『両親の命日』

「ジョー」
ガウンを着た南部が9歳のジョーを手招きした。
「明日は君のお父さんとお母さんの命日だ」
「めいにち?」
「そう…。お亡くなりになった日の事だ」
「パパとママが殺された日だね?」
ジョージ、いや、此処に来てからは『ジョー』と呼ばれているこの子の眼がきつくなった。
「だからジョー、明日は悪戯をせず、静かにご両親のご冥福をお祈りして過ごすのだよ」
「ごめいふくって?」
「天国で安らかに眠って下さい、と祈るのだ」
「パパとママは寝ているの?」
「そうだ。今は天に召されて、眠っている筈だ」
「じゃあ、起こしたらいいんだ」
「それは違うんだ、ジョー。お父さんとお母さんは私達には逢えない場所に逝ってしまった。
 還って来る事は出来ない。再び逢えるのは君が年老いて天国に召される時だよ」
「年おいて、って後どの位?」
南部は幼いジョーの矢継ぎ早な質問にふっと微笑んだ。
「ずーっと先だ」
「そんなに我慢しなければならないの?」
「ジョーは強い子だ。我慢するんだ」

そんな会話があった翌日、南部はISOに出掛けようとして、ジョーの姿がない事に気付いた。
「ジョーはどこに行ったのかね?」
すると賄いのテレサが答えた。
「坊やならお庭で花を摘んでいましたよ。海に行くって言っていました」
「そうか…。ご両親が亡くなったのは海辺だったからな…。
 今日が命日だと昨晩教えたのだよ。
 彼は故郷では死んだ事になっているから、可哀想だが両親が眠っている墓に連れて行く事が出来ない。
 故郷に帰れないのなら、とせめて故郷に繋がっている海へ行こうと思ったのだな。
 可哀想に……。今日は丁度1周忌なのだ。
 テレサ。買物のついでにジョーを海に連れて行ってやってくれないか?」
「勿論です。旦那様がそう仰るのなら」
「テレサには何故か懐いているからね。頼みます」
「私にとっても、坊やは何だか亡くなった孫に似ていましてね。
 孫が還って来たような気がしているんですよ」
テレサ婆さんは慈愛に満ちた表情をした。
「すまないが、ジョーが帰ると言い出すまで付き合ってやって欲しい。
 その為に夕食の支度が遅れても構わない」
「承知しました。行ってらっしゃいませ」
テレサは丁寧に頭を下げた。

なぜ、こんな事を思い出したのだろう?
南部は思った。
それはジョーが単身BC島に墓参りに出掛けたと聞いたからに違いない。
それまで忘れていた事が突然くっきりと頭に思い浮かんだのだ。
(10年間墓参りを許さなかった……。
 任務の際に自分の両親がギャラクターだった事を思い出し、過去の自分と決別しに行ったのか…?
 それとも、ギャラクターに復讐をしに……?)
南部の心には焦りがあった。
後から健達を向かわせたものの、まだジョーの消息に関する情報は入っていない。
(ジョー、無事に戻って来てくれ。あの島はギャラクターの養成機関となっているのだ。
 君は非常に危険な場所に足を踏み入れてしまった……)
ジョーは自分の両親がなぜ殺されたのか、確実に理解した筈だ。
裏切り者として殺された両親の仇を1人で取るつもりなのか?
ただの墓参りとは思えなかった。
彼は自分の身体に脈々と流れるギャラクターの血を忌み嫌っているに違いない。
(自暴自棄にならなければ良いのだが……)
ジョーは10年の間に父親そっくりに成長していた。
あれで口髭を生やせばまさに父親そのものだろう。
南部はその事を危惧していた。
(ギャラクターに発見されたら、ジョーは間違いなく狙われる……)
南部の危惧は的中し、ジョーは身も心もズタズタにされて帰って来る事になった。

どんな言葉を掛けてやったら良いものか、南部には解らなかった。
いや、何も言わないで迎えてやるのが良いだろう。
健の話によると、全身に傷を負ったジョーは朦朧とする意識の中、幼友達から健を守る為に撃ち殺したと言う。
身体の傷だけではなく、そちらの心の傷の方も大きい筈だ。
両親がギャラクターだったと言う十字架の他に、ジョーは友を殺したと言う重荷まで背負う事になってしまった。
ジョーは素直とは言い難かったが、それでも人付き合いは悪くなかった。
心に負った闇により、自分の殻を作ってそこに閉じ篭ってしまうのではないか、と南部は心配していた。
心理学は専門外だが、場合によっては誰か医師を付けた方が良いかもしれない、と思った。
ジョーがISO付属病院に転院して来てから、南部は医師団と相談をした。
医師団は協議の上、ジョーに心療内科のカウンセラーを付けたが、ジョーは一言も話さなかったと言う。
南部は溜息をついた。
ジョーの復讐心には益々拍車が掛かる事だろう。
南部はそれが心配だった。
悪い方向に向かって行くような嫌な予感がした。

その予感がまさに当たっていようとはまだ誰にも予測は付かなかった。
ジョーが生命まで落とす事になろうとは、さすがの南部にも考え及ばぬ事だったのだ。




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