『夕映え』

南部がニュートロン反応の被害を受けずに済んだ自身の別荘から夕陽を眺めながら万感の思いに浸っている時に、部屋をノックする音がした。
南部はそっと眼鏡の奥の涙を拭い取り、「入りたまえ」と答えた。
入って来たのは予想通り健だった。
すっかり憔悴し切っていた。
彼らがクロスカラコルムから帰還してまだ数時間しか経っていなかった。
「健…。身体を休めておくようにと言った筈だぞ」
「はい、解っています。でも、此処がどうしようもならなくて…」
健は胸に手を当てた。
「俺は科学忍者隊のリーダーとしてあの場所にジョーを置き去りにする選択をしました。
 その判断には間違いが無かったと思っています。
 でも…、友を見捨てた!その事だけは人間として自分を許す事が出来ないのです!」
健は握り拳で壁を叩き、辺りを憚らずに泣いた。
人目を気にせずに泣ける健が、正直南部には羨ましかった。
「健…。ジョーがお前の事を恨んでいると思うか?」
南部は健の肩を抱き、静かな声音で言った。
「ジョーは自分を置いて行く決断をしたお前に感謝している筈だ。
 それでいいんだ、と後押しをしたつもりだったに違いない。
 彼は自分自身の手でギャラクターを壊滅に追い込みたかった。
 しかし、自分の身体ではもうこれ以上は無理だ、と悟った時、お前達にそれを『託した』のだ…」
「託した…?」
「そうだ。だからジョーは満足して死んで行っただろう。
 どの道、ジョーを無事に此処まで連れ帰れたとしても、彼の生命は余命幾許もない状態だったのだ」
「しかし、俺達はジョーの最期を看取ってやりたかったのです……」
「それは考えても仕方があるまい。私だって同じなのだよ、健……」
8歳の時にギャラクターの爆弾で傷ついたジョーを救って、養育して来たのだ。
南部は窓の方にゆっくりと歩いて行った。
見事な夕映えだ。
「見よ、この美しい空を。これはジョーとお前達が勝ち取った平和なのだ。
 明日から地球は復興への道を歩み始めるだろう。
 科学忍者隊の働きが無ければ、今頃は地球は消滅していたのだ……」
「博士……」
健が嗚咽を漏らし始めた。
彼もまた、忍者隊の残りの3人の前では出来る限り堪(こら)えていたのだろう。
「今は泣きたいだけ泣きたまえ」
健の泣き顔を直視する事は出来なかった。
自分の涙を見せる事になってしまうからだ。
だから南部は背中から健を抱き締めた。
彼の胸を掻き抱(いだ)くかのように。
「ジョーは生き急いだ。まるで最初から自分の寿命が解っていたかのように…。
 彼は18年間に凝縮された人生を充分に生き切った筈だ。
 我々はそう思ってやろうじゃないか。これがジョーの生き方だったのだと……」
南部の言葉に、健の脳裏にはジョーの最期の言葉が甦った。
『これが俺の生き方だったのさ……』
「ジョーっ!!」
健は南部の温もりを背中に感じながら、泣き叫ぶのだった。
ジョーの声はもう聞こえない。
あのお得意の皮肉ももう聞く事は出来ない。
G−2号機のエンジン音ももう鳴り響く事はない…。
失ったものは大きかった。
健はただただその大きな喪失感に打ち震え続けるのであった。




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