『トカゲ鉄獣(後編)』

「バードミサイルは俺に撃たせろ」
ジョーが発射ボタンの前に出て来た。
健は注意深くジョーの様子を見ていたが、眼には異常がないようだし、身体のふらつきもなかったので、そのままやらせる事にした。
「ジョー、後ろ足は尻尾で邪魔をされるかもしれん。前足を狙うんだ」
「ようし……」
ジョーは狙いを定めて左手の人差し指をボタンの上に掛けた。
タイミングを計ってボタンを押す。
それは狙い違わず敵の前足を粉砕した。
「よし、行くぞ!」
健の合図で竜を残して4人がトップドームに出て、すぐに跳躍した。
足が新しく生えて来る寸前にその穴から4人は侵入した。
ジョーが1度破壊した足だった。
どうやらもう足の予備はないらしい。
「そうか。1回が限度だったんだな…」
ジョーがにやりと笑った。
「急にバランスを崩しやがったぜ」
「とにかく内部から爆弾を仕掛けて脱出しよう。
 ジョーは傷を受けているから俺と来い。
 ジュンと甚平は機関室を爆破だ」
「ラジャー!」
4人は2方向に散った。

ジョーは健と共に走った。
全く健に遅れを取らない。
傷を受けてはいても、体力はそれ程衰えていないようだった。
敵兵がわらわらと溢れ出したが、それぞれの武器で対抗して行った。
ジョーは身体を捻って右腰からエアガンを取り出し、左手で縦横無尽に敵を撃ちまくった。
右腕を身体に縛り付けて使えないようにして闘う訓練を彼が独自に行なっていた事を健は知っている。
そう言った地道な訓練がこう言った闘いの場で活きていた。
健は舌を巻いた。
このぐらいの傷ではジョーと言う男は怯まないのだ、と言う事を改めて知ったのである。
エアガンを素早く右脇に挟むと羽根手裏剣も使った。
右手に羽根手裏剣を数十本握っていた。
右手で繰り出す事も不可能ではなかったが、傷に破片が喰い込んで動脈を切ると後が大変なので、さすがのジョーのその辺りは自重した。
しかし、いざとなったら破片を抜き取り、そこから出血しようが構わずに闘い抜く覚悟も出来ている。
元々肝が据わっているので、本能的な闘いをする彼は必要とあればそうする事を厭わない。
破片を抜き取ってしまった方が動脈を切る可能性が無くなるのだ。
形勢が不利となった時には彼は迷う事なくそれをするだろう。
トカゲ鉄獣は巨大なメカの為、乗組員も多かった。
敵兵を倒しても倒しても、なかなか減らない。
ジュンと甚平の方も同様だろう、と健は思った。
この場を何としても打開し、司令室に乗り込む必要があった。
「健!此処は俺に任せて、先へ進め!」
ジョーは叫んだかと思うと、右腕の破片を引き抜いた。
ピュッと出血があったが、ジョーは構わなかった。
「これで動脈が切れる心配はねぇ。健、早く行け!」
「ジョー……」
闘いの場で何を優先するのか、ジョーだけではなく健にも解ってはいたのだが、ジョーの行動には正直言って驚いていた。
「早く行け、と言っている!」
ジョーは身を翻して、周囲の敵に『右腕』で羽根手裏剣を繰り出した。
一緒に血が飛んだが、そんな事を気にしているような悠長な場合ではなかった。
敵兵に膝蹴りを喰らわして、次の瞬間には別の隊員に左腕で重いパンチをお見舞いしているジョーの姿を見て、健は先へ進む決意をした。
「ジョー、任せたぜ」

