根手裏剣を飛ばして、確実に喉笛を突いた。
さすがのロッチェもその手際には眼を瞠った。
「ほう。噂通りの腕だな。若造の癖に良く訓練されている」
「トシなんか関係ねぇぜ。年季よりも実戦経験が物を言う。
 ただ、狙撃だけをして来た殺し屋の爺さんと俺とでは、実戦経験が違うぜ、爺さんよ。
 そのリボルバーには実弾が6発しか装填出来ねぇ筈だ。
 その6発の弾丸(たま)を全て使い切らせてやるぜ。
 途中で息切れするんじゃねぇぜ!」
ジョーはそう言うと高く跳躍した。
38口径リボルバーの射程距離は100メートル程度だが、50メートルを超えると思うようには当たらない、と言う。
射撃の専門部隊の訓練は25メートルの距離で行なわれている。
ロッチェは50メートルの距離なら楽々と相手の急所を正確に撃ち抜き、暗殺出来る力を持っていた。
それはかなりの腕前だ。
50メートルでも殺傷能力は充分にあるので、急所を外してもかなりの効果はある。
それをこのロッチェ爺さんは50メートルを超えても一発必中と言われるだけの能力を身に付けていた。
だが、ジョーには射程距離を計算した上で、弾道を読み切る能力が備わっていた。
今はバードスタイルで防御力もジャンプ力も遥かに生身の時よりもアップしているので、ロッチェに撃たれるような心配は無かった。
ロッチェの銃口を黙らせる為に、例の衝撃弾が必要になるかどうかは、ジョーの判断に委ねられていた。
撃たないで済むのならその方がいい。
ジョーはそう思っていた。
衝撃弾は何かに当たるとその場で砕け、全身を痺れさせる効果がある。
ロッチェ爺さんの身体に傷を付ける事はないが、その全身の痺れが年老いた身体に影響を及ぼさないとは完全には言い切れなかった。
ジョーは跳躍し後方に回転する事で、まず1発、ロッチェに無駄弾丸(だま)を使わせて着地した。
「小僧。なかなかやるな。わしが的を外したのは、あんたが初めてだよ」
ロッチェが嬉しそうに笑った。
「だが、弾丸(たま)はまだ後4発ある」
「5発だろ?計算も出来なくなっちまったのか?爺さん」
「いや、最後の1発はわしの脳天にぶち込む為のもんだ。あんたに負けた時のな」
「今から負けた時の事なんか考えているようじゃ、俺には勝てねぇぜ」
ジョーは衝撃弾を使う事になりそうだと覚悟を決めた。




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