『賞金の使い道』

「ジョーの兄貴って、レースで優勝すると纏まったお金が入るんだろ?
 それなのにトレーラーハウス暮らしのままで、一体お金は何に使ってるの?」
甚平が不思議そうに訊いた。
ジョーは全く贅沢をしている様子がなかったからだ。
「そんな事、おめぇに言う必要はねぇだろ?俺の勝手だ」
「ジョーの夢は将来レーサーになって自分の為のチームを作る事だろ?
 その為の資金として蓄えているんじゃないのか?」
健が至極真面目に言った。
「でも、ジョーが月に1度郵便局に出向いて、どこかに現金書留で送金しているってお客さんが言ってたわ」
ジュンの言葉にジョーはうろたえた。
「そんな処にまで監視の眼があるのかよ?うかうか街を歩いていられねぇな」
「そりゃあ、ジョーのファンはウチの店にも沢山来ているもの」
ジュンが笑った。
「どこで見られているのか解らなくてよ」
「全くおっそろしいな……。それに俺が郵便局で送金していたからって何の問題がある?
 レーシングカーのローンの支払いかもしれねぇじゃねえか」
「お前、それはもう払い終えたんじゃなかったのか?」
健が言ったが、
「どうでもいいだろう、そんな事」
ジョーは相手にしなかった。
話したくないのなら、これ以上追及しても仕方がない。
健は早々に黙り込んだ。
ジョーがある所に送金しているのは事実だった。
だが、彼の意地がその事実を言わせなかった。
口が裂けても言えなかった。

ある時、任務の為に手を掛けたギャラクターの隊員に、妻子にこれを届けてやってくれ、と頼まれ、財布を渡された。
ジョーはギャラクターの奴の頼みなんて、と捨てようとしたのだが、その財布に妻子の写真が入っているのを見て、考え直したのだ。
その隊員の妻子に罪はない。
自分同様にギャラクターの子として生まれたその子が不憫だった。
妻子は父親がギャラクターだとは知らずに生活していた。
訪ねて行ったジョーは、妻にだけ夫がギャラクターらしき組織の陰謀に巻き込まれて殺され、自分が駆けつけた時には虫の息だった、と告げた。
遺体を回収出来なかった事を詫び、その財布を渡したのだ。
その子供はジョーが無理矢理に両親と引き離された時の同じ、8歳の男の子だった。
自分が手に掛けたものを、ギャラクターの陰謀によって殺されたと告げた時、胸が痛んだ。
それからだった。
ジョーは差出人を『足長おじさん』として纏まったお金をその妻子に送るようになった。
自分でも何でそんな行動に出たのかは解らない。
多分あの男の子の眼を見たからだろう。
10年前の自分の姿のように思えた。
あの子がギャラクターに復讐心を起こさなければいいが、と思った。
だが父親がギャラクターで自分が科学忍者隊として立ち向かい、任務の為に殺した、とは言えなかった。
嘘はつきたくなかったが、必要悪だとジョーは思った。
ギャラクターの子だと言う事をあの子には知られたくなかったのだ。
母親1人だったら、事実を告げていたかもしれない。
自分が貴方の夫の仇です、どうしますか?と……。
だが、あの母親は夫がギャラクターである事に気付いている口振りだった。
ジョーが訪ねた時、「だからあんな組織はすぐにやめてとあれ程言ったのに…」と零したのである。
彼女は夫を手に掛けたのがジョーであり、足長おじさんも彼である事に気付いているかもしれない。
それ以外に急に足長おじさんが現われた理由が考えられないに違いない。
もしかしたら、ジョーが事実を告げなかったのは子供の為である、と言う事にも気付いていたのではないか、とジョーは思っていた。
だから、あの子は復讐心を持った子には育たないと信じていた。
その代わり、成長して行くのに困らない金を、と毎月その月のレースの収益の一部を送っていたのだ。
任務が増えて来て、最近はレースを棄権する事も多く、余り大きな金額は送れなくなっている。
だが、あの母親はまだ若かった。
多分自分自身で働き口を見つけて堅実にやっているに違いない。
ジョーの送金ばかりを当てにして生活している事はないだろう、と思っていた。

それにしてもあれだ……。
送金する郵便局は時々変えねぇと行けねぇな。
ジョーは顎に手を当てて苦笑した。
「ジョーの兄貴はどこに行っても誰かの視線に晒されてるって事だね。
 悪い事は出来ないねぇ〜」
甚平がからかうような口調で言った。
「悪い事って何だ?具体的に言ってみろ?え?甚平」
ジョーは甚平をからかう事で話を逸らす事にした。
「え……?女の人と仲良くしてたりさぁ……」
両手の人差し指をつき合わせて、甚平はもじもじした。
「馬〜鹿!それは『悪い事』なのか?違うだろう」
ジョーは甚平の額を軽く小突いた。
「この際だから、言っておくがな。俺の私生活に関心を持つのはやめてくれ。
 任務を離れたら、後は自由な筈だぜ」
「それはそうだが、何かあった時の為に全く知らないと言うのも困るだろ?」
健がリーダーらしく鹿爪らしい顔になった。
「だが、俺がプライベートで何をしようが、俺の勝手だぜ」
ジョーは小銭をカウンターの上に置くと、出て行ってしまった。
「私が言った事で怒らせてしまったみたいね」
ジュンが下を向く。
「いや、あいつ、それ程怒っちゃいないよ。見れば解る。
 心配する必要はないよ、ジュン」
健が珍しくジュンを慰めた。
「お…おいら、ちょっと仕入れに出かけて来るよ」
甚平が気を遣って、出掛ける支度を始めた。

甚平がガレージに行くと、ジョーがまだいて、G−2号機の中でボーっと考え事をしていた。
「あれ?ジョーの兄貴。どうしたの?」
「あ、いや、何でもねぇ」
「おいらが余計な事を言っちまって、悪かったよ…」
「なぁに、気にするな」
ジョーは甚平の頭をぐしゃぐしゃにした。
「ジュンと健に気を遣って出て来たのか?大したガキだな。
 仕入れは終わっているだろうに」
「なぁんだ、聞いてたの?」
「少しドライヴでもするか?」
「うん。ジョーがいいなら」
「乗れよ」
ジョーがナビゲートシートの扉を開けた。
ジョーの考え事とは、今後の『足長おじさん』の去就についてだった。
自分は間もなく足長おじさんの役目を続けられなくなる。
突然送金が途絶えたらあの母子はどうやって生活して行くのだろうか?
そんな事を考えていたのだ。
だが、あの母親は自分で働いて何とかするだろう。
ジョーが送金したお金は普通に生活していれば余りある金額だったので、恐らくは蓄えも出来ている事だろう。
そうだ、これ以上考えていても仕方がねぇ。
甚平を乗せた時に心が決まった。
急に心が軽くなったような気がした。




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