ジョーは捨て身の戦法で、次から次へと敵を薙ぎ倒した。
如何せん敵の数が多過ぎた。
健を追おうとした敵に羽根手裏剣を投げた。
右手にエアガンを持ち替え、左手に羽根手裏剣を握った。
唇にも咥えている。
1人の男と戦っている間に横から迫って来た敵に、ジョーは横を向いて口に咥えた羽根手裏剣をプッと口の力だけで飛ばした。
見事にそれが敵の喉笛を貫いた。
五感の全てを武器にする。
彼の全身はどこにも無駄のない武器そのものだった。
跳躍して長い足で敵の後頭部を蹴った。
敵は溜まらず昏倒した。
その返す力でジョーは次の敵と見定めていた隊員に右腕から羽根手裏剣を繰り出していた。
彼は左手で羽根手裏剣もエアガンも活きた魚のように使いこなす事が出来た。
それは何に代えても闘い続けると言う意志の元に自分を磨き続けて来た成果であった。
ジョーは身を低く構え、長い足を繰り出して前から来た敵を十把一絡げに足払いをした。
長身で手足が長い彼は、それをも武器にするのである。
遠く爆音がして、メカ鉄獣の内部が揺れ始めた。
「どうやらジュン達が機関室を無事に爆破したようだな」
呟いてから、またジョーは敵兵に向かって行った。
「健、そっちはどうだ?」
闘いながら、健と交信する。
『敵兵が多くてまだそれ程そこから先には進んでいない』
「ジュン達が機関室を破壊したようだぞ」
『ああ、解っている。このまま退却してゴッドフェニックスからもう1度バードミサイルを撃ち込むか…』
『健、ジョー、動力源は爆破したわよ』
『そうか、こっちは司令室が近いせいか敵の数が多くて思うように先に進めん。
 よし、撤退してゴッドフェニックスから攻撃を仕掛けよう』
健が決断した。
『ジョー、とにかくお互いに今居る場所に爆弾をお土産に置いて行こう』
「ラジャー」
ジョーはブーツの踵から小型時限爆弾を取り出し、跳躍すると天井にそれをセットした。
「健、此処は5分後に爆発する。それまでに通過しろよ」
『ああ、問題ない!』
健の力強い答えが帰って来た。
ジョーは敵を蹴散らしながら退却を始めた。
新たな出血があったとは言え、息切れもしていなかった。
骨にヒビが入っているのにエアガンを使ってしまう辺り、一見無謀にも取れたが、彼にとってはその位の事は朝飯前だったのだ。
破片を取ってしまって正解だった、と彼は思った。
眼の傷の方は瞼を切っただけで角膜は損傷していないようだった。
これも幸いだった。
視力に全く制限を受ける事なく彼は闘って、行く手を切り拓いた。

ゴッドフェニックスに全員が戻るのに3分と掛からなかった。
「よし、ジョー。もう1度バードミサイルをお見舞いしてやれ。
 そろそろ俺達が仕掛けた爆弾が爆発する頃だろう」
「ようし……」
ジョーは再びバードミサイルの発射ボタンの前に立った。
手をかざすと自動的にカバーガラスが開いた。
「トカゲの頭を狙ってやろう。多分司令室はあそこだぜ」
前足を1本失ったトカゲ鉄獣はバランスを失いながらも、他の3本の足でもがいていた。
「竜、奴は飛べるかもしれねぇ。気をつけろ。
 いざとなったら瞬間移動の技も使って来るに違いねぇ」
「でも、どうかしら?機関室を破壊したから、それは出来ないかもしれないわ」
「その可能性はあるが、用心に越した事はない」
健が呟いた。
「じっとしとらんのう…。
 特に頭はもがいているせいか、右に左に振れていて、狙いが付けにくい」
「ようし、それならガトリング砲で行こう。
 俺はG−2号機に移るから、ノーズコーンを開けてくれ」
「ジョー、身体は大丈夫か?」
健が心配そうに訊いたが、ジョーはそれを一笑に付した。
「これまでの闘い振りを見たら解るだろ?リーダーさんよ」
ニヤリと笑って駆け出した。
ジョーは愛機のコックピットに収まると、竜に指示をした。
「竜、高度3000メートルまで上昇して垂直に落下してくれ」
『ええっ?』
「勿論、地上に激突する前には仕事は終わるさ」
彼は不敵な笑みを漏らした。
『竜、ジョーの言う通りにしろ』
健の声が聞こえた。

ゴッドフェニックスは真っ逆様に地上のトカゲ鉄獣目指して飛んだ。
そして、ジョーは狙いを定め、敵の頭部目掛けてガトリング砲を発射した。
トカゲの頭部に無数の穴が空いた。
中からの爆発もあったが、これで頭部が爆発して砕け散った。
その後は勝手に体内で誘爆を起こし、トカゲ鉄獣はついに自滅した。
カッツェは乗り込んでいなかったようで、見張っていても脱出用の装置は飛び出さなかった。
「やったな、ジョー」
コックピットに戻って来たジョーに、健が振り返って笑顔を見せた。
「ああ……」
「傷の手当てをし直そう」
「大丈夫だ。自分で出来る」
ジョーは包帯を自分で巻いて、唇で端を咥えて器用に縛り付けた。
「つっ!今頃になって痛みを感じ始めて来たぜ」
眼の上に貼られているガーゼにも血が滲んでいた。
「あいつの瞬間移動にはしてやられたぜ。
 G−2号機の修理をして貰わねぇとな」
「おいら、ジョーが潰されちまうかと思ったよ。間に合って良かったな〜」
ジョーは喜ぶ甚平のヘルメットに左手を乗せた。
「心配掛けたな……」
ジョーはそう言いながら、サーキットの事を気にしていた。
みんな大丈夫だと言っていたが、怪我人など無かったのだろうか?
任務の為とは言え、その場を放棄して飛び出してしまったのが気掛かりだった。
(明日にでも様子を見に行ってみよう……)
三日月基地への帰路に着くゴッドフェニックスの中で、ジョーはそんな事を考えていた。




inserted by FC2 